表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
348/441

50 三者三様の目的

●レビイ・ゲベル

 正体はグレアム・バーミリンガー。シユエ公国男爵家四男として学院に潜入。茶髪碧眼、スキルは【透視(シースルー)】と思われている。


●セバスティアン・シーレ

 伯爵家の御曹司。オレンジ色のおかっぱ頭。"本物"(のアホ)認定された上、レビイの地雷を踏んでボコボコにされた。


●グレアム・バーミリンガー

 本編の主人公。現代日本からの転生者。【スライム使役】スキルを持つ。レビイ・ゲベルとしてオルトメイア魔導学院に潜入。


●グスタブ=ソーントーン

 元王国八星騎士"剣鬼"。スキルは【転移】。


●ケルスティン=アッテルベリ

 元王国八星騎士"不死"。王国の魔女。

―― 現在 オルトメイア魔導学院 ――


「それでは失礼します」


 レビイは頭を下げて教官室を出る。あれだけやって厳重注意で済んだのは友好国からの留学生という肩書のおかげだろう。聖国の下級貴族、ましてや平民だったら命はなかったかもしれない。


 あらためてこの肩書を用意してくれたヘリオトロープには感謝したい。と同時に彼女の言う通りになったという苦い思いも味わっていた。


『それは無理だ』


 オルトメイアではなるべく目立たず大人しく過ごすと宣言した時、彼女は一瞬でそう断言した。そして同時に……


「あいつがレビイ・ゲベルかよ」

「ああ、シーレ伯爵家の御曹司をボコボコにしたってよ」


 肩掛けローブに銀糸が誂えられた者達からの視線。そこに友好的なものはない。レビイは大国の誇り(プライド)を傷つけたのかもしれない。タウンスライムのムサシがいれば大量の警告を発していたことだろう。


(貴族の友人を作るのは無理だな)


 グレアムは内心で溜息を吐いた。こうなればアラン達との関係も見直す必要があるかもしれない。自分と親しくして平民の彼らが貴族に目を付けられるのは気の毒だ。


 そんなことを考えながら下級貴族用の寮の自室に戻る。レビイはドアノブに手を掛け――


「……」


 ゆっくりと扉を開けた。室内に入らず室内を見渡す。


(……)


 特に変化はない。だが……


 レビイは扉を閉め、部屋の中央へと進む。部屋の広さは二十畳ほど。左にベッドが置かれ、目の前には机と窓。右にはウォークインクローゼット。そして、バスルームと使用人部屋に続く扉がある。


 どんな貧乏貴族でも一人は使用人を連れてくる。使用人も雇えないのかと他の貴族から侮られないようにするためだ。貴族は"なめられたら終わり"みたいな風潮がある。


 無用なトラブルは避けるためにもレビイも使用人を一人手配している。前日から先行してオルトメイアに入っているはずのその使用人は――


「っ!」


 ガキン!


 レビイが剣を目の前にかざした瞬間、金属音が室内に鳴り響いた。だが、レビイの剣と打ち合ったはずの物体が存在しない。いや、見えにくいだけだ。何もない空間の空気が歪んで細長い棒の輪郭がうっすらと見える。


 シャ!


 その剣と思わしき物体はレビイの剣を払うように滑らすと袈裟懸けに斬りこんでくる。


 キィン!


 それもレビイはかろうじて防ぐ。


 キン! ガキン!


 続く鋭い剣撃に防戦一方のレビイ。


 やがて見えない敵の剣先がレビイの喉元に突きつけられた。


「……まいった」


 レビイが負けを宣告すると、執事服姿の男が姿を現す。


「……主に向かって随分な仕打ちじゃないか」


 腰の鞘に剣を戻した壮年の男はグスタブ=ソーントーン。元ブロランカの領主にして"剣鬼"とも呼ばれた"王国最強"の剣士である。


 ◇


 話は二ヶ月前に遡る。


 ヘリオトロープの尽力でシユエ公国の男爵家四男の地位を手に入れたグレアムは慣習通り予備校(ギムナジウム)に通おうとしていた。


 一時的な宿泊場所として使用している赤猫亭の一室。そこにソーントーンは音もなく現れた。


「邪魔をする」


「……ちょっと待て」


 グレアムは激昂しそうになる自分を必死に抑えた。


(アンガーマネジメント。6秒ルール)


 前世のうろ覚えの知識を必死で思い出す。怒りのピークは6秒でそれを過ぎれば小さくなるという。ここで怒りのままに行動しても得られるものは何もない。


 椅子に座って目頭を押さえること一分。


「レナさんはどこだ?」


 顔を上げたグレアムは開口一番そう言った。


「……ケルスティンに訊け」


 ケルスティン=アッテルベリ。【超回復】スキルを持ち百年を生きる王国の"魔女"。レナ・ハワードを誘拐し、オルトメイアに来るようにグレアムに伝えた張本人でもある。


「"悲しき中間管理職"から"魔女の小間使い"に転職か?

