35 リトルボーイ
引き続き、グレアムは執務室で薬裡衆にして情報部所属のシャル・ダルス少尉から報告を受け取っていた。
「――では、その件については再調査を。問題なければレポートをあげてクローズするように」
「はい。今日の報告は以上となります」
「……そうか」
グレアムは軽い失望を覚えた。最大の懸念事項に関しての報告が今日もなかったからだ。その進捗状況について問い質そうとすると――
「失礼、お屋形様」
シャルの父にして薬裡衆の頭領――ノンド・ダルス大佐が音も立てずに現れた。
ノンドはシャルに目配せで退室を促す。シャルが一礼して執務室から去った後、ノンドは机の上に手の平に収まるほどの小箱を置いた。
「ご所望の品です」
「……」
以前、グレアムはノンドに鉛の容器で管理し、ある特定の症状を人体に引き起こす毒物について質問し、可能なら手に入れるように命令していた。
ノンドがその毒物について問われた時、表面にはおくびにも出さなかったが、内心ではひどく驚いていた。
"毒無効"どころか"毒感知"の魔術にも対応しておらず、用いれば確実な死をもたらすその毒物の存在はノンド一族秘中の秘で、その存在を知っているのは自分と亡き曾祖父を除けば一人しかいない。
グレアムがなぜその毒物の存在を知っているのか。疑問は尽きなかったがノンドは正直にその存在を明かし、少し時間はかかるが手に入れることは可能だと伝えていた。
その際にグレアムはある要求をした。それがこの鉛の小箱だった。毒を小箱に入れた後、溶接して密閉するようにと。それでは使えないと忠告するノンドにグレアムは『毒として使う気はないんだ』と訳の分からないことを語っていた。
"原子爆弾"の製造――それがグレアムの意図である。対聖国用に魔術を使わない攻撃手段として原子爆弾を作れないかと考えていた。海水から天然ウランは抽出できる。フォレストスライムの力でそれを高濃縮ウランにもできるだろう。核分裂反応を引き起こすためのイニシェーターとなる放射性物質も手に入った。だが――
(作れないだろうな)
原子爆弾は高度な科学技術の結晶だ。素材が手に入ったからといっておいそれと作れるものではない。原子爆弾の構造を思い出すたびに、グレアムはそれを痛感していた。
ウルリーカやメイシャ、キュカのような上位魔術師、そして錬金術師達の力を借りればあるいは実現できるかもしれない。だが、グレアムは原子爆弾の製造方法をこの世界に広める気はなかった。
(まあいい。いずれにしろ聖国戦には間に合わないだろうし)
グレアムは小箱を手に取ると、注文通りに密閉処理されていることを確認する。そして、亜空間に入れようとしてタウンスライムのムサシがいないことに気づく。
ムサシだけではなく、リーダースライム達すべてがいない。グレアムの思念波にも応答はなく、スライムネットワークシステムからも切り離されている。
(いや、自ら切り離したのか?)
サブリーダースライムがいるのでシステム自体の運用に問題はない。だが、グレアムから離れた彼らの意図がわからず困惑する。
「それと、例の件についてご報告が」
だが、その困惑もノンドの言葉で吹き飛ぶ。その報告こそグレアムが待ち望んでいたものだったからだ。
「……聞こう」
「実際に見ていただいたほうが早いかと」
そうしてノンドはアルビニオンの地下へとグレアムを誘う。
グレアムはひどく悪い予感がした。