45 オリエンテーション
●アラン・ドヌブ
ドヌブ村の馬鈴薯農家の長男。黒髪黒瞳。スキルは【雷魔術】。
●トマ・アライソン
平民。金短髪。スキルは【あおり耐性】。
●レビイ・ゲベル
下級貴族の息子。茶髪碧眼。スキルは【透視】。
●ロナルド・レームブルック
オルトメイア学生自治会の役員。細目。
オルトメイア魔導学院は複数のキャンパスで構成され、対外的な交流と事務手続き等は聖都にある中央キャンパスで行われるのは以前に述べた通りである。
他のキャンパスの正確な場所は秘密とされているが、実は学生宿舎があるミッターナハトキャンパスの場所はおおよその見当はつく。なぜならミッターナハトキャンパスの北には、はるか天空にまで届く尖塔エリュシオンの偉容があるからだ。
ミッターナハトキャンパスはエリュシオンの麓のどこかにあるのは間違いない。だが、エリュシオンそのものがどこにあるのかはわかっていない。王国からも望める尖塔エリュシオンを目指し、地上を騎馬で進んでも永遠に辿り着かない。空を飛んでも同じだ。北にあるエリュシオンを目指し飛行していたはずが、いつの間にか背にエリュシオンがあったという魔術師の記録がある。エリュシオンの周辺は時空が歪んでいるのだ、あの尖塔は空に写るエリュシオンの「影」に過ぎないのだとその魔術師は述懐している。
つまり、ミッターナハトキャンパスとエリュシオンに来るには中央キャンパスにあるような転移魔術陣を使うしかない。そして、おそらく転移の際に検知魔術が転移者と荷物にかけられる。禁制品や危険物、申請にない魔道具をオルトメイアに入れないため。もちろん出る時もだ。
限定された入出方法と魔術検査がオルトメイアの諜報を非常に難しくさせていた。だが、まずは第一段階はクリアしたと考えてもいいだろう。自室の窓からエリュシオンを見上げながらアランはそう結論づけた。
さて、次の鐘が鳴ればオリエンテーションが始まる。机に置かれていた書籍の中から必要な資料を取り出して、ついでに教科書をパラパラと捲ってみた。これらの書籍は学院からの貸出品だ。学院生に代々引き継がれてきたようで、余白に書き込まれた様々な落書きが暦年の重みを感じさせる。
(ん?)
その一つに、意味をなさない文字の羅列があった。
(……暗号、か?)
ヒントになりそうなものが他に書かれていないか探してみるが見当たらない。
(ここに書かれているということは、何かを伝えたいということ。ならばそれほど難しい暗号ではないと思うが……)
アランは単一換字式暗号で解読を試みる。各文字を辞書順で数文字分シフトすると意味がある文字が出てくる。例えば"HBV"をそれぞれ3文字シフトすれば"KEY"という言葉が出てくる。
(違うな)
最初の3文字を1~5文字分シフトしてみたが、意味ある言葉にはならない。
(だが方向性は間違ってないと思う。何となくだが。……314号室か)
アランは少し考え、この部屋番号の桁ごとにシフトしてみる。最初の1文字目を3文字、2文字目を1文字、3文字目を4文字、4文字目は戻って3文字シフトするといった具合に。
(当たりだ)
そうして解読できた言葉は――
"逃げろ! 殺される!"
「……」
アランは見なかったことにした。
◇
オリエンテーションとは簡単に言えば学院生活についての説明だ。生活の場となる宿舎や食堂、浴場といった各種施設の説明、授業の履修要項や時間割りと各種試験などのガイダンスが行われる。参加は必須だ。
時間になったのでアランは指定の大講堂に集まった。トマを見つけて合流する。周囲を見回すとアンネとリリィを見つけたがレビイは見つけられなかった。
「お貴族様用のオリエンテーションが別で行われてるみたいだぜ。宿舎も別のようだしな」
平等を謳っていても食事や風呂を平民と一緒にするわけにはいかないのだろう。
その平民と同じ空気を吸うのも嫌という雰囲気を隠しもせず貴族らしき女性が教壇に立った。学院の職員だろう。
出席も取らずに事務的な口調で早口に説明していく。
『汚れものは所定の袋に入れてドアノブにかけておけ。諸君が授業を受けている日中に学院の奉仕人が回収する。また、この時に部屋に清掃が入る。自室に鍵をかけないように』
「洗濯掃除免除かよ。ラッキー!」
トマは喜ぶ。予備校では自分でやる必要があった。もっとも、貴族や大商家の子弟は人を雇ってやらせていたが。
この破格の待遇は保安対策だろう。院生がおかしな物を部屋に持ち込んでいないかチェックするために。例の検知魔術感応魔道具を机の裏にでも仕込んでおけば、きっと帰ってきた頃には真っ赤になっているに違いない。
後ろ暗いところのあるアランにとってはあまり良いことではない。部屋の鍵も学院にはあまり意味がないと考えたほうがよさそうだった。
『初期の授業は座学が中心となる。習得魔術陣の発明によって容易に魔術を習得できるようになったが、理論を学んでおかねば思わぬ事故を起こしかねない。この中に既に魔術を使える者もいるかもしれないが魔術の使用は教師の指示あるまで禁止となる』
「魔術をぶっ放すのはしばらくお預けかあ」
トマは今度は露骨に残念そうな顔をした。アランもトマもまだ魔術を習得していない。習得魔術陣は国によって厳しく管理され、貴族でも手に入れることは難しいと聞く。
『破った場合は"抹籍"処分もありうるため注意するように』
「"抹籍"? 要は退学のことだろ?」
トマの疑問がかの女史に届いたわけではないだろうが、"抹籍"について説明してくれる。
『"抹籍"とは文字通り籍を抹消することだ。この学院、および予備校に在籍していた事実もなくなる。つまり、その間、国の管理を受けていない無法者という扱いになる』
トマの顔が青くなる。無法者とは山賊や野盗のような犯罪者のことだ。無法者と認定されれば良くて鉱山送り、悪ければ縛り首だ。
『抹籍処分となる禁則事項は他にもある。ここでは説明しないので後で資料を確認するように。最後に試験についてだ。試験は毎月月末に行われる。試験で下位数パーセントは"除籍"処分となる。抹籍と異なり在籍していた事実は残るが、即日、学院から退去しそれまでかかった費用は全額返金してもらう。在籍期間によって差はあるが最低でも聖国金貨五十枚はかかると思ってもらって間違いない』
ザワリと周囲が騒がしくなる。ここにいる多くは貧しい平民だ。金貨五十枚など払える目途はない。
『安心したまえ。君たちは魔術師の卵だ。就職先に困ることはない。落伍者でもな』と女史は意地悪く笑う。
『雪と氷の最北端では暖をとるどころか水を得ることも難しい。君たち魔術師ならば魔術で火と水を作り出せる。借金を全額返し終わるまで使い潰されることも珍しくないと聞く』
「安心要素どこだよ」とトマが独り言ちた。
『ロナルド様に"殺し合い"をしろと命じられたそうだが、ある意味間違ってない。君たちは競い合い、敗北した者は辺境送りなる。各自、励むことだ。学院から放逐されないように』
"逃げろ! 殺される!"
アランの脳裏に見なかったことにした暗号がよぎった。平民魔術師の甘くない現実を容赦なく突きつけられた気分だった。
だが、そう遠くない未来に、実際はもっと酷いことをアラン達は知ることになる。
次回は久々になろうテンプレ展開に挑戦します。