51 クラス分け試験総括
●グレアム・バーミリンガー
本編の主人公。現代日本からの転生者。【スライム使役】スキルを持つ。レビイ・ゲベルとしてオルトメイア魔導学院に潜入。
●レナ・ハワード
ムルマンスクの孤児院長。ケルスティン=アッテルベリによって誘拐された。スキルは【治癒魔術】。
●ケルスティン=アッテルベリ
元王国八星騎士"不死"。王国の魔女。
●グスタブ=ソーントーン
元王国八星騎士"剣鬼"。スキルは【転移】。レビイ・ゲベルの執事として学院に潜入。
●セバスティアン・シーレ
伯爵家の御曹司。オレンジ色のおかっぱ頭。"本物"(のアホ)認定された上、レビイの地雷を踏んでボコボコにされた。
―― 現在 オルトメイア魔導学院 レビイ・ゲベルの自室 ――
「それで首尾は?」
「上々」
ソーントーンの質問にグレアムは語気強く答える。だが、ソーントーンはグレアムの虚勢を見逃さなかった。
「嘘を言うな。反則負けとはな」
新入生の最初のクラスを決める剣術試験。そこでグレアムは首から上への攻撃が禁じられているにもかかわらず、対戦相手であるセバスティアン・シーレの顔を殴ってしまったのだ。しかも何度も。
「……見てたのかよ」
「貴様の無様な剣もな。あれでは子供が木の枝を振り回しているのと変わらん」
「仕方ないだろ。急ごしらえなんだから」
グレアムがソーントーンから剣術を学び始めて二ヶ月。ようやく基礎の基礎が身に付き始めていたところだ。そこで初めてのソーントーン以外との対人戦。学んだことの一割も出せずに終わってしまった。
グレアムは完全に自分の実力不足だと思っている。もちろんそれもあるがソーントーンから見ればもっと大きな原因がある。
相手が弱すぎたのだ。
グレアムからすればセバスティアンはまさに幼子がミスリルの剣をめちゃくちゃに振り回しているようにしか見えなかったであろう。それではほとんど剣術素人のグレアムでは対応が難しい。刃も潰していない剣を下手に振ればセバスティアンを殺しかねない。
グレアムとセバスティアンの総合的な実力にはそれほどの差があったのだ。本来ならこれほどの差がでることはありえない。セバスティアンには長年の剣の修練が伺えた。セバスティアンの技をもって数合撃ち合えば、グレアムは体勢を崩しミスリルの剣先が四肢を貫いたことだろう。そうならなかったのは尋常ならざる動体視力でセバスティアンの剣を見切り、異常な反応速度で剣を繰り出し、ありえざる膂力で受け止めたからだ。
「いったいどういうカラクリだ?」
「またそれか。何だっていうんだ?」
グレアムが呆れたように言う。
(……自覚なしか)
グレアムに嘘や誤魔化しを言っている様子はない。本人も自覚していないのだ。自分自身の異常な身体能力の向上に。ソーントーンがトラロ山脈でグレアムの右手を斬った時は一般人より少し動ける程度でしかなかったが、今ではソーントーンの本気の一撃ですら防ぐことがある。
「……まあいい。それよりもクラス分けだ。あれでは良くてBクラスだろうな。"ブルーガーデン"入りは難しくなった」
"ブルーガーデン"は指名制だ。"ブルーガーデン"の現行メンバーが家格や成績を鑑みて"ブルーガーデン"への入会をオファーするという。
「……学院生活は始まったばかりだ。まだ挽回できる」
オリエンテーションによれば毎月月末に行われる試験次第でAクラスへの昇格もあるという。
「それに種は蒔いたつもりだ」
「あの魔術試験か」
「ああ」
グレアムは威力を極限まで上げた<魔矢>で<破壊不可>のかかった的を破壊した。"ブルーガーデン"のメンバーで興味を持つ者が出てきてもおかしくない。
「私はてっきり制御を誤ったのかと思っていたぞ」
「……そんなわけないだろ。計算だよ、計算」
グレアムはソーントーンから目を逸らして答えた。制御にまったく自信がなかったため、とりあえず威力を込められるだけ込めてぶっ放したのが真実である。
「……」
「仕方ないだろ! 急ごしらえだったんだから!」
グレアムも準備不足なのは自覚している。だがやるしかない。自分の行動にレナと仲間達の命がかかっているのだ。しかし――
「ケルスティンは結局、俺に何をさせたいんだ?」
「さあな」
ケルスティンと目的を共有していないソーントーンは肩を竦めた。
