63 学院生活6
「あなた、私の恋人になってちょうだい」
ティーセの思わぬ提案にグレアムは――
「なに言ってんだ?(なに言ってんだ?)」
思わず本音が口をついて出た。
(あ、しまった)
不敬と取られかねない発言にグレアムは一瞬焦るが、ティーセは気にする素振りをみせない。
ティーセは王族でありながら偽名で傭兵稼業をやっていた影響か、言葉遣いに頓着しない性格だったこと思い出した。
「もちろん本当の恋人というわけじゃないわ。フリよ、フリ」
ティーセによればオルトメイア魔導学院に入学してから今日まで交際の申し込みが殺到し、その対応に追われて授業に出ることもままならないらしい。
(そういえば、トマがそんなことを言っていたな)
在学中の限られた期間だけのアバンチュールを求めて、多くの貴族の子弟から求愛されていると。
「無視してもいいんだけど、外交のことを考えればそういうわけにもいかなくて」
この学院の貴族の子弟は入学前に聖王家から最低でも準男爵位を与えられる。学院内に疑似的な貴族社会が形成されているのだ。正式な手順で貴族から申し込まれた交際は正式な手順で断らなければ、後々禍根を残しかねないという。ちなみに"レビイ・ゲベル"もシユエ公国から準男爵位を付与されている――という設定だ。
「学院側に対処してもらえばどうですか?」
「相談はしたんだけど、生徒間のプライベートには立ち入らない方針らしいわ」
グレアムはこの一週間で授業を受けた学院の教師達を思い出す。太陽光がないオルトメイアで一年中を過ごすせいか、皆、肌が青白い。それもあって学問と研究にしか興味がないという印象を受けた。教師陣が優秀であることは間違いないが、プライベートな生徒間の問題解決までは領分ではない――自分達の学問と研究を妨げない限りは好きにしろということだろう。前世の教育機関とずいぶん違う。
では、プライベートな生徒間のトラブル解決をどこが担うのかというと――
「学生自治会は?」
自治会メンバーもほとんど準男爵か男爵だが、実家は聖国の有力貴族だ。さらに自治会長のアルベールは王太子にして、王領の一部を預かる伯爵でもある。彼が警告すれば、まず無視できない。
「それはできれば最後の手段にしたいの。アルベールに"借り"を作ってしまうから」
「……」
ティーセとアルベール。ともに大国の王族だ。ほんの些細な頼みごとでも、そこに政治的な意味合いが生まれる可能性がある。面倒だが交流は慎重を期する必要があるのだという。
「それで殿下は独自に解決するために、偽の恋人を作ろうとしていると?」
「ええ」
「……殿下には婚約者がおられるのですよね。その存在を知っていて、なお求愛してくる相手が、恋人を理由に諦めるとは思えませんが」
「その婚約者にも、ちょっと問題があってね。彼らとしては私を救ってやるって気持ちがあるみたいなのよ。大きなお世話なのにね」
「はあ」
政略結婚というやつだろうか。ティーセも苦労しているのかもしれない。……ところで、その婚約者を放ってオルトメイアに何しに来たんだ? 花嫁修業か? オルトメイアでそれができるのかは知らないが。
「そういう無駄なお節介焼きを黙らせるためにも、偽の恋人役が必要なの」
「……事情はわかりましたが、私に務まるかは、はなはだ疑問です」
「あなたは外国人だし、私に興味がない。適任だと思うの。"お望み通り、一時の火遊びを楽しんでるだけ"と返せるしね」と軽くウィンクするティーセ。
「……」
"野卑で粗暴な男が好み"
そう周囲に誤解させたいのかもしれない。どうやらティーセはグレアムが有力貴族の嫡男を公衆の面前でタコ殴りにした件を知っているようだ。
"友好国の危ないヤツ"に関わりたがる聖国貴族も少ないだろうという目論見もあるのかもしれない。
ティーセの自分を偽の恋人にしたい事情はだいたいわかった。カンでしかないが、そこに偽りはないようにも思う。だが、グレアムは正体を隠して仮想敵国に潜入中の身だ。あまり目立つことをしたくない。しかし――
「アルベール殿下とは親しいので?」
先ほど敬称をつけずにファーストネームで呼んでいたことを思い出す。
「幼馴染よ。といっても二、三度、会ったくらいだけど」
「そうですか」
アルベールの幼馴染の恋人(役)。その立場はブルーガーデンなどの情報を得る切っ掛けになるかもしれない。
(いや、やはり危険すぎる! いつ、ティーセが俺の正体に……)
そこでふと気づいた。
最初の"壁ドン"で、ほとんど密着ともいえるほどグレアムとティーセの距離は近いままだ。いくら眼鏡と髪で素顔を隠しているとはいえ、これだけ顔を近づけておいて、なぜティーセは自分の正体に気づかないのか。
(!?)
そこでグレアムは衝撃を伴って"ある真実"に思い至る。
(これはまさか、『自分が思っているほど、他人は自分を気にしていない』というやつなのでは!?)
考えてみれば、ティーセと顔を合わせた時間を換算してみれば一日にも満たない。
自分の顔を覚えていなくても当たり前ではないか!
(やばい。自意識過剰で恥ずかしくなってきた)
「で、どうなの?」
「あ。はい」
「そう。じゃあ、よろしくね」
「え?」
羞恥に身を焦がして適当な返事をすると、ティーセはそれを是と受け取ったようだ。慌てて否定しようするも、ティーセは最後にトドメの一撃を放ってきた。
「よかった。断られたら"森の泉"の件でシユエ公国に抗議の書簡を送らなきゃならなくなるところだったわ」
「……はい」
結局、グレアムに選択肢はなかった。
"偽恋人"はなろうテンプレというよりもラブコメテンプレな気もしますが、裏テーマの目的は王道展開の面白さを再確認することにあるので、セーフとさせてください。
なろうサイトの新デザインはまだ慣れませんが前書き、後書きが本文と一緒に書けるようになったのはよいですね。