53 三文聖2
●ヴァイセ
枢機卿の一人にして、"聖賢"。白衣を纏っている。
●ガイスト
枢機卿の一人にして、"聖者"。長髪で僧衣姿の美丈夫。武闘派。
●シャルフ
枢機卿の一人にして、"聖人"。白のシャツに黒のズボンと上着に鍔付き帽子。
●ヨアヒム・クアップ
枢機卿の一人にして、"剣聖"。剣のみで幾度も聖国の危機を救った。
「16%です」
「何がだ?」
「グレアム・バーミリンガーによって、聖都がメテオ攻撃される確率ですよ」
「「……」」
「どうもこちらの作戦がバレたかもしれないんですよね」
(オルちゃんオルちゃん)
(なにネオちゃん?)
(博士のいってる作戦って?)
(忘れちゃったの、ネオちゃん? スライムを博士が開発した聖結界でぜ~んぶやっつけるの)
(スライムってあのめちゃくちゃ弱いやつだよね? そんなの全滅させてどうするの?)
(オルちゃん……。グレアムがめちゃくちゃすっごい魔術を使えるのは、たっくさんのスライムを使ってるからって博士が言ってたでしょ。それを使えなくさせるためにスライムを全滅させるの)
"聖賢"ヴァイセ。ガイストが"大賢者"ヒューストームを凌駕すると評したその頭脳によって、グレアムを分析し打倒の絵図を描いた張本人である。そして、この聖国の叡智はグレアムを絶対絶命の窮地に幾度も追い込む。
ヴァイセの助手が小声で話をしているうちにガイストは衝撃から立ち直ったようだった。
「……それは確かか?」
「可能性があるというだけです。聖結界をテストした町でスライムの死骸を調査する不審な人物を見かけたと報告がありまして」
ヴァイセは聖国内で活動する敵国のスパイを取り締まる機関に試験対象の町の監視を命じていた。その機関の諜報員の一人が、わざわざドブ川に入ってスライムの死骸を回収する男の存在を報告していた。
「……」
外部の魔物の侵入を拒み、内部の魔物は弱体化させる聖結界。その基礎理論の九割を構築したのもヴァイセであった。だが、この聖結界、ある深刻な("万能の天才"であるヴァイセが"魔術の天才"ヒューストームの力を借りねばならないと判断するほどの)理由からスライムは対象外となっている。
新たな聖結界は魔物の中で最弱のスライムを駆除できる。いくつかの町で実際に展開しその効果を実証していた。
グレアムと戦う際、その戦場で改造聖結界を展開し、グレアムとその配下の軍団を無力化。同時に逃走防止用の封鎖結界も展開し聖国軍総力をあげてグレアムを討ち取る。
それが聖国の作戦であった。そして、それはグレアムが予想した内容とほぼ一致していた。
「それに現在聖都、いえ聖国中に流れている金も気になります。"アシュラ作戦"という言葉に聞き覚えは?」
シャルフの眉が上がる。だが、それは一瞬のことでヴァイセもガイストも気づくことはなかった。
「"アシュラ"? 聞き覚えのない言葉ですね。いえ、それより聖国中に流れている金とは?」
「大量の砂金や金塊が我が国の貨幣に換金されているようでしてね。金の出所や用途を調べさせているところですがガードが固く。唯一、分かっていることが――」
「"アシュラ"という謎の作戦名だけということか」とシャルフ。
「書庫を漁れば見つかるかもしれんが意味はない。作戦内容を推測できる作戦名をつける間抜けはおるまい。それよりも誰が何をしようとしているかだ」
「私の計算では帝国が4%、王国が1.5%です」
「まあ、この時期に連中が何かを仕掛ける可能性は低いだろうからな。異教徒というのも考えにくいか」
「連中にそんな金はない! グレアムだ! あの背徳者が何かよからぬことを企んでいるのだ!」
ガイストが端正な顔を歪め激昂する。その瞳には憎悪の炎が灯っていた。
「まあ、落ち着けよ。俺もそう思うが、実際奴さん、何をしようってんだ? ヨアヒムの爺さんが今年の新入生は何か違うと言っていたが、その"アシュラ作戦"とやらに関係しているのか?」
「新入生の中にスパイがいると?」
「諜報、暗殺、破壊。潜入工作員の目的が何であれ外部との連絡は絶対に必要です。このオルトメイアでは限られた連絡手段に罠をかけておくことで工作員の炙り出しをしているわけですが」
「半年前もそれでスパイを捕まえたんだよな。あのグレアムが同じ轍を踏むとは思えんか」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
ヴァイセは突拍子もない思いつきに口籠った。グレアム自身がこのオルトメイアに乗り込んでくるという思いつきを。
王国のサンドリア王宮への単独侵入。クサモでアリオン=ヘイデンスタムとの戦いの際にも単独行動を取っている。最近もムルマンクスに単独で侵攻したという。
