48 クラス分け試験3
●レビイ・ゲベル
正体はグレアム・バーミリンガー。小国の新興貴族の子弟として学院に潜入。茶髪碧眼、スキルは【透視】と思われている。
●セバスティアン・シーレ
伯爵家の御曹司。オレンジ色のおかっぱ頭。レビイに"本物"(のアホ)認定された。
●リリィ・マーケル
白髪。平民。シーレ家の雇われ魔術師。
オルトメイア魔導学院ミッターナハトキャンパス第二演習場。そこに腰の高さほどの石の舞台が設置されていた。広さは二〇メイル正方形。ここで最後のクラス分け試験が実施される。
『それでは剣術試験を始める。内容は学生同士の一対一。勝敗は相手を行動不能にするか舞台から落とす、もしくは相手からの負け宣告で勝利とする。ただし、試験は技術を見るもので勝敗は成績にさほど影響しない。そういう理由で魔術の使用は禁止。また、首から上の攻撃も禁止とする』
レビイは腰に吊った鞘に左手で触れた。鞘に納められている剣は竹製でも木製でもない。正真正銘の鉄剣だ。刃も潰してない。これはレビイに限らず、すべての生徒の剣も同様である。
治癒魔術がある弊害だろう。多少の裂傷や骨折は<怪我治療>で治せるため、即死さえしなければいいという考えなのだ。
「教官。勢い余って相手を殺してしまった場合は減点されますか?」
(気にするのは減点かよ)
セバスティアン・シーレの質問にレビイは心の中で突っ込んだ。とはいえ質問自体は妥当だ。肩掛けローブの下に革鎧や鎖帷子を着込んでいるとはいえ万が一もありえる。
『不幸な事故として処理される。ただし、勝敗が決まった後も攻撃を加えた場合、あるいは試験官の制止を無視した場合は大きく減点される』
その答えにセバスティアンは口元を歪めて笑った。
『それでは試験を開始する。対戦相手は魔術試験の成績上位から順番に二人ずつ。最初の試合はセバスティアン・シーレとレビイ・ゲベル』
(ということは俺は暫定二位か)
予想以上に減点されたようだ。この試験で取り返せればいいが剣術試験である。孤児院育ちに剣を扱う機会などあるわけもなく、ブロランカの奴隷時代から武器は魔術だ。つまり、つい最近までレビイは剣で戦ったことはなかった。
はっきりいって自信はない。少し憂鬱な気持ちで舞台に上がったレビイの装備は革鎧に普通の鉄剣。
一方、セバスティアンは鎖帷子に――
スラリ
セバスティアンが剣を抜くと小さなざわめきが起きた。
(ミスリル)
剣から青白い光がわずかに発している。ミスリルを配合した剣は大気中の魔力を吸収して切れ味を増す。名工といわれるミスリル鍛冶職人の剣なら岩さえ一刀両断にするという。セバスティアンの剣でもレビイの革鎧ぐらいなら簡単に切り裂ける。
レビイはチラリと教官を見た。セバスティアンの剣を特に問題視している様子はない。
(まずいな)
ただでさえ剣術に自信がないのに装備でも負けている。まともに戦えば数合でこちらの鉄剣は折れてしまう。
『はじめ!』
さて、どうしたものかと考える暇もなく試験が始まってしまった。
セバスティアンが猛然と斬りかかってくる。
(ん?)
レビイはスラリと躱す。さらにセバスティアンが斬りかかるが――
(……遅い)
レビイは剣を下げたまま、柳のように揺れて剣を躱していく。
(考えてみれば当然か。ただの学生があいつより強いわけないしな)
勝つことは難しくない。だが、これは剣の技術を見る剣術試験なのだ。
レビイは覚悟を決めて打ち合うことにする。
ガキン!
ただし、なるべく剣に負荷をかけないように受け流す。
「くっ! この! ちょこまかと!」
チラリとレビイは試験官を見る。自分の剣はちゃんとした剣術になっているのかと不安だった。防御一辺倒では評価が落ちるかもしれない。こちらからも攻撃する。
(おっと。首から上は反則なんだっけ)
無意識にセバスティアンの首を狙ったレビイは思わず動きを止める。それを隙と見たセバスティアンは果敢に斬りこんできた。
ガキン!
鍔迫り合いとなる。
レビイは思わず足が出そうになり――
"蹴るな! 蹴ったほうが危険だ!"
