43 新入生
新しい登場人物が多くなってくるので毎回ここに登場人物を書こうと思います。
●アラン・ドヌブ
ドヌブ村の馬鈴薯農家の長男。黒髪黒瞳。スキルは【雷魔術】。
●トマ・アライソン
平民。金短髪。スキルは【あおり耐性】。
●レビイ・ゲベル
下級貴族の息子。茶髪碧眼。スキルは【?】。
"この門をくぐる者、等しく価値なし"
"ただ神と己のみが汝の価値を定める"
いかにも宗教国家の学院らしい言い回しだと思いながらアランはトマと下級貴族の少年レビイと共にオルトメイア魔導学院の中央キャンパスに足を踏み入れた。
中央といいながらもこのキャンパスは貴族エリアと平民エリアの境目にある。この世界の多くの都市は王族・貴族の居住区と平民の居住区は明確に分けられている。大きな理由は魔物対策のため。魔物は人が多くいる場所に引き寄せられる性質がある。平民エリアに多くの人間を住まわせれば、魔物の最初の襲撃は平民エリアとなる。都市とは、金と権力を持つ者を肉の壁で守るためのシステムだった。
もっとも、この聖国では魔物除け聖結界の存在によって、そのシステムは崩れつつある。貴族はより広い敷地を求め郊外へ屋敷を構える者も出始め、平民も窮屈な人口密集地に住む必要はないと聖都を出ていく者もいる。一方で戦争や災害に遭った難民によって、平民エリアの外に大規模なスラム街が構築されつつあった。
さて、中央キャンパスには外部から講師を招いた際などに使われる大講堂と事務手続き用の庁舎が存在する。
三人は庁舎で手続き後、一室に通された。そこはちょっとした倉庫ぐらいの広さで、床には複雑な幾何学模様が描かれている。
「転送魔術陣。俺も学院で勉強すれば、ここに描かれていることがわかるようになるのかな?」
トマが床を眺めながら呟いた。
「いや、無理だろ。古代魔国時代の技術で解析も再現も不可能とか」とアラン。
「こいつがあれば俺の故郷にもひとっ飛びなんだがなぁ」
「普段使いできたのは王族と貴族だけで、平民が使う機会は兵士として戦地に送られる時ぐらいだったらしいから、平和なトマの街に設置されても使う機会はないと思うよ」
レビイはなかなか辛辣なことを言うと思った。この先、トマは出世することはないと侮辱したようなものだからだ。
レビイの思いを察したのかトマは「むしろやる気が出るね。ぜってえ偉くなってやる」と意気込んだ。
「コホン」
三人の後ろから咳払い。ここまで案内してくれた職員のものだ。
さっさと行けというのだろう。
アランとトマ、そしてレビイは少し慌てて魔術陣の中に足を踏み入れると、床から光が発しその姿が消えた。
◇
三人が飛ばされた先は先ほどの倉庫よりもさらに数倍大きな部屋だった。既に多くの新入生がいたが大神殿のように高い天井のため、息苦しさはない。
三〇〇人ほどだろうとアランは見当をつけた。全員、赤い肩掛けローブをしているので自分達と同じ学院の新入生だろう。見知った顔もいるが、知らない顔も多い。別地区の予備校の者だろう。もしかすると新入生は全員ここに集められているのかもしれない。
各自、小集団を作りガヤガヤと話をしている。希望と熱意をもって、あるいは不安そうに。
(……多いな)
ふと、アランは疑問を覚えた。魔術を使えるスキル持ちが多いのは聖国が古代魔国があった場所と考えれば納得できる。古代魔国の支配者層であった魔術師達が市井に種をばら撒いたのだろう。
(だが、多すぎる)
毎年、この数の魔術師が誕生するとしたらアランが知る聖国軍の魔術師の総数と合わない気がするのだ。
「へえ【あおり耐性】。そいつは羨ましい」
「……羨ましいか?」
アランが周囲の観察と思索をしている間にトマとレビイは話し込んでいた。そこでスキルの話になったのだろう。
「ああ、羨ましいよ。もし僕がそのスキルを持っていればなと思うことがある。本当にいいスキルだよ」
「……アラン、こいつ結構いい奴だぞ」
「レビイのスキルは? ちなみに俺のスキルは【雷魔術】だ」
「おいアラン。貴族様のスキルは秘するものだって不文律があってだな」
「いや、言ったろ。たいした家柄じゃないって。僕のスキルは【透視】だ」
「え!? 服が透けて見えるあの"透視"!? 俺が履いてる下着の色もわかるあの!?」
「それは――」
「え!? じゃあまさか!? あの女の子たちの下着も!?」
トマが指さしたのは赤髪と白髪の二人組。顔はかなり可愛い。
「どうなんだよ!? おまえはいつもそんな羨ましい思いしてんのか!?」
「なに? 私の下着の色が何だって?」
トマの不審な行為に少女達が近づいてきた。赤髪は腕を組んでこちらを睨みつけるようにしている。
「あ、アンネちゃん。やめようよ」
白髪の娘は赤髪の娘の後ろに隠れるようにしながらそう言った。
「でもリリィ。こいつら覗き魔の変態かもしれないじゃない。これから何年も一緒に過ごすことになるかもしれないんだから、はっきりさせておかないと」
「誰が変態だ!」とトマが珍しく声を荒らげた。
「スキルの話をしていただけだよ」