実績はある。だが、このオルトメイアは先の三つの例とは状況が違う。このオルトメイアにスライムはいない。仮に持ち込んだとしてもスライム殺しの聖結界は既に完成している。学院全体を覆う結界なら三秒で展開できる。
グレアムが頼りとするスライムがいないオルトメイアの地に乗り込む。今更そんな危険な行為をするだろうか。
「いえ、あまりにも低い確率ですので気にされる必要はないでしょう。それよりも98.4%の確率でグレアムが我らに対して何らかのアクションを起こそうとしている」
「その一つが聖都へのメテオ攻撃ってわけか。16%といえど無視して被る害が大きすぎるな」
「オルトメイアに中枢を移動させる件については了解しました。あなたのことです。対策も考えているのでしょう」
「ええ。エリュシオンを発動体にしてこの大陸全体にまで聖結界を広げます」
聖国の作戦の要は戦場で聖結界を展開してグレアムを無力化することにある。ヴァイセはそれを修正する。グレアムが戦場の外、スライム殺しの結界の効果が及ばない範囲から魔術攻撃してくるならこちらは結界の範囲を広げるだけだ。
「そんなことができるのか?」
「私の計算では七秒間の展開が可能。それでスライムを絶滅させることができます」
「なるほど。スライムさえ絶滅させてしまえばグレアムは何もできなくなる」
「聖都の屋敷で枕を高くして眠れるってわけか。だが、スライムを絶滅させて問題は起きないのか? ゴミや汚物が溢れちまわないか?」
「そんなものは奉仕人や平民を使えばどうとでもなります。それに絶滅させるといっても瘴気から新たなスライムがいくらでも湧いてきます。数年で元通りになりますよ」
「帝国はともかく王国はどうする? いずれ滅ぼすべき相手とはいえ帝国という脅威がある以上、友好関係は維持しておきたいのだろう?」
「多少のクレームはくるかもしれませんが、グレアムという脅威を排除できるならば大きな問題とはしないかと」
「……了解だ。まあ、スライムが一匹もいないここで特に問題なく運営できているんだ。多少、スライムがいなくなったところで問題あるまい」
エリュシオンがあるオルトメイアミッターナハトキャンパス。そこは通常空間とは切り離された閉鎖空間である。魔物は侵入できず、瘴気も発生することはない。
「それでいつ頃できそうだ? オルトメイアのベッドはどうにも具合が悪くてな。できれば急いでもらいたんだが」
シャルフはコキコキと首の骨を鳴らした。
「進捗率は29%ですね。遅くとも帝国で内戦が始まる前までには完成しますよ」
「それでいいでしょう。早く発動してもグレアムにスライムを回復させる時間を与えてしまう。タイミングはジャンジャックホウルへの進攻直前としましょう。シャルフはベッドを交換してください」
「まあ、オルトメイアのベッドで眠ることは少ないだろうな。帝国に出張中のゲハクトの代わりに奴隷狩りに精を出さなきゃならん」
"刻聖"ゲハクト。"剣聖"ヨアヒム、"騎聖"タイバーの三人で軍事を司り三武聖と呼ばれる。
「……シャルフ。何度も言っていますが奴隷ではありません。奉仕人と呼びなさい」
ガイストは不快感を露わにして忠告する。そんなガイストにヴァイセは肩を竦めた。
シャルフとヴァイセはガイスト達よりも比較的新しい時代に生まれた。それゆえに彼らの"コンプレックス"はわからない。
「だったらせめてもう少し大切に扱ってくれ。簡単に使い捨てるせいでいくら狩っても追いつきやしない」
奉仕人は主に異教徒や帝国の村人だ。特別な処置を施して貴族の屋敷や国の主要な施設で使われる。
特にこのオルトメイアでは奉仕人は機密保持のため一年で一気に交換してしまう。
「グレアムを八つ裂きにした後はジャンジャックホウルまで進行してそこの住民を奉仕人にしましょう。あの背徳者の庇護下にいるなどそれだけで罪深い」
(ヒューストームは奴隷と同じ扱いにされては困るんですがね)
ヴァイセはヒューストームを確保する方策を考え始める。
「役に立たない老人はその場で処分して子供は素体の材料にします。残った者は手に穴を開け、そこに縄を通して聖都まで昼夜を問わず雪山を歩かせます。凍傷で腐った足は斧で切り落として犬のように四つん這いで奉仕させます」
((うゎぁ〜))
傍らで話を聞いていたオルとネオはガイストが語る内容に怖気る。微笑みを浮かべれば慈愛溢れる美しい顔で真逆のことを語るのだから一入だ。
聖国との和解など望むべくもない。グレアムは聖国の逆鱗に触れてしまっていた。
新年あけましておめでとうございます。
肘の調子がまだ良くなくて九割、携帯で打ってます。。。