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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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29 大神殿の天使様

 グレアムの居城であるアルビニオンは第七次まで建設計画があり、現在、第三次計画に基づき建築中である。アルビニオンの中心を離れればコンコンガンガンと喧騒があちらこちらから聞こえてくる。


 荘厳華美はグレアムの趣味ではない。それでも民衆に仕事を与えるという公共事業の役割を考えればこの膨大な予算をかけた建設計画も仕方がないとも思う。


 マジックバッグのレンタル事業と窒素肥料の販売、海水から塩と希少金属の抽出も続け、さらには魔物を使った公共交通機関にも取り組み、保険業と銀行業も計画している。その結果、グレアムのもとに過剰に富が集まっていた。


 税収も好調だった。通行税や関所税など商業の妨げになるような税は一律廃止させたが、その分、産業と商業が活発化して税収が増加している。ベテランの徴税官は農民が皆、素直に正直に税を払うことにひどく驚いていた。


『誤魔化しがバレて魔銃を取り上げられれば死活問題になりますから』とはホクホク顔の財務担当ペル=エーリンクの言だ。グレアムとしてはそんなことをする気はないが、前世でも税金は払い渋っても携帯代は払う人間は多いと聞く。利益を感じなければ払いたくないが便利なサービスを維持するためなら払うのが人間なのだろう。


 まあ、そんなわけで金があり余っている。富の集約と独占が問題になるほどに。だからといって、グレアムは放漫経営を許さず、会計と規律を厳格に守るスタイルを貫いている。


 そこで金を使うための方策の一つとして三次までしかなかった建設計画は七次まで拡張され、さらに第一次、二次で完成した建物の改修改造計画まで立ち上がった。


 その結果、大地母神に祈りを捧げるための神殿が、前世のノートルダム大聖堂やウェストミンスター寺院を彷彿とさせる建物になってしまった。


(ウルリーカの工房にはここをつっきったほうが速いんだよな)


 アルビニオンの西庭に聳え立つこの大神殿はまだ工事中だが内装はほぼ終わっている。グレアムは大神殿の扉の隙間に体を滑り込ませた。


 神殿の内部は天井が高く両側面の大きな窓から十分な光を取り込める作りになっている。そして、最奥には巨大な大地母神の像が配置されていた。その像の前に天使サウリュエルと彼女に跪く聖女マデリーネがいた。


 グレアムはおもむろに両手の親指と人差し指で四角い枠を作り二人をその中に収めてみた。名のある画家にこの場面の執筆を依頼すれば後世まで残る名画になりそうだ。


「天使様、人はなぜ人を支配しようするのでしょうか」


「それは難しい問題だね~。一般的には権力や利益の追求、自己保身、社会的な影響力の獲得のためなんて言われてる~」


 マデリーネが教えを乞い、サウリュエルがそれに答える。そんな姿が最近よく見られると報告を受けている。どうやら天使と聖女は同じ神聖なものに仕える立場から、師と弟子という関係に落ち着いたようだった。


「それに加えて、支配は時に恐怖や不確実性から生じることもある~。人々は不安を抱えた状況において、支配的な存在に従うことで安心感を得ようとすることもあるんだ~」


「支配者と被支配者の関係は決して一方的なものではないと」


「そうだよ~。逆に被支配者が支配者をコントロールする例もある~」


「それが"ドS受け"ということですね!」


(ん?)


「強気受け、大人受け、小悪魔受け、襲い受け、誘い受け、クール受け、健気受け、女王様受け、姫受け、ツンデレ受け、純情受け、筋肉受け、ベッドジプシー。"受け"と一口に言っても様々な種類がある~。もちろん"攻め"にもドM攻め、ショタ攻め、クール攻め、元気攻め、幼馴染攻め、俺様攻め、鬼畜攻め、尽くし攻め、年下攻め、ノンケ攻め、へたれ攻め、へっぽこ攻め、ベッドヤクザと千差万別~。さらにはオメガバースという男性でも妊娠するという設定が作品の自由度を高め"女攻め"という新たなジャンルも生みだしている~」


「………………深い」


(……なんだろう? 神聖な空気の中にほのかな腐臭が)


 穏やかな笑みを浮かべる女神像の顔も若干、引きつっているように見える。声をかけるのが躊躇われたが、母のアイーシャに無視するなと忠告されたばかりだ。今更、踵を返すのもどうかと思うのでそのままグレアムは声をかけた。


