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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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66 学院生活8

―― XX年前 日本 S高校 異世界転移部部室 ――


 ジロウは自分の胸に密着する頭を見下ろしていた。


 こんな小さな頭蓋骨の中に、自分では到底敵わない知恵と知識が詰まっている。不思議な気分で時が過ぎるのを待っていると、やがて「博学多才」な少女は名残惜し気にジロウから離れた。


「それで、今の行為で何の知見が得られたんだ? たしか、『時を止める敵への対応策』だっけ?」


「ああ、うん」


 制服の少女――優は"時を止める敵への対応策"を思い付いたと言って、ジロウに胸を貸すように要求してきた。そんな敵と自分の胸との関連性がいまいちわからなかったが、何か考えがあるのだろうと思い、言われるとおりにしたのだ。


 だが、ジロウから離れた優はぼんやりとして少し顔が赤い。風邪でも引いたのかと近づくが――


「ああ、いや大丈夫。いや、思いの外、刺激的で興味深い経験だった。……君の心臓は平然としていたのは気にくわないが」


「何のことだ?」


「戯言だ。忘れてくれ。それよりも『時を止める敵への対応策』だ。即死魔法、WoD、ザ○キでもいい。要は一方的に確定的な死を与えてくる攻撃手段――その対応方法についてだ」


「ぶっちゃけ、防ぐ手段なんてあるのか?」


 せいぜい「やられる前にやる」ぐらいしかジロウには思いつかない。


「もちろん、それも手段の一つさ。だけどいつもその手段がとれるとは限らない」


 まあ、それはそうだろうとジロウは思う。敵もそんな攻撃手段を持っていると隠すだろうし、持っているからという理由だけで攻撃しては藪の中のヘビをつつく愚かな結果になりかねない。


「わからないな。どうすればいいんだ?」


 ジロウは素直に降参した。すると優は

「なに簡単さ。殺されればいい」と平然と答えた。


「……」


「……」


 ……自分では、到底敵わない知恵と知識が詰まっている……はず。


「……なに言ってんだ?」


「何か変なことを言ったかい?」


「いや、変だろ。殺されないようにするための対抗策だろ? 殺されてどうする?」


()()に多くの人間が待つ勘違いがある。それを利用するのさ」


「"そこ"ってどこだよ」


「殺されたからといって、必ずしも死ぬとは限らないということだよ」


 ◇◇◇


―― 現在 オルトメイアの森 ――


 グレアムは地面に倒れた騎士風の男を見下ろしていた。


 彼はセバスティアン・シーレがよこした暗殺者。それを返り討ちにしたところだった。


 グレアムはゆっくりと呼吸しながら、その場を動かずじっと待つ。


 …………………。


 …………………。


 …………………。


 …………………トクゥン。


 トクン、トクン、トクン。


 やがて、止まっていたグレアムの心臓が脈打ち始める。


 胸に手をあてそれを確認すると安堵の溜息を吐いた。


(このまま心臓が止まったままだったら、どうしようかと思った。動き出してくれてよかった)


 安心するとともに後悔が押し寄せてくる。


(ああ、死人を出してしまった)


 襲撃者の死体を見下ろして、グレアムは片手で顔を覆った。


 剣術試験で過剰に傷めつけた報復としてセバスティアン・シーレは暗殺者を送り込んできたのだろう。面子を重んじる貴族が泣き寝入りすることはない。この惨劇はグレアムの激情が引き起こした大義なき殺人だった。


 セバスティアンに折檻されていたリリィ・マーケルを助けるというのは言い訳にならない。彼女は彼女なりの報復手段を独自に準備していたようだから。それでも一言いいたくなり、逆にセバスティアンに煽られた。その煽りはグレアムの(コンプレックス)に触れ、怒りに我を忘れてセバスティアンを殴り続けた。


 グレアムはトマが羨ましいと思った。トマ・アライソンの【あおり耐性】があれば、グレアム――いや、ジロウの人生はまったく別のものとなったことだろう。


(まあいい。地獄へ持っていく罪が一つ増えただけだ)


 死後の地獄行きをまだ諦めていないグレアムは頭を切り替え、事の始末を考え始める。するとーー


 ピィーー。


 グレアムの頭上を何かが音を鳴らして通り抜けていく。


(……鏑矢?)


