16 贖罪の王女3
「いいから、みんな砦に走って! 砦の門は私が開けさせる! ここはもう持たないわ!」
そう言うとティーセは一息に砦まで飛んだ。
「開門! 扉を開けなさい! 彼らを受け入れるのよ!」
砦にはソーントーンに雇われた傭兵たちが詰めている。突然、現れた闖入者に戸惑っているようだった。
「私はーー、現国王ジョセフの子、ティーセ・ジルフ・オクタヴィオ王女より雇われた傭兵ルイーセ!」
ティーセは一瞬考え、そう答えた。たたの傭兵と名乗るよりも王族の名を出したほうが素直に扉を開けると考えのだ。
だが、ティーセがそう名乗っても傭兵たちは動こうとしない。
村の方を見ると足の速い獣人たちはもうすぐ砦に辿り着く。彼らの背後には蟻たちが迫っていた。
「どうしたの!? 早くしなさい!」
焦るティーセは声を張り上げた。
「残念ですが、王女殿下ーー」
傭兵たちの中から壮年の男が進み出てくる。
「たとえ、王女殿下の命とはいえ扉を開けることはできません」
「な!?」
「我々は伯爵に雇われた傭兵です。その伯爵が開けるなと言えば開けるわけにはいかんのです。それとも王女殿下が我々の新たな雇い主となりますか? 裏切者の汚名を被る以上、伯爵が我々を雇った時に出した金の三倍はいただきたい」
壮年の男はティーセを馬鹿にする風でもなく、ただ淡々とそう言った。
王女といえど一傭兵団を雇えるだけの金を用意できるわけがない。それを分かった上での男の言葉だ。
それがティーセの怒りに油を注いだ。
「わかった。もういい」
ティーセは浮かび上がった。
「どちらへ?」
「決まっている。あの蟻どもを一匹残らず殺す」
それだけ言い残し、ティーセは飛び立つ。
向かう先には門があった。
「むっ!? いかん! 止めろ! お止めするんだ!」
ティーセがやろうとしていることを察した壮年の男は部下たちに命じる。
だが、ティーセは縫うように傭兵たちの間をすり抜けていく。
妖精剣アドリアナを抜き放ちーー
「!」
砦の門に対し斜めに斬り下ろす。
アドリアナの物理的な防御無効効果で、閂ごと紙のように引き裂いていく。
地面に剣がつく直前、今度は斬り上げた。
ティーセはそのまま門の上に立ち、足に力を込めると斬り裂いた箇所が内側に向かって倒れていく。
門には大きなV字型の入り口が出来ていた。
「何ということを」
壮年の男が呆れたように言った。
「これで伯爵の命令を破ったことにはならないわ。まさか、たまたま開いた穴に獣人たちが避難するのを妨害しないわよね。そんなことしたら、今度は砦の壁に穴が開くわよ」
壮年の男は肩をすくめた。
「そこまでの命令は受けていません。わかりました。獣人たちを受け入れましょう。ですが、こんな状態で蟻どもを防ぎきれるかどうか」
「それは私が何とかするわ。言ったでしょう。蟻どもを皆殺しにするって」
ティーセは妖精剣を掲げた。魔物退治を始めた頃からの相棒だ。ティーセはこの剣に全幅の信頼を置いていた。
「獣人たちが全員、砦に入ったら合図を送りなさい」
そう言うとティーセは獣人たちの撤退を援護すべく、再びディーグアントの前に立ち塞がるのだった。