33 オードレリルⅡ
グレアムは魔道具保管庫をウルリーカと共に進む。その通路の左右には大小様々な魔道具が安置されていた。多くは見覚えのあるものだが、稀に見たことのないものがある。
そういう場合、グレアムは立ち止まってウルリーカに説明を求めた。ウルリーカも嬉しそうに得意げに説明してくれる。
「これは?」
透明な粘液の中に爪サイズの薄く透けたプレートが二枚、浸かっている。
「クリアスカイフィッシュの鱗を加工したものですわ。眼球に直接装着して使用しますの」
「コンタクトレンズか!?」
「接触眼鏡? ……いい名前ですわね」
「すごいな! 自分で考えたのか!」
グレアムは素直に賞賛した。前世ではコンタクトレンズの始まりは十九世紀。実用化は二十世紀に入ってから。コンタクトレンズは比較的新しい技術だ。コンタクトレンズのアイデアを思いつき実用化までしたウルリーカの天才性を改めて実感する。グレアムに褒められたウルリーカも満更ではなさそうだ。
「動力の魔石と実際の効果を持つ魔道具はこちらのケースのほうになりますの。クリアスカイフィッシュの鱗に一時的にその効果を付与するのですわ。ケースに一定時間コンタクトレンズを収めておけば二時間効果を発揮します」
「充電――いや、充魔式か。よく考えてる。効果は? <視力増加>か?」
「"透視"ですわ」
ウルリーカの答えを聞いて、グレアムは自分の目に装着しようとしていた手を止めた。
危険なものではないが、今、装着すると問題がある。
「……なぜ、その効果を」
「白状しますとコンタクトレンズを発明したのは偶然でしたの。クリアスカイフィッシュの鱗をゴーグルとして活用できないかと試行錯誤しているうちに、鱗に魔道具の効果を付与できることがわかって」
そのゴーグルというのがグレアムもムルマンスクで使用した透過ゴーグルだった。クリアスカイフィッシュの鱗をゴーグルにする試み自体失敗したものの、透視の効果が鱗に残ったままであった。この鱗をどうにか活用できないかと試行錯誤してできたものがコンタクトレンズだったという。
「それはそれで、すごい才能だぞ」
探しているものとは別の価値あるものを見つける能力や才能を"セレンディピティ"という。その有名な例が"ポスト・イット"だ。とある会社の研究員が強力な接着剤を開発中、偶然、非常に弱い接着剤を作り出してしまい、それを別の研究員が本の栞に応用することを思いついたという。
やはりウルリーカは天才だと改めて実感する。
「とはいえ、とりあえずこれは封印だな」
「ええ。世に出すと色々問題になりそうな魔道具だと自覚していますわ」
クリアスカイフィッシュの鱗を元の位置に戻して再び歩き出した。
研究用に大金を出して購入した古代魔国製のマジックバッグや姿隠しの魔道具、<魔矢>を放つ魔道具などのウルリーカの魔道具談義を聞きながら進むと、後ろからジェニファーが追い付いてきた。
シュークリームとティーセットが乗った台車とともに、ウルリーカのラボの扉をくぐる。すると――
「くか~、くか~」
大きなイビキが聞こえてきた。
「……」
アダマンタイト鍛冶師のドワーフ少女メイシャが仮眠用ベッドで腹を出して眠っていた。
(そういえば、こいつも天才なんだよな)
なぜか前世から才能ある女性と縁があることに不思議に思うグレアムだった。
「メイシャ、起きてくださいまし。グレアム様が来ましたよ」
「ん?」
目を擦りながら起き上がるメイシャ。ジェニファーが口周りの涎を拭いてあげていると、
「ママ」
「……」
思わず顔を見合わせるグレアムとウルリーカ。普段のドワーフ訛りとは異なる可愛らしい声がメイシャの口から飛び出したからだ。
「ふわぁ。ん? 旦那、きとったさかいすね」
「あ、ああ」
「? どないしたさかい?」
「いや。……例のものは?」
「バッチリやねん」
メイシャは部屋の隅に向けて親指を指した。
そこにはグレアムの背丈ほどの何かが白布を被せて配置されている。グレアムは自らの手で白布を取り除くと――
「……」
そこには全身甲冑を彷彿とさせるスーツがマネキン人形に着せられ白銀色に輝いていた。