「やあ」


「!?」


 マデリーネの肩がビクリと震え驚いたように振り返る。マデリーネはグレアムの顔を数秒見つめ――


「ご」


「ご?」


「ごきげんよう!」


 顔を赤くして逃げるように立ち去ってしまった。


「……」


 贈った髪飾りをつけてくれているので、少なくとも嫌われているわけではなさそうである。


「君もタイミングが悪いね~」


 サウリュエルはグレアムの接近に気づいていたようで驚きを見せなかった。


「何してたんだ?」


「ちょっとネタだしの手伝いをね~」


「ネタ?」


「まあ、どうでもいいじゃないか~」


 確かに個人の趣味についてとやかく言う気はない。だが――


「さっきのナントカ受けとか攻めとか、あれも俺の記憶から?」


 サウリュエルは【追憶】の権能を持つ。その力でグレアムの記憶をよく覗いているようだった。しかし、異世界転移部の活動で色々なジャンルの本を乱読した記憶はあるが、BL関係までカバーした覚えはない。単に忘れているだけかもしれないが。


「ん~。どうだったかな~」


 グレアムは肩をすくめた。サウリュエルが答える気がないとわかったからだ。この天使様は色々禁則事項を抱えているようで、グレアムの質問にまともに答えてくれるほうが珍しい。


「まあ、ほどほどにな」


「……」


 グレアムはすれ違いざまサウリュエルの肩をポンと叩いた。そのままウルリーカの工房へ向かう。するとサウリュエルがグレアムの服のすそを掴んだ。


「? どうした?」


「いや~、いつも記憶を覗かれて嫌じゃないのかなぁ~って」


「何をいまさら」


 確かに思い出したくもない恥ずかしい記憶もあるが……


「精神的露出狂~?」


「その羽、全部引っこ抜くぞ」


「うそうそ~」


 翼がニワトリの手羽先みたいな姿になったグレアムの想像を読み取ったのかサウリュエルが思いの外、慌てる。


「ただ~、君の()()()()()()というやつを尊重したほうがいいのかなぁ~と」


「ほんとにいまさらだな」


 グレアムは苦笑いを浮かべる。


「別にいいさ。死んだら色々、覗かれるそうじゃないか」


 地獄には浄玻璃鏡という亡者の生前の行いを映し出す鏡があるという。


「それが少し早まっただけともいえる。それにあちこちになんでも吹聴するわけじゃないだろ」


「まあね~。君の過去や科学知識のようなものは~禁じられてる~。さっきのようなあまり実害のないものなら問題ないけど~」


(……実害、ないか?)


 目の前の女神は夫婦和合と出産も司っている。


(……)


 面倒な議論になりそうなので深く追求することはやめておく。


 すると、サウリュエルは何が嬉しいのかニパッと笑顔を向けるとトテトテと歩き出した。そして、ベンチに座ると自分の太ももをポンポンと叩く。


「?」


 その動作の意味がわからず困惑する。


「隣に座って~」


「……あまり暇じゃないんだが」


「すぐにすむよ~」


 グレアムは言われた通りサウリュエルの隣に腰を下ろした。すると、サウリュエルは再度、自分の太ももを叩く。それでサウリュエルの意図がわかった。膝枕だ。


「何のつもりだ?」


「まあ、いいからいいから~」


「……」


 グレアムは気まぐれでサウリュエルの太ももに頭を預けた。


 サウリュエルの細い足は枕として心地よいものではなかったが、なぜか心が安らいだ。


「……天使の権能か?」


「君が自分で自覚するよりずっと疲れて落ち込んでいるからだよ~」


「……そうか」


 グレアムの亜麻色の髪をサウリュエルがサワサワと撫でる。それが思いの外、気持ちよかった。このまま目をつぶってしまうと眠りに落ちてしまいそうだ。


「行くんだね~」


 どこに、とは訊かない。グレアムは否定も肯定もしなかった。ただ、何も考えずこの心地よいまどろみに浸っていたかった。


「……サウリュエルは~、ついていけない~」


「そうか」


 グレアムは何気なくそう答えたが、実はサウリュエルがかなり際どいルール違反を犯していたことを知ったのはずっと後のことである。


 この時のグレアムはまだ聖国との戦争回避の可能性を模索していた。サウリュエルの言葉の意味に気づければ、それが不可能であることがわかったはずである。

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