 あの"無職の若作りババア"はどこにいる?」


 王国から爵位を授かり王国軍の監督官の役職も与えられていたケルスティンだが、王国から出奔して行方不明になったことでそれらの地位はすべて取り上げられたと聞く。


「知らん」


「おい」


「あいつはこのメモを残して姿を消した」


 ソーントーンが差し出したのは二枚の紙片。一枚は赤猫亭の所在地と部屋番号。もう一枚は折りたたまれていた。中身を見ると思いの外、綺麗な字でグレアムへの言伝が綴られている。


『"偽りの国"へようこそ、グレアム君。

 ()()、強引な招待を受けていただきありがとうございます。

 さて、まずはグレアム君が一番知りたいことから述べましょう――』


 レナの行方について書かれているかとグレアムは期待を持って読み進める。


『グレアム君が一番知りたいこと――それはもちろん私のスリーサイズ――』


 破り捨てたくなる衝動を何とか抑える。


(アンガーコントロール! アンガーコントロール!)


『――などではもちろんなく、レナ・ハワードの居所ですね?』


(そうだよ! 決まってんだろが!)


『残念ですが、それを教えることはできません。

 なぜならグレアム君はオルトメイアにまだ来てないからです』


「……」


『ご安心ください。私たちはレナさんに()()()触れてはいません。

 私の目的が果たされた時、無事に返すことをお約束いたします。

 グスタブ君に問い詰めても無駄ですよ』


 グレアムは顔をあげてソーントーンを見た。壁によりかかりグレアムが読み終わるのを待っている。


 "ソーントーンを捕らえて拷問する"


 その実現可能性(フィジビリティ)を考える。"王国最強"にして【転移】スキル持ち。グレアムはその案を即座に断念した。


『さて、オルトメイアでまずやってもらうことは"ブルーガーデン"のメンバーに選ばれることです。"ブルーガーデン"とはオルトメイア学生自治会の通称でその活動場所からそう呼ばれています。

 グスタブ君が"ブルーガーデン"入りの助けとなってくれるはずです。彼から剣を学び、そして付き人として彼を連れて行ってください』


 グレアムは再度、顔を上げてソーントーンを見た。


(剣を学ぶ意味もわからないが、よりにもよってソーントーンから? しかもオルトメイアに連れて行けと?)


 その理由をケルスティンのメモから得ようとしたが――


『それでは健闘を祈っています』と締めくくられていた。


「……ブルーガーデンに入れなければどうなるんだ?」


「さあな。その時はまた指示があるんじゃないか」


 グレアムの疑問にソーントーンが答える。答えられることならば答える意思はあるようだ。


「レナさんが無事なのは本当なんだな」


「そこに書いてあるとおりだ。我々は彼女に指一本触れてない」


「……」


 グレアムは考える。


(それが事実ならばあの指は誰のものだ?)


 オルトメイアに潜入させた工作員。見るも無残な姿で戻ってきた彼の口の中には女性の指が詰められていた。てっきりレナの指でケルスティンの仕業かと思ったが、考えてみればそれはオルトメイア――つまり聖国とケルスティンが結託していることになる。


 だが、ケルスティンはこちらの居場所を把握しておきながらソーントーンを送り込んできただけ。もし、ケルスティンが聖国と結託していたら送り込んでくるのは騎士団と魔術師団だろう。


「……ケルスティンの目的は何だ?」


「知らん」


「ケルスティンは聖国と結託してるのか?」


「その様子はない」


「お前はなぜケルスティンに従っている?」


「私には私の目的があるからだ。単に利害の一致だよ」


「その目的のために俺に剣を教えて、一緒にオルトメイアに行くと?」


「不本意ではあるがな」


 グレアムは考える。


 剣を学ぶことはともかく、"王国最強"の剣士が護衛となる。そのメリットは大きいように思う。だが――


「いや、だめだ。お前の顔を知っている人間がいるかもしれない」


「それなら問題ない。――"妖精界一のお人好し。天真爛漫な悪戯妖精。歓喜の舞で旅人惑わせ。上着を裏表逆に着るまで。チェンジリング"」


「は?」


 ソーントーンが訳の分からないポエムを朗々と語り出したと思ったらソーントーンの顔が変わった。


 精悍な顔立ちはシミと脂ぎった初老の男のそれになる。


「……しばらく見ないうちに変な技まで身に着けやがって」


「精霊魔術だ」


 精霊魔術――精霊や妖精の力を借りて不可思議な現象を起こすとヒューストームから聞いたことがある。スキルがなくても精霊や妖精と対話できれば使えるとも。人間でその素養を持つ者は珍しいと聞くが、ソーントーンにその素養があったのは驚きだ。天は時に二物を与えるものなのだ。


