17 贖罪の王女4
「あっ!」
砦に向かって走っていた獣人の一人が何かにつまづいて転ぶ。
防御柵を乗り越え肉迫してきたディーグアントが鋭く尖った前脚をその獣人に振り下ろす。
キン!
だが、空から急降下してきたティーセによって、前脚が獣人の背中に突き立てられる前に前脚ごとディーグアントは両断された。
「怪我は!?」
「だ、大丈夫だ。だが、ミストリアさんが」
転んだ獣人の視線を追うと、あの狼獣人が蟻たちの前で奮闘していた。一人で殿を務めているのだ。
「彼女は私が連れてくる! あなたは先に砦に入りなさい!」
「わ、わかった! 頼む!」
ティーセは蟻の群れに飲み込まれようとしていたミストリアの元に急行する。
「はっ!」
そのまま一閃。
蟻たちを蹴散らしミストリアの窮地を救う。
「あなたも下がって! ここは私が引き受ける!」
「バカをいうな! この数、一人で相手にできるものか!」
槍を振るいながらミストリアは怒鳴る。
「できる! あなたが砦に入ってくれたらね!」
「……信じていいんだな」
「もちろん!」
自信を見せるティーセに思うところがあったのだろう。
「感謝する」
こうと決めたミストリアの行動は早かった。
槍をディーグアントの頭に突き刺すと、そのまま槍を手放し砦に走った。
ミストリアの体から発するカダルア草の匂いに釣られて蟻たちが後を追う。
そこにティーセが割って入り、追撃を阻んだ。
「行かせない!」
シュパ! ザシュ!
ティーセは絶えず動き続けディーグアントを捌いていく。
だが、やはり数が多い。
バフで体力も上がっているとはいえ、ティーセの息も上がってきた。魔法の鎧で受ける蟻の牙と前脚も、時間の経過に比例して多くなる。
限界が近い。
そう感じた時、砦から火の玉が上がった。
獣人の収容が完了した合図と判断したティーセは砦に向かって地面すれすれに飛ぶ。
同時に妖精剣を眼前に抱え、詠唱を始めた。
「ーー東の賢王、西の武王。南に愛染、北に魔導。世界樹守護せし至誠のーー」
ティーセの背中に顕現している六枚の羽の一つが消えていく。
途端、砦に向かって飛ぶティーセのスピードが目に見えて落ちた。
バフの効果は羽の数に連動するため、羽を消費して発動するこの技は諸刃の剣でもあった。
それでも、この事態を打開するにはこの技しかない。
ティーセは砦にぶつかる直前、ほぼ直角に上昇し振り返った。
いつのまにか妖精剣アドリアナは光り輝き、刀身から無数の枝刃が伸びている。
「ーー妖精郷に御坐す妖精王の名において、あらゆる魔を討ち滅ぼさん!」
世界樹の枝と妖精の銀で造られ、心無き神に挑み非業の死を遂げた妖精王の愛娘の名を冠する剣をティーセは振り下ろす。
「ーーーーーーーー」
枝刃から発せられた無数の光がディーグアントを焼き貫いていく。光の奔流は蟻の断末魔さえも飲み込んでいった。
ドォォォオン!
その最中、山の向こうから爆発音が轟く。
時同じく、グレアムたちが二の村に押し寄せたディーグアントの群れを可燃ガスの爆発で撃退したのだった。
『妖精飛行』スキルの魔物を相手にした際のバフは、元の力に×1.5×1.5×1.5……と、羽の数だけ×1.5がかかります。ドラゴンの場合は×2.0×2.0×2.0……です。