65 学院生活7
●グレアム・バーミリンガー
本編の主人公。現代日本からの転生者。【スライム使役】スキルを持つ。レビイ・ゲベルとしてオルトメイア魔導学院に潜入。
●ティーセ・ジルフ・オクタヴィオ
"妖精王女"。【妖精飛行】スキルを持つ。王国からオルトメイア魔導学院に留学中。
●アラン・ドヌブ
ドヌブ村の馬鈴薯農家の長男。黒髪黒瞳。スキルは【雷魔術】。
●セバスティアン・シーレ
伯爵家の御曹司。オレンジ色のおかっぱ頭。"本物"(のアホ)認定された上、グレアムの地雷を踏んでボコボコにされた。
●レビイ・ゲベル
正体はグレアム・バーミリンガー。シユエ公国男爵家四男として学院に潜入。茶髪碧眼、スキルは【透視】と思われている。
とてつもない疲労感を覚え、グレアムは一人、森の中にいた。
ティーセに偽物の恋人を演じるように強制されたグレアム。あのあと、さっそくとばかりに腕を組んで学院中を歩き回った。ティーセは楽しそうに。グレアムも若干顔を引き攣らせつつも笑顔で。
傍目から見れば、仲睦まじく学院内デートを楽しんでいると周囲から思われただろう。驚愕と嫉妬を中心に様々な感情が込められた視線に長時間晒されたグレアムは困憊していた。
『とりあえず今日のところはこれくらいかしら。明日、迎えにいくから部屋を教えて』
(……明日もやるのか)
軽い絶望感を覚え、癒しを求めて森に来た。
切り株に腰を下ろし、一時の清涼を味わった後、どうしようか考える。
(……どうしようもないな)
ティーセが満足するまで付き合うしかないだろう。
ただ、アラン達からの質問攻めは避けられないだろう。彼らにもバッチリ目撃されているので、何とか言い訳を考える必要がある。例えば、"ティーセから一目惚れされて、告白されたので付き合った"。
(……考えてて死にたくなってきたな)
自意識過剰で恥ずかしい思いをしたばかりで、この言い訳は辛すぎる。
(まあいい。明日の朝、ティーセと相談しよう)
ヒュッ!
切り株から腰を上げた瞬間、風切り音が通過した。
(!?)
地面に転がり、体勢を低くして周囲を見回す。
(……なんだ?)
風切り音の正体がわかる。木の幹にナイフが突き立っている。
(狙われた? 誰に?)
装備を確認する。腰のホルスターには魔杖と護身用の短剣。
魔杖を右手に持ち、短剣は左手で逆手に持った。
(誰だ? ティーセのファンか? それとも……)
襲撃者の正体を考えつつ、右手の親指の腹を短剣の刃で軽く切る。視線はナイフが飛んできたと思われる方向から離さない。
茂みからキラリと何かが煌いた。
カキン!
グレアムは飛来した金属を短剣で弾き、茂みに<魔矢>を放った。
同時に素早く立ち上がって、木を盾にする。
(……手応えなし。投げた瞬間に場所を移動したか。手練れだな)
弾かなければ飛来したナイフはグレアムの眉間を貫いていた。
(どうする? 逃げるか。いや――)
襲撃者を捕らえて、その正体を探る。
オルトメイアにきて一週間。未だ、レナ・ハワードの行方は知れない。
襲撃者がそれを知る切っ掛けになるかもしれない。
グレアムは能力を封じる魔道具の眼鏡を外した。グレアムは透視機能を持ったコンタクトレンズを普段から装着している。それを使って木を透過して茂みの向こうを見る。
(いた。……襲撃者は一人だけのようだな)
側面に回り込もうとしているようだった。
グレアムは地面を見回し、枯れ枝を見つけると素早く拾い上げた。
制御ができていない魔術では襲撃者を殺してしまうかもしれない。
短剣で大雑把に枝葉を落とし木剣を作り上げると、グレアムは襲撃者が隠れていると思しき茂みに向かって姿を見せた。
「見えているぞ。出てこい、卑怯者」
"卑怯"とはどの口が言うのかと思ったが、とりあえず遠くの棚に放り投げておく。
こういった挑発は効くものには効く。
どうやら襲撃者は効くタイプだったようだ。
茂みから姿を見せたのは眼帯をした騎士風の男。
グレアムはその姿を見て失望した。見覚えがあったからだ。
「セバスティアン・シーレの報復か」