 ソーントーンのあのポエムは精霊魔術を使うための呪文のようなものなのだろう。そのポエムの最後に"チェンジリング"と言っていた。前世、欧州の民間伝承で"取り替え子"を意味し、妖精が人間の子供を連れ去るときに身代わりとすり替えることを指す。


 ところがある説では連れ去ってすり替えるのではなく子供の姿を変えてしまうのだと聞いたことがある。ソーントーンが使った精霊魔術はそれに類するものなのだろう。姿かたちを変える精霊魔術。


「触っても?」


「かまわん」


 ソーントーンの膨れた頬を摘まんでみる。過剰なぜい肉の感触。変身前のこけた頬ではありえない触感だった。


「便利だな。それ俺にもかけられるか?」


「残念だが」


 術者限定ということなのだろう。仕方がないので予定どおり、色付きコンタクトレンズで瞳の色を変え、眼鏡と伸ばした髪で顔を隠すことにする。


「……」


 それで思い出した。グレアムが変装に魔術や魔道具を使わない理由を。


「精霊魔術は検知魔術に引っかからないのか?」


「<魔導感知(センスオーラ)>ならば引っかかる」


「じゃあだめだ」


「検知魔術が使われるのはミッターナハトキャンパスへの入退場時だ。転送魔術陣を使用しなければ問題ない」


「っ! まさか! オルトメイアに【転移】できるのか!?」


 そうであるならソーントーンを味方にするメリットは計り知れない。時間はかかるが資材や人員を自由に持ち込める。"アシュラ作戦"の準備を安全に進めることができる。


「いや、無理だ」


 ガックリと項垂れるグレアム。


「ぬか喜びさせやがって。じゃあ何か? 検知魔術にひっかからないようにお前を連れていけと?」


「必要ない。潜入には別の伝手がある。オルトメイアで長期間怪しまれずに宿泊できる場所が欲しいだけだ」


「ふぅん。なるほどな」


 そこまで聞いてグレアムは本格的に検討に入る。提案を受け入れるべきかどうか。


 正直、悪い話ではないと思う。


 グレアムにはレナ以外にも目的がある。なぜ聖国が突然、敵意を持ったのか。その真意を探り、できれば戦争を回避する。それが不可能ならばスライムを殺す聖結界の魔術式を盗み出す。


 レナ救出という最優先至上命題を一旦保留にできるならば、それに専念できるかもしれない。


「……聖国がこちらに戦争を仕掛けようとしてるんだが、お前たちの仕業じゃないよな?」


 返答次第ではソーントーンとケルスティンを聖国に差し出して誤解を解く必要がある。


「知らん。ケルスティンも違うと思う。ただ、奴は貴様が聖国と敵対することになると確信を持っていたようだが」


「……」


 証言の裏どりができないのが辛いところだ。果たしてどこまで真実を語っているのか。ソーントーンに騙す気がなくともソーントーンがケルスティンに騙されている可能性もあるのだ。


「……いいだろう。ただし、正体がばれたら自分でなんとかしろ。状況によっては簡単に切り捨てる」


「それはお互い様だ」


 こうしてグレアムとソーントーン、そしてケルスティン、三者三様、それぞれの目的のために互いに利用しあう――いつ裏切るかもしれない緩い同盟関係が構築されることになった。


「ところで、お前の目的は何だ?」


「それは重要か?」


「重要だろ。今は利害が一致していても不一致になれば敵対することになる」


「なるほど」


 ソーントーンは納得した言葉を呟きながら自身の目的を言い淀んでいる。


「言えないか」


「そういうわけでははない。ただ、少し複雑でな。……そうだな、オルトメイア潜入の目的というなら――」


「は?」


「聞こえなかったか?」


「いや、あまりにも意外な言葉が聞こえてきたからな。悪いがもう一度、言ってくれるか?」


 ソーントーンは今度は聞き間違えることがないようにはっきりと答えた。


「"世界樹"の復活だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