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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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57 邂逅の森4

 半身が肉球になりかけのリザードマンの後を追っていたグスタブ=ソーントーンは森の中で佇んでいた。彼の視線の先にはリザードマンが地面に流した血の跡。だが、途中で途切れている。トラッキング(追跡)技術を持ち合わせていないソーントーンではそれ以上、追えなかったのだ。


 しばらくして、ソーントーンの隣にハーフエルフの少女が静かに降り立った。その手には矢尻が血に塗れた矢があった。


「見失った」


 バツが悪そうにハーフエルフの少女――エルートゥが短く告げる。森の中でリザードマンに後れを取ったことを恥じているのだ。


 ソーントーンは内心で安堵する。見失って幸いだった。血の跡が消えたことから考えるに、おそらく"自己再生"持ちだろう。リザードマンの一撃も凄まじかった。かろうじて防いだが、まだソーントーンの手は痺れている。エルートゥ一人ではきっと返り討ちにあっていた。


「あれは何だ? "クソ坊主"どもの実験体か?」


 エルートゥは聖国の要人を"クソ坊主"と呼ぶ。


「さあな。ケルスティンならば何か分かるだろうが」


 あの魔女は"魔眼"を持っている。右目は"千里眼"、左目は"鑑定眼"だ。千里眼は遠方の場所や人間を見る能力。そして鑑定眼は見た物や人の「情報」が分かるというものだ。


【超回復】と合わせてケルスティンは三つのスキルを所持していることになる。俄かには信じがたいがケルスティンが言うには魔眼は魔道具のようなもの(ウイッチクラフト)であり、その証拠にケルスティンの目を覗き込めば、今、ケルスティンが見ているものを見ることができるという。そうして、ソーントーンは"自爆"せず安全に遠距離【転移】できるようになった。


 おかげでケルスティンには便利な足として散々使われる羽目になる。それはともかく、ケルスティンの"左目"であのリザードマンを見れば何か分かったかもしれない。


「ふん。あの薄気味の悪い魔女か」


 エルートゥが悪感情を露にする。出会った当初、エルートゥは事あるごとに矢を放ってくる危ない少女だった。彼女は父親が人間だったらしく、同じ人間の男であるソーントーンを敵視していた。最近はソーントーンに馴れてきたようだが、ケルスティンに対しては今も変わらず嫌悪を抱き続けている。


 ソーントーンとしてもケルスティンに怒りを抱いていた。誘拐の片棒を担がせたり、グレアムの右手を斬り取ってこいと言われたりと、いいように使われている。それはいいが、せめて理由を説明しろ!


 ケルスティンの指示は常に命がけだ。超強力な謎のスキルを持った幼女に、数十万の竜の大群を蹴散らす化け物を相手する身にもなってみろ。特に後者。"近所で野菜を買ってこい"みたいな()()で言われた時は協力関係の解消を本気で検討した。


『オーソン君とリー君に薬裡衆の皆さん、特に異常少女(ミリー)ちゃんが周りにいない今が絶好のチャンスなんです! さあ、ハリー、ハリー!』


『……(怒)』


 しかし、怒りはするが嫌ってまではいない。好ましいとも思ってないが。だがエルートゥは、なぜかケルスティンに対して自分でも説明できない嫌悪を持つ。『生理的にダメ』らしい。


 まあ、そういうこともあるだろうとソーントーンは特に気にしないことにした。ケルスティンとは完全に別行動になっているので、差し障りがあるわけでもない。


 そういえば、とソーントーンは思う。


 あの魔女は今頃、どこで何をしているのだろうか。


 ◇


 ―― 同時刻 ムルマンスク ――


「はぁ~」


 朝靄に煙るムルマンスクの街中で、黒髪の魔女ケルスティン=アッテルベリは失望の溜息を吐いた。一晩かけた調査が徒労に終わったことが分かったからだ。


("ゲート"は完全に閉じられてる。()()からオルトメイアに入るのは無理そうですね)


 まあいい。ダメ元で調査したに過ぎない。


(そういえば、グレアム君とグスタブ君はオルトメイアで一晩を過ごした頃ですね。うまくやっているといいのですが)


 右目の"千里眼"もオルトメイアには通じない。不本意ながら彼らの活躍に期待するしかない。しかし――


(今の状況はあまりに不義理。きっとグレアム君に殺されるでしょうね。まあ、今さら惜しむ命ではありませんが――)


 自分がレイナルド家から距離を置く選択をしなければ、グレアムを捨てさせることはなかったし、ダイク=レイナルドの孫と曾孫を死なせることもなかった。ダイクにあわせる顔がないというものだ。せめて、ダイクの遺産をグレアムに引き渡したい。


 そして、自分のささやかな、ただ一つの願いさえ叶えられれば、もはや思い残すことはない。


 その緋色の瞳はどこか遠くを見つめ哀愁を漂わす。




 そんな彼女を一人の男が路地裏から監視していた。


 アマデウス=ラペリ。グレアムの空軍を預かる部将の一人である。深夜、とある人物との密会中に彼は偶然にもケルスティンを発見し、ムルマンスク近郊の空軍基地から部隊を動かしていた。


 彼の合図のもと、魔銃で武装した多数の兵士がケルスティンを取り囲む。


「ケルスティン=アッテルベリ。貴方には捕縛命令が出ている」


「おや? アマデウス君ではありませんか。お久しぶりです」


「空にはドラゴンフライ部隊も展開している。逃げ場はない。大人しく――」


 ケルスティンは少し考える素振りをすると両手を上げた。


「はい、抵抗しません。大人しく捕まります。あ、三食とおやつは保障してくださいね」


 そうして、グレアムが捜し求めていたケルスティン=アッテルベリはあっさり捕縛された。だが、そのことをグレアムが知るのはずっと後になる。



 ―― 余談 ――


ケルスティン「あと一日一回の入浴と十五分の日光浴、九時間の睡眠、各種アメニティグッズとスライムベッドと羽毛布団と夏用に冷風器、充分な運動スペースに娯楽品の提供もお願いしますね」


アマデウス「……立場分かってます?」


ケルスティン「私も心苦しいです。人妻との甘い逢瀬を邪魔した上でこんな要求するのは」


アマデウス「…………元人妻です(面倒くさい。さっさとジャンシャックホウルに送ろう)」

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