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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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28 彼岸花と"トロイの木馬"

 キュカの研究室を辞したグレアムとクレア。


 次の目的地である魔道具師ウルリーカの工房に向けて歩き出す。


 その道すがらグレアムは何気なくぼやいた。


「ヘリオトロープもキュカも、なぜ俺が聖国に行くと思ってるんだ?」


「行かないのか?」


 意外そうにクレアが返す。


 彼女達にそう思わせる()()が多すぎる自覚はあった。サンドリア王宮にマヌ高原、最近ではムルマンスクだ。だが、今回の聖国は事情が違う。


 "レナ・ハワードは預かった。

 取り返したければオルトメイアに来い"


 そうクレアに伝言したケルスティンの意図――もし、それが"罠"だとしたら敵が待ち構えている中に飛び込んでいくことになる。そこから生還できると思えるほど、グレアムは自惚れていない。


(スライムを殺すようになった聖結界。レナさんの誘拐と何か関わりがあるのか?)


 そう自問すれど答えは出ない。情報が少なすぎる。


「薬裡衆の中でも凄腕をオルトメイアに派遣している。うまくいけば近日中に朗報がもたらされるはずだ」


 タイッサにレナを助けると誓ったが、それは自分でなくてもよい。


「うまくいかなければ?」


「……」


 その時はどうするか……。答えは出ていない。


「虎穴に入らずんば虎子は得られずと言うぞ」


 その場に立ち止まり思考するグレアムに横から声がかかった。


「師匠!?」


 ローブを頭まで被り、両手で杖をついた痩せた老人――ヒューストームだった。


「お加減は大丈夫なのですか?」


「うむ。今日は調子がよい」


 ヒューストームは視線で中庭に誘った。


 冬の日にも関わらず暖かい日差しが降り注ぐベンチに師弟が揃って腰を下ろす。


「?」


 クレアが険しい顔でヒューストームを見ていた。


「どうした、座らないのか?」


 グレアムに促されクレアはグレアムの左隣に座る。右のヒューストームとでグレアムは挟まれる形になった。


 "キャハハハ"


 子供達の甲高い笑い声が聞こえてくる。


 離れたところで複数の保育士に見守られながら子供達が思い思いの遊びに興じていた。


「まずは礼を言おう。よくぞ皆をこの地まで導いてくれた」


「いえ……」


「マイレンとナッシュ、アントンとミリーの件は残念であったがおまえのせいではない」


「……」


「むしろワシのほうこそ詫びねばならぬ。肝心な時に寝ておったのだからな」


「いえ、師匠は皆を助けるために命を削られたのです。師匠を責める者はいませんし、いたら許しません」


 ヒューストームはブロランカ島脱出時、<白>の炎から仲間達を守るため、<魔力変換マジックコンバージョン>で自分の生命力を魔力に変えて<魔術消去(マジックイレイサー)>を使用した。その代償として長期間、意識不明となっていた。


「ふむ。子供の成長は早いものだな。いや、おまえが転生者だと知っているが以前よりも一回り成長したように見える」


「え?」


「うん、どうした?」


 グレアムは自分が転生者で、この世界とは別の世界の知識を持っていることをヒューストームにだけ打ち明けている。


「……いえ」


「聖国の件は聞いた。どうやらやっかいなことになっているようだな」


「はい」


「うむ。オルトメイアに訪れたこともずいぶんと昔のように思える」


 オーソンとヒューストームは諸国行脚の旅で聖国にも訪れていた。


「……では聖結界魔術について知見が?」


「さすがに魔術式(コード)までは見ておらんがな。なかなか優れた魔術であったと覚えているよ。あれを王国に齎すことができれば、民の助けとなろうとな」


 ヒューストームは聖結界魔術の提供を受けるために、聖国の招聘を受けようとした過去がある。ジョセフに陥れられ流罪にされたことで頓挫したが。


「……聖結界魔術に欠陥があり、その究明のために師匠を必要としたと聞きました」


「うむ。稀に破られるはずのない結界が破られ魔物が侵入する事件が起きていたそうな」


「原因に心当たりは?」


「すまぬが、先ほども言ったように魔術式を見ておらんのだ。原因まではわからんよ」


「そうですか……」


「幼馴染がケルスティンにかどわかされたそうだな。オルトメイアに来いと」


「はい」


「昔からよくわからんヤツではあったが、まさか魔女であったとはな。ふむ。突然とも思える聖国の敵意。何か関わりがあるのやもしれぬ」


「……」


「であれば、あまりのんびりとしておれんかもしれんぞ。幼馴染の身がいつまでも無事と思わんことだ」


「……」


「思いきって敵中に飛び込んでみるのもよいかもしれん。サンドリア王宮の時のようにな」


 ヒューストームの助言にも一理あると思った。結局、わからないことが多すぎる。いまさら惜しむ命ではないが、いつの間にか背負いこんだ責任が大きくなりすぎていた。帰還の見込みもなくオルトメイアに行くことは無責任ではないか。その思いがグレアムの腰を重くしていた。