魔導兵装オードレリル
スライムネットワークによる大規模魔術攻撃を可能とし、上級竜のブレスと乱撃に耐える防御力を併せ持つハイブリッド魔道具だ。
ただし、従来のものよりも鋭角さを増したこの"オードレリルⅡ"にはエスケープスライムの皮を使用していない。大規模魔術はエスケープスライムの転移機能を応用してスライムネットワークから外界に出力する。そのため、このオードレリルⅡでは大規模魔術攻撃はできない。
「ほんまによかったん? 大規模魔術攻撃の機能をオミットして」
「かまわない。こいつは対聖国を想定している。聖国との戦いでスライムの力は使えないし使うつもりもない」
聖国の誇る聖結界魔術は結界外であれば魔物を退け、結界内であれば魔物を弱体化させる。弱いスライムでは長時間結界内にいるだけで死んでしまう。タウンスライムの死骸が大量に発見されていることから、どうやら亜空間内部にまでその効果が発揮されるようだった。
であれば、スライムネットワークは使えない。
「聖国との戦いにスライムを連れて行かないおつもりですか?」
「ああ」
そう返事をした途端、大量の思念波が激しく飛び交った。グレアムの意志を感じ取ったスライム達が戸惑いと悲しみを乗せた思念波を無秩序に発した。
(……静まれ。あとで話し合おう)
目頭を押さえて頭痛に耐える。
「グレアム様?」
「旦那?」
「グレアム兄ちゃん?」
「……問題ない。それで例の機能は?」
「いったやろ。バッチリやって。ほんまに苦労してん。アダマンタイトと"ロードビルダー"の相性がほんまに最悪でな」
クサモで<偽装隕石召喚>の直撃を受けた"ロードビルダー"はその体のほとんどを消失していたが、ごく一部だけ残った。その"ロードビルダー"の素材はある機能を持つことがわかり、オードレリルⅡの主機能として実装することにした。
「最終的にミスリルを媒介することでなんとか実現できましたわ」
「白銀色なのはそれが理由か?」
"ロードビルダー"もミスリルも白銀色だ。オードレリルⅡの外観まで二人に指定しなかったが、黒色のオードレリルⅠとは何もかもが真逆になってしまった。なぜなら、オードレリルⅡは基本的に防御に特化した仕様だからだ。"ロードビルダー"由来の機能によってオードレリルⅠの防御性能とは倍の差がある。
「そういえばオードレリルⅠは?」
こちらは改修を依頼している。とはいっても、エスケープスライムの皮の定期的な張替えを改善してほしいという内容だ。現在は、使用していなくても月に一度は張替えが必要になる。この期間をもっと伸ばせないかと相談していた。
「年に一度の張替えで済むようにしましたわ。ただ、皮の耐久性を上げるように加工したせいで、もともとない通気性が最悪になってますけど」
ある程度の通気性がないと皮膚から分泌される汗で蒸れ痒みが出る。そうなると不快感で長時間、身に着けられるものではない。だが、オードレリルⅠはⅡと違いスライムとの運用が前提だ。オードレリルⅠの内側にフォレストスライムとタウンスライムを忍ばせておけば通気性の問題は解決できるし、実際、そうしていた。
「あと、量産型のオードレリルⅢですが――」
オードレリルⅢは量産型として企画している。オードレリルⅠをデチューンして部隊単位で運用することを想定したものだが、こちらは難航してるという。極薄のアダマンタイトを作製できるのが現状、メイシャしかいないからだ。
「数揃えたければドワーフの集落に依頼するしかあらへん」
ジェニファーが運んできたシュークリームで口周りをクリームだらけにしてメイシャが言う。外交の話になってくるのでグレアムの領分になる。
「了解した。……ちなみにオードレリルⅡは予備を作製できるか?」
「もう一着分くらいなら。ですが、希少な"ロードビルダー"の素材を使い切ってしまいますわ」
「構わないから、それで頼む。ところで――」
グレアムは先ほどから気になっていたが、あえてスルーしていた問題について言及する。
「マネキンの顔を俺にする必要、あったのか?」
「……結構、需要がありますのよ」
"何に?"
答えが怖かったので、グレアムは訊かないことにした。