「昔からよくわからん女だった」
「わからんと言えばこの国もだな。うちのお抱え魔術師も言っていたが。宗教国家という話だが、なんというか、そういう雰囲気をあまり感じない」
グレアムが聖国入りして三ヶ月弱。可能な限り聖国内を巡ってみたが王国とたいして変わらない気がする。もちろん街や村には必ず一つは聖教会があったり、聖教会が戦力を保有していたりと細かい違いはある。
だが、民に朝・夕の礼拝を義務付けるといったような規律や規範がない。あっても緩い上、違反した場合の罰則もほとんどないのだ。
あらためて聖国について整理してみる。
国教は唯一神にして創造神でもあるマーニを信仰する聖教。このマーニは王国で信仰されている大地母神マーナの父とされ、聖教ではマーナをマーニの娘と認めているが神とまでは認めていないし、天龍皇については完全に無視されている。
また、聖教は聖柱と呼ばれる一本の柱をシンボルとしており聖教会には必ずといっていいほど屋根に据えられているが、前世のキリスト教の十字架のように個人で所持するという習慣はない。
ちなみに天空にまで聳え立つ尖塔エリュシオンは聖教の聖地ともされている。
政治体制は女王と六人の枢機卿による合議制。彼ら七人が最高宗教指導者であり政治的な意思決定を行うという。つまりはこの七人がグレアムと戦うことを決めたことになる。なぜか。
(……"ブルーガーデン"には女王と枢機卿全員の血縁関係者が所属しているらしい。まさか人質として拉致しろとでも言うのか?)
正直、悪くない案かもしれない。実現できるかは置いておいて。
いずれにしろ"ブルーガーデン"入りはグレアムにもメリットがある気がした。彼らの中になぜ聖国がグレアムに敵意を抱くようになったのか知る者がいるかもしれない。
"ブルーガーデン"入りを目指す。
当面の目標をあらためてそう定めたグレアムは顔を上げる。
「……」
すると、ソーントーンがハンガーにかけたグレアムの礼服にブラシをかけているところだった。
「何してるんだ?」
「? 今夜、歓迎式典があるのだろ?」
「……」
「どうした?」
「いや、お前が執事業をまじめにやるつもりがあるとは思わなかった。というか、できるのか?」
ソーントーンは毎日決まった時間にやってきて、グレアムをどこか不思議な空間に連れて行き、そこで数時間グレアムをしごいた後、赤猫亭に戻ることを繰り返し、プライベートな交流はほとんどなかった。
なので、オルトメイアに入っても執事とは名ばかりの没交渉になると思っていたのだ。
「従兄弟たちが生きていた時にある程度学んだ。結局、二人は魔物に殺されて私が領主をせざるを得なくなったがな」
そう語るソーントーンの声には自嘲の含みがあった。彼らのどちらかが生きて領主をやっていればブロランカが消滅する事態は避けられたと思っているのかもしれない。
ブロランカ消滅はグレアムにも責任があるとは思わない。あれは不可抗力だった。だが、ブロランカのために尽力していたソーントーンを"悲しき中間管理職"などと揶揄したことは反省していた。謝る気にはなれないが。
代わりにグレアムは別のことを聞いた。
「ここではお前を何と呼べばいいんだ。さすがに"じい"とか呼ばれる歳でもないだろ」
「……パトリクと。ソーントーン家に長年仕えてくれた執事の名だ」
「そうか。じゃあパトリク。その礼服はしまってくれ。剣術試験の件で謹慎しているように言われた」
「……早く言え」
「俺としては出席したかったんだがな」
『参加は義務ではないが紹介したい人物もいる』
次期聖国王であるアルベール・デュカス・オクタヴィオの言葉だ。紹介したい人物とは誰か。もしかするとレナかもしれない。そんな都合のいいことがあるわけないと思いながらも、淡い期待をグレアムは抱いていた。
そして、もちろんアルベールが歓迎式典で紹介した人物はレナ・ハワードではなかった。だが、グレアムに縁のある人間だった。二人とも。
―― オルトメイア魔導学院 歓迎式典会場 ――
「――それでは友好国から来てくれた二人の麗しき姫君を紹介しよう。
シユエ公国のユリヤ・シユエ公女殿下!
そして、もう一人は――
アルジニア王国の"妖精王女"で有名な
ティーセ・ジルフ・オクタヴィオ王妹殿下だ!」