「少し、考えてみます」


 結局、グレアムは曖昧に返事だけして、逃げるようにその場を辞した。


 ◇


 ヒューストームを部屋まで送る。そう言ってクレアはその場に残った。


 グレアムは何か考えごとをしているのか、クレアに軽く頷いて立ち去った。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……くく。どうだ? なかなか様になっていただろう?」


「……なんのつもりだ? なぜ、おまえがここにいる? "彼岸花"」


「お前と一緒だよ、"暁"。地獄から逃げ出した亡者を追ってきた」


 "彼岸花"――クレアがそう呼んだ()()は地獄の獄卒の一人。ヒューストームの体に憑りついた牛頭鬼だった。


「!?」


「ああ、安心しろ。"田中ジロウ"に手を出すつもりはない。人の恋路を邪魔して(おまえ)に蹴られたくないからな。むしろ応援してやろうと思ってな」


「なに?」


「おまえとて気づいておろう。今の"田中ジロウ"を殺しても、罪業よりも功績のほうが大きく地獄に落とせん」


「……」


「"田中ジロウ"を地獄に導くには、より大きな罪が必要なのだよ」


「……やたら聖国行きを勧めたのはそれが理由か?」


 クレアもこの世界で世話になったレナ・ハワードのことを心配していないわけではない。助けられるものなら助けたい。


 だが、魔物に敵わず、ケルスティン=アッテルベリとグスタブ=ソーントーンとの戦いでも一敗地に塗れ、自分の今の体は子供でしかないことを痛感した。レナの救助にはジロウを頼るしかないが、だからといって無謀な突撃をさせるつもりもなかった。


「ジロウの力は聖国では封じられる」


 グレアムの力はほぼスライムに依存している。そのスライムが聖結界によって死滅させられれば、グレアムは無力だ。そんな彼が聖国でどんな大きな罪を犯せるというのか。


「それはワシもわからん」


「おい」


「だが、面白いことになると確信している」


「……」


 クレアは不審げに"彼岸花"を見やった。


「【人類断罪】。この世界に来る時にもらったスキルという力。おまえも持っておろう?」


「ああ。だがそれが何だというのだ?」


「知っとるか? スキルを使うには"代償"が必要らしい」


「代償?」


「多くは何らかの欲求が湧き出るらしい。この肉体の元の持ち主は【大魔導】というスキルを持っているが、その代償は飲酒だ。で、一つ訊くが、おまえさんはスキルを使って代償を求められたことは?」


「……」


 クレアは思い出そうとした。何度か【人類断罪】を使ったが、その最中や後に、何かをしたいと思ったことはあるかと。


「ない、と思う」


「であろう。一般的に強力なスキルほど大きな代償を求められると言われておるが、代償の内容はまちまちだ。なんならワシらのように代償を必要としない場合もある。そもそも一体、誰に対しての()()()()なのだ?」


「……この世界の人間たちが考えている"代償"とは、そもそも"代償"ではないということか。では何だというのだ?」


「それについて、この肉体の持ち主は面白い考察をしておった」


 ヒューストームは自分の頭をトントンと指で叩いた。


「"呪い"――"田中ジロウ"の世界の言葉を借りるなら"ウィルス"、それも"トロイの木馬"と呼ばれる類のものではないか、とな」


「"トロイの木馬"?」


「無害で便利なように装って、実は悪意あるプログラムが仕込まれたソフトウェアのことだ」


「スキルがその便利なソフトウェアで、代償が悪意あるプログラムだと?」


「しかり」


「誰が? 何のためそんなことをする?」


「決まってる。この世界の神だ」


「だが、彼女は――」


「この世界でも神は一柱ではない」


「……」


「"田中ジロウ"がこの世界に来たのは神の干渉があったのは明白。そしてワシが追ってきた亡者は聖国にいる。偶然ではなかろう」


「……」


「"田中ジロウ"を聖国に投じれば、きっと何かが起きる。その小さな波紋は、もしかすると大きな津波となって、この世界を飲み込むやもしれん」

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