 その直後――


 シュバ!


 グレアムの近くにグスタブ=ソーントーンが【転移】してきた。


「……無事なようだな」


 グレアムへの襲撃はすでに察知しているようだ。転移してきたソーントーンの声は平静だったが、顔は少し汗ばんでいる。もしかするとグレアムが襲撃されて焦ったのかもしれない。


「……刺客は他にいないな」


 周囲を見渡して危険はないと判断したソーントーンは倒れ伏している暗殺者の検分を始める――その前に、グレアムは止めた。


「そいつの右眼、たぶん即死系のスキル持ちだ」


「なに?」


 グレアムはソーントーンの前に立ち、暗殺者を仰向けにすると見開いたままの右眼を自分に向けた。


「……」


 しばらく待つが、グレアムの心臓が止まる様子はない。


「効果を失ってるようだな」


「死んでるなら当然だろう」

 

「やっぱりそうなのか」


 魔物の遺体は部位によって、その魔物の特性を残す。その部位を剥ぎ取って魔道具の素材等にする。この暗殺者の右眼を使って、ゴルゴーンの首を持つペルセウスのようなことができないかと思ったが、そううまくはいかないようだ。


 暗殺者の遺体に興味をなくしたグレアムは胸から短剣を引き抜くと、その場をソーントーンに譲る。


 しばらく遺体を検分したソーントーンは暗殺者の手や筋肉の付き方を見て、騎士、しかも熟練の正騎士だと判断した。


「……よく無事だったものだ」


「自分のスキルに絶対の自信があったんだろ。それを破られた混乱から立ち直る前に仕留めた」


「なるほど」


 "即死系スキルをどうやって破ったのか"


 そう問われる覚悟をしたが、ソーントーンがしたのは別の質問だった。


「……で、この棒は何だ?」


 ソーントーンは地面から何かを拾い上げる。それは暗殺者と戦うために大雑把に枝葉を払った枯れ枝だった。


「まさか、これで正騎士と撃ち合うつもりだったのではあるまいな」


「…………、あいた!」


 ソーントーンは棒でグレアムの脳天を叩く。


「このアホウが! こんなもので正騎士とまともに戦って勝てるわけあるまい! 切り刻まれて殺されていたぞ!」


 頭をさすりながらバツの悪い思いをするグレアム。ソーントーンの言い分が100%正しいと分かっているからだ。


「いけるかな~と思ったんだ」


 パカン!


 再びグレアムの脳天に棒が炸裂する。今度は警戒していたのに簡単に打ち据えられた。あまりに素早い打ち込みにグレアムの目でも剣筋が見えなかったのだ。


「三年早い。……まあいい。それより、この暗殺者の正体はわかっているのか?」


 暗殺者の常で身元が分かるようなものは何も身に着けていなかった。


「セバスティアン・シーレの刺客だと思う」


 涙目で頭をさすりながら答えるグレアム。


「……剣術試験の相手か。そういえば聞いていなかったな。なぜ、あそこまで痛めつける必要があったのだ?」


「……リリィ・マーケルという少女を殴っていたのを見て、ムカついたから」


 厳密に言えば違うが、大きくは間違っていない。


「なるほど。それは仕方ないな」


 極秘潜入中に何をしているのかと怒るか呆れられると思ったが、意外にもソーントーンは理解を示した。グレアムは知らなかったがソーントーンもかつて似たようなことをしてこの国の聖堂騎士と戦うことになった。その事件で精霊信仰者(ドルイド)と縁ができ、その縁によってエルフと結びついたのである。


「とはいえどうしたものか。この遺体は森に埋めるとして、そのセバスティアン某が貴様の暗殺を諦めるとも思えん。だからといって貴族の子弟を斬り捨てるわけにはいかんだろう」


「それについてはちょっと考えがある」


 そう言うとグレアムは死んだ暗殺者の首に短剣を突き立てた。

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