「……カマかけってわけでもなさそうだな」
「セバスティアンの後ろを歩いていくのを見た」
眼鏡をわずかにずらし、食堂を出ていくセバスティアンを壁を透過して見ていた。
「なかなかに目敏いな」
眼帯の男が感心した風に言った。
◇
眼帯の男――ギモーブは、自身のスキルの特性から暗殺に携わることが多いが、歴としたシーレの騎士である。剣、槍、戦斧、戦槌、短剣、弓、徒手空拳――長年の修練によって様々な武芸を身に着けている。その中でも投剣術は特に重視した。魔術師を殺るためだ。
ギモーブの経験上、魔術師が魔術を発動する時間は普通の魔術師であれば四秒、一流の魔術師であれば二秒だ。
ギモーブならば十五メイルの距離であれば一流の魔術師相手でも魔術発動前に相手を斬れる。だが、それ以上は無理だ。魔術師を斬る前に魔術をくらう。
そこで投剣術だ。飛げたナイフは魔術の発動前に魔術師の急所を貫き、仕留められなくても魔術の発動を阻害する。魔術師が多い聖国でギモーブは投剣術を磨いてきた。
そのギモーブが確信を持って放った二投目のナイフ。
これを難なく弾き、あまつさえ反撃してきた。ターゲットの高い実力が伺い知れる。少なくとも、うちの御曹司程度が敵う相手ではない。
だが、自分に敵うほどではない。
それがギモーブのレビイ・ゲベルへの評価である。
(だが、逃げられると厄介だ)
本来なら最初の一投で決まるはずだった。飛来したナイフはレビイ・ゲベルの首を貫き、自らの血で溺れ死ぬ予定だった。それを偶然にも避けた。
(こいつは悪運が強いタイプだ)
ならば、スキルを使って確実に仕留めたほうがいい。
では、逃げられる前に、あるいは邪魔が入る前に、どうやってターゲットを視界に納めるか。
ところが、その難題に答えを出す前にレビイ・ゲベルは姿を現した。
それでギモーブは勝利を確信する。
(バカが! これで逃げることもできなくなった!)
何か策があろうが関係ない。レビイ・ゲベルの命運は尽きた。
その確殺の予感が慢心を生んだ。
それがレビイ・ゲベルの前に姿を現した理由である。
「まあ、そういうわけで死んでくれや」
「……今から穏便に済ますことはできないか。公衆の面前で俺が正式に謝罪を――」
「問答無用」
ギモーブが眼帯を外してレビイ・ゲベルを見る。
「――っ!?」
隠されていた右眼が光った瞬間、レビイ・ゲベルは胸を抑えて苦しみ出した。
【心臓破りの邪眼】
見るだけで相手を死に至らしめるギモーブの必殺スキルである。
過去、このスキルから逃れたものはいない。レビイ・ゲベルもまた、地面に倒れた。
(終わった。結局、最後は楽な仕事になったな)
その場を去ろうと踵を返した。
ズンッ!
「!?」
その瞬間、ギモーブの腹に衝撃が走った。
「――は?」
見下ろすと腹から血。何かが、後ろからギモーブの腹を突き抜けていった。
振り返る。
死んだはずのレビイ・ゲベルが、なぜか立ち上がって魔杖の先端をこちらに向けていた。
「! 死ね!」
再びギモーブの右眼が光る。
だが、レビイ・ゲベルは死ぬことなく、こちらに近づいてくる。
「死ね! 死ねっ!! 死ねえっ!!!」
恐怖と混乱に駆られギモーブは邪眼を連発する。だが、それでもレビイ・ゲベルは死ぬことなく、やがて目の前に立ち――
ズドッ!
ギモーブの心臓に短剣を突き立てた。
「――!」
消えゆく意識の中、ギモーブは必死に手を伸ばした。レビイ・ゲベルの胸と手首に。
手に脈動は伝わらない。
間違いなくレビイ・ゲベルの心臓は止まっている!
なのに、なぜ動ける!?
なぜ死なない!?
(坊っちゃん! あんた、どんなバケモノに喧嘩を売っちまったんだ!?)
それを最後に、ギモーブの意識は永遠に途絶えた。
◇
「バルドー様。森に何かあるんですか?」
先ほどから森の一点を見つめ微動だにしないのは筋骨隆々の大男。
ゲスリも隣の窓から森を見るが、ただ鬱蒼と樹木が生い茂っているだけである。
やがてバルドーは満足したのか、森から視線を外すと無言で立ち去った。
「…………ちっ。返事くらいしろよ。落ち目の弓王が」