(……)
蹴りを放った不安定な姿勢から体当たりでも喰らえば大怪我する。古流剣術には蹴りを組み入れたものもあるが――
"10年早い。――よいか。腰より上に重心がある人間は二本足で立つには不安定にすぎる。一本足では言わずもがなだ。蹴りをいれたければ、せめてこれぐらいできるようなってからだ"
そう言ってあの男は一本足で立ち、レビイに自分を押してみるように促した。結果、あの男はまるで大地に根を張る樹木のように揺るぎもしなかった。
「……」
レビイは足を出す代わりに脇を締めて力を入れる。
「ぐっ!」
セバスティアンの顔に苦悶と焦りの表情が浮かんだ。
「ば、ばかな! 俺は5歳の頃から剣を振ってきたんだぞ! それを、こんな素人に!」
「……」
どうやらセバスティアンの眼から見てもレビイの剣はなってないらしい。
悲しい事実にレビイはもう終わらせようと思った。だが、その前に警告ぐらいはしてやろう。セバスティアンの5歳からの努力を無駄にした詫びみたいなものだ。
「百合には毒があると知ってるか?」
「は?」
「まあ、人間には害はないんだがな」
いわば条件付きの毒。セバスティアンが地雷を踏む日はそう遠くないように思えた。
「……だからなんだ?」
「あまり無体なことをするな。手痛いしっぺ返しを食うぞ」
「……リリィ・マーケルのことか。はん! 公国の貴族は下賤の者に優しいな! 自分も下賤の身だったからか!?」
「……警告したぞ」
「平民に自分の立場を教えるには殴るのが一番なのさ!」
「……」
"天使様、人はなぜ人を支配しようするのでしょうか"
聖女の問いをレビイは思い出した。あの時、天使は何と答えたか。
「それにな!」
「ん?」
「楽しいだろ!」
「……」
「殴るとな、顔のいろんな穴から液体が吹き出るんだ! 『ひぃ』とか情けない声も面白い! 何よりあの目だ! 圧倒的強者を見るようなあの目! 俺はこいつのすべてを支配し――」
バギャ!
レビイはセバスティアンの顔を殴っていた。
「っ!?」
平衡感覚を失ったセバスティアンは石舞台に倒れこむ。
「!? まっ!」
バキ!
レビイの追撃。拳が顔の中心にめり込んだ。
白目をむくセバスティアン。それでもレビイは無言で殴り続ける。
飛び散った血が頬と眼鏡に付着する。それでもレビイは無表情で殴り続けた。
『やめろ! レビイ・ゲベル!』
力ずくで引き離されてようやく殴るのを止める。
『治癒魔術を! 急げ!』
『だめだ! ポーションも持ってこい!』
騒がしい周囲。
教官達から必死の救命措置を受けるセバスティアンを眺め、レビイは白熱した頭の中で思った。
(なんだ。やっぱりぜんぜん楽しくないじゃないか)
◇
「今年は面白いのがおるのう」
貫頭衣のような白装束に身を包んだスキンヘッドの男が楽し気に呟いた。その肌は白くまるで赤子のようなみずみずしさを持ちながら、その喉から発する声は老人のよう。
「あのレビイ・ゲベルという生徒ですか?」
一方でスキンヘッドの傍に立つ上級試験官の声は不満気だ。
「剣術が付け焼き刃なのは明らか。対戦相手のほうがまだ見どころがあるように思えましたが」
「その評価は間違っておらんよ。剣を学んだのはよくて二ヶ月といったところかな。ワシが面白いといったのは常人離れした反射神経と動体視力じゃよ。本当に強化魔術の類は使ってなかったのだな」
「ええ、それは間違いありません」
「ということはあやつは素の状態で、ワシ並みの身体能力を有していることになる」
「――まさか!?」
「それに」
「それに?」
「……いや、気のせいやもしれん。いずれにしろ楽しうなってきたわい。グレアム・バーミリンガーとの戦争もあるしの」
「戦に出るおつもりですか?」
「無論じゃ。"重装"オーソン=ダグネルに"剣静"リー=テルドシウス。最近、幕下に加わったアンドレアス=アルヴェーンとアマデウス=ラペリも剛の者と聞く。早う手合わせしたいものじゃ」
ヨアヒム・クアップ――またの名を"剣聖"ヨアヒム。枢機卿の一人にして剣のみで幾度も聖国の危機を救った英雄は、まるで子供のように笑った。