27 魔術スキルと魔術"系"スキル
「こんなところで油売ってていいの、王様?」
グレアムがクレアを伴って訪れたのはキュカの研究室だった。
キュカ・ハルフレル――魔術系スキル【ドレイン】を持つヘイデンスタムの上位魔術師である。
「みんな忙しそうだけど」
俄かに起きた聖国との戦争の可能性――その準備のため軍務はオーソン、政務はアリオンを中心にアルビニオンは騒がしくなっていた。
「多少は俺がいなくてもまわるように整えてある。問題ない」
「ま、それならいいんだけどね。楽をさせてもらってる私が言えた義理じゃないし」
キュカは四人の子供の母親でもある。グレアムがアルビニオンに作った託児所のおかげでキュカは仕事に専念できていた。
「で、何のご用?」
「聖国に留学していたと聞いた」
キュカは露骨に不機嫌そうな顔をした。
「……何が訊きたいの?」
「オルトメイア魔導学院。知っていることは何でも」
グレアムの言葉にクレアが反応する。
"レナ・ハワードは預かった。
取り返したければオルトメイアに来い"
レナを誘拐し、クレアに託したケルスティン=アッテルベリの言伝だった。
オルトメイア魔導学院――それは魔術師の育成と魔術の開発、そして魔法の研究を行う聖国最高峰の高等教育機関である。
「……留学時代はあまりいい思い出がないのよね」
「無理強いする気はないが、できる限り話してほしい。ここで話したことは秘密にするし、人払いが必要なら――」
「そこまでしなくてもいいわ。別に私が何かされたというわけじゃないし。直接的にはね」
「というと?」
「……私のような平民で魔術"系"スキル持ちは学院ヒエラルキーの最下層よ。王国からの留学生という肩書がなければ、無事に帰国できたかは怪しいわね」
「……魔術"系"スキル?」
「私の【ドレイン】や元宮廷魔術師ヨハンの【魔力感知】が魔術"系"スキルになるわね。その上に格付けられている魔術スキルというのがあるの」
グレアムは"またか"と思った。魔道具にも魔物で作る魔道具と魔術で作る魔道具で格付けがある。グレアムはここ数日、ウルリーカにマテリアルギアについて学び、それらの格付けなどまったく意味がないと再確認したところだった。
「つくづく人間というのは格付けが好きなんだな」
「いっとくけど、そんなカビの生えた概念を持ち続けているのは聖国だけよ」
そうでなければヨハン=シャーダルクが王国の首席宮廷魔術師にはなれないだろう。
「一応、後学のために教えてほしい。その魔術スキルと魔術"系"スキルはどう違うんだ?」
「う~ん、そうね。頭の中で魔術式を作成できるかどうかかしらね。<魔道具作成>っていう魔術があるわよね。あれの魔術式版が魔術スキル持ちの頭の中にはあるの」
「いわば<魔術式作成>かあらかじめプリインストールされている感じか」
「ええ、そこで作られた魔術式を使って魔術を使うの。つまり魔術は【火炎魔術】や【治癒魔術】のような魔術スキル持ちしか使えなかったわけ」
「ん? じゃあ、どうして魔術"系"スキル持ちが魔術を使えるようになったんだ? というか、なぜ魔術も使えないのに"魔術"系スキルなんて言われているんだ?」
「逆よ。魔術も使えるようになったから"魔術"系スキルって言われるようになったの。それまで【ドレイン】も【魔力感知】もただのスキルでしかなかったわ。魔術系スキル持ちが魔術を使えるようになったのは、魔術が発展したからともいえるわね」
魔術スキル持ちは頭の中で様々な魔術を作れるが、より強力な魔術を求められるようになると一個人の能力だけでは補えなくなる。強い魔術はそれに比例して魔術式も膨大なものになるからだ。
「まあ、王様のお師匠様みたいな例外もいるけど」
ヒューストームの【大魔導】は魔術スキルだ。かつてキュカはヒューストームが<魔術消去>を一人で作り上げたことを知って顔を引きつらせていた。
「<大爆発>や<氷柱>クラスになると到底、一人では作れない。そこで複数の魔術師が共同で一つの魔術式を書き上げるようになったの」
前世ではシステムエンジニアをやっていたグレアムにとって、それは納得できる流れだった。前世でも天才といえるスーパーハッカーが単独で著名なプログラムを開発した例はあるが、多くは複数の開発者やコミュニティの協力が必要になる。
魔術スキル持ちだからといって天才とは限らない。むしろ凡人が魔術スキルを持った例のほうが多いのではないか。
「他の魔術師のレビューを受けたり、一緒に作成するために魔術式が羊皮紙に書き込まれていったわ。そうした羊皮紙が山のように積み上がっていって、魔術スキル持ち以外も魔術式を目にする機会が増えていった」
そうして、とあるスキル持ちが魔術式の書き込まれた羊皮紙を偶然、手に入れた。そのスキル持ちは魔術式の内容を理解し、あまつさえ使って見せたという。
「それが魔術"系"スキルの誕生秘話――っていうほど秘話でもないけどね。さっきも言ったけど魔術スキルも魔術"系"スキルも区別されずに魔術師として魔術式を作り上げ魔術を行使するのがスタンダードよ。聖国がおかしいのよ」
キュカはよほど嫌な思いをしたのか、聖国への嫌悪感を隠そうともしなかった。
「今、思えば色々、おかしな国だったわ。"奴隷"をやたら忌避したり、そのわりには"奉仕人"という名前で奴隷制度を残したり。魔導技術は確かに高かったけど……」
「……"聖結界"の魔術式も、どこかにアウトプットされている可能性がある?」
「まあ、あれだけ大きな魔術、一人で作り上げるのは無理でしょうしね」
「保管場所に心当たりはあるか?」
「……空天聖域かしらね。でも、正直、お勧めしないわよ。あそこに比べたらサンドリア王宮の"無限回廊"なんて子供騙しもいいところなんだから」
空天聖域――"無限回廊"と同じ古代魔国の遺物で<重量減>、<地盤固定>や<破壊不可>のような土木建築魔術を駆使して建築された全高1000メイルの巨大建造物だ。
「心に留めておく。それよりもう一つ訊きたいことがある」
「何かしら?」
「【スライム使役】が魔術"系"スキルの可能性はあるか?」
「あなたのお師匠様が作った魔術陣、それを見て魔術を使えなかったら諦めたほうがいいわね」
魔術陣は魔術式を図形化したものだ。いくつもの図形を組み合わせたそれには膨大な情報が含まれている。魔術スキル持ちと魔術系スキル持ちはそれを見ただけで魔術を覚えられる。
「そうか」
グレアムは少し残念に思った。スライム無しで魔術を発動できる可能性は潰えた。
「……王様。オルトメイアに忍び込むつもりなら一つだけ忠告しておくわ」
「……」
「絶対に平民の身分で行っちゃダメ。命の保障はできないわよ」