「スキル?」
「僕は【透視】スキル持ちだ」
「え?」
赤髪の少女が嫌そうに身をよじった。白髪の少女も「わっわっわっ」と両腕で自身の胸や股間を隠そうとする。
「いや、安心してくれ。この眼鏡がスキル封じの魔道具になっているんだ。だから、君たちがどんな下着を着けているか見えない」
「本当かしら?」と赤髪の少女がレビイに疑わし気な視線を向けてくる。
「この魔道具は眼のスキルを封じる効果しかないから、信じてもらうしかないんだが」
「ふーん」
赤髪の少女はレビイをジロジロを見た後、「まぁいいわ」と呟いた。そして、片手を差し出すと――
「アンネ・ヘッシャーよ。疑って悪かったわね」と握手を求めてきた。
「レビイ・ゲベルだ」
「いや、待て待て! そんな簡単に信じていいのか!?」とトマ。
「女は視線に敏感なのよ。イヤらしい視線は特にね」とアンネは胸を隠すように腕を組み、トマから距離を取ろうとする。
「それに彼ならわざわざ覗き見しなくてもよさそうじゃない?」
「ん?」
そう言われてトマはマジマジとレビイの顔を見る。ボサボサの長い髪と大きなレンズに隠されているが確かに相貌は――
「よせよトマ。親しき中にも礼儀ありだぞ。俺はアラン・ドヌブ。こっちはトマ・アライソン」
アランはそう自己紹介すると白髪の少女に視線を向けた。
「リリィ・マーケルです」
ペコリと頭を下げた。気の強そうなアンネと違ってこちらは気弱そうな感じだ。
「私とリリィは西の予備校出身なの」
「俺とトマは南の予備校だ。ということはレビイは東の予備校か?」
予備校は三つしかない。レビイとアンネ達が顔見知りでないということは必然的にレビイは東の予備校出身ということになる。
「いや、俺は予備校にいってない。スキル封じの魔道具を手に入れるのに時間がかかってね」
「それは難儀ね」
予備校には年頃の少女も多く在籍する。まったく何の対策もせず【透視】持ちが入学は問題があったのだろう。
「でもレビイはまだいいさ。いろいろ役に立ちそうなスキルなんだから。俺なんてなぁ」とトマ。
「いいスキルだと思うけどな。交換できるならしてもらいたいよ」
「へえ、どんなスキルなの?」とアンネがレビイの言葉を切っ掛けにトマのスキルに興味を示す。
「……教えてもいいけど笑うなよ」
「笑わないわよ。ぶっちゃけ私のスキルもいいスキルとはいえないし」
「え~!」とリリィが不満気に声を上げた。
「アンネちゃんのスキルはすごくいいスキルだよ~! いくら食べても太らないんだから~!」
リリィはアンネの脇腹を両手で触る。
「ちょ! やめてリリィ!」
「私がどんなに苦労しているか知ってるくせに~!」
子猫のじゃれつきあいのような微笑ましい光景にトマはにんまりと相好を崩す。トマが薦めてくれた大衆小説には少女同士の恋愛を描いたものが多かった。きっとトマはそういうのが好きなのだろうとアランは思った。
ざわっ!
その時、周囲がざわついた。
転送魔術陣から誰かが転移してきたところだ。
周囲はその人物を見てざわついたようだ。
「でけぇ」とトマ。
魔術陣から出てきた男は身長二メイルを超えている。肩掛けローブからはみ出した上腕二頭筋はアンネの胴より太く素手で魔牛を絞め殺せそうだ。
「俺たちとホントに同い年かよ? 何食えばあんなデカくなんだ? っていうか入学先、間違えてんだろ。どう考えても魔術師より戦士向き――」
「止せトマ。聞こえるぞ」
【あおり耐性】持ちのお前があおるなとアランは思った。
「サウスでは見たことないな。ウェストでは?」
「ないわね。イーストでもなさそうよ」
「ということはレビイと同じ予備校スキップ組か。でも貴族様でもなさそうだな」
貴族ならば赤い肩掛けローブに銀糸を誂えている。
「授業が始まれば色々苦労するんじゃないか?」
「あ、でも見て」
壁を背を預けた戦士然の男の隣に神経質そうな男子が並んだ。彼が何事かを話しかけると戦士然の男は軽く頷いたので、おそらく知り合いなのだろう。
(取り巻き、従者、いや腰巾着といった感じだな)
アランは神経質そうな男子に対してそんな印象を抱いた。一方、戦士然の男には――
「どこか大きな商家の息子なのかも。だとしたらそれなりに教育を受けているはずよ」
「……そうだな」
アランはアンネの意見に同意する。少なくとも"無頼漢"といった感じはしない。
目をつむり静かに待つ戦士然の男に周囲は次第に興味を無くしていく。
アランも興味を失ったように目を逸らした。すると――
パチパチパチパチ
突然、新入生達の頭上に拍手の音が鳴り響く。
目を向けると全身白の服に金の肩掛けローブの男が空中に立っていた。
「コングラチュレーション!」
そう叫び拍手した男が優雅な挙動で礼をする。
「入学おめでとう! 新入生諸君! ぼくはオルトメイア学生自治会役員の一人でロナルド・レームブルックという。以後、お見知りおきを。それで早速なんだが――」
ロナルドは細い目で新入生を見下ろしながら告げた。
「皆さんには、これから"殺し合い"をしてもらいます」