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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
322/443

24 ザ・チート2

 話はムルマンスク事変当日まで遡る。


(……様子をみといて正解だったな)


 顔に大きな傷を持つ男が小窓から空を見上げていた。


 男の名はナッシュ。元は蟻喰いの戦団の最古参メンバーで、ベイセル=アクセルソンによるクサモ攻防戦の折にグレアムを裏切った経歴を持つ。


 ムルマンスクの寂れた裏路地にあるこの隠れ家はナッシュがラビッィト家で下働きをしていた頃に作っておいたセーフハウスだ。ウルリーカから盗んだ研究資料などの一時保管庫としても使用していた。


 小窓から離れたナッシュは荒々しく椅子に座るとビンから酒をあおった。


 空はジャイアント・ドラゴンフライが飛び交っている。ムルマンスクを離れる選択をして呑気に街道を進んでいたら、たちまち捕捉されていただろう。


 ナッシュがそうしなかったのは()()を感じたからだ。ほんの一瞬、自分を見る誰かの視線を。


 気のせいではない。ナッシュは【視線感知】スキルを持つ。彼は自分のスキルに絶対の自信を持っていた。間違いなく誰かがナッシュを見ていたのだ。


 だが、グレアムの<パラライズ・クラウド>で誰もが動けない中、果たして誰がナッシュを見るというのか。見たとしても、偶然、視界に入っただけではないか。そう考えはすれど嫌な予感は拭えない。念のため、夜まで隠れることにした。すると、たちまちジャイアント・ドラゴンフライの大群がムルマンスクの上空を覆い始めた。


(ちっ。あんなもんまで使役してんのかよ)


 ヤケクソ気味に再び酒をあおる。王国にグレアムの敵はもはやいないだろう。だが聖国なら?


(あんな強大な力を持つ勢力がすぐ隣にできたんだ。危機感を感じているはずだ。であれば、俺の価値はまだ……)


 自身の栄達を信じるナッシュは、聖国で自分が出世する算段を立て始めた。


 ◇


 深夜、誰もが寝静まった頃、ナッシュは動いた。


 空を見上げれば、あれほど飛び交っていたジャイアント・ドラゴンフライは影もなく、代わりに三日月が出ていた。


(あの夜もこんな月が出ていたな)


 それは王国逃避行の中で過ごした一晩のことであった。一の村の獣人達と合流し二の村の住人だけで過ごすことはなくなっていたが、あの夜はタイミングが会い二の村の全員が揃って食事をした。グレアムにオーソン、ヒューストームにミリー、ドッガー、ジャックス。生意気なヘンリクもいた。


(……ふん、感傷か? くだらん)


 柄にもないと思ったナッシュは、それを振り払うように東の外壁に急いだ。そこにはポントス=ヴェリンがムルマンスク攻略のために工作していた抜け穴がある。


(よし! 運はまだ俺にある!)


 既に発見されて塞がれている可能性はあったが、大きな木箱を横にずらせば、人一人がようやく通れる穴がまだ開いていた。


 ナッシュの【視線感知】にも隠れ家からここまで反応はない。このスキルは自分を見ている者がいるかどうか分かるだけではない。他者の視線の動きも感知できる。暗闇の中の一条の光線のように、他者の視線が今どこに向いているのかわかるのだ。


「――っ!?」


 ナッシュは人の気配を感じて振り返った。


(誰もいない?)


 そうだ。そのはずだ。誰かがいれば【視線感知】スキルでわかる。


 暑くもないのに流れ出た汗を拭う。


(ただの気のせいだ。昼間の件で気が立ってるんだ)


 そう自分に言い聞かせて外壁に穿たれた穴をくぐる。そして、一息に走り出した。


(今夜中に近くの村まで行き、そこで馬を手に入れる)


 全力疾走を続けること十分。ようやく身を隠せる林まで来た。そこで息を整える。


 革袋の水を飲もうとして――


 バシュ!


「ふぇ?」


 ジョボボボボ。


 革袋に開いた二つの穴から水がこぼれ出る。


「!?」


 狙撃されたのだと気づいて慌てて身を伏せる。


(は? 狙撃!? 嘘だろ! 俺を見てるやつなんかいやしなかった!)

 

 流れ弾か? 誰かがたまたま撃った<炎弾>が偶然、革袋を射抜いただけ――


 バシュ!


<炎弾>がナッシュの目の前の地面を抉る。


「!?」


 もう間違いない。誰かがナッシュを狙っている。ナッシュを()()に、ナッシュを狙い撃っている。


「うわぁああああ!」


 このわけのわからない事象に狂乱したナッシュは一目散に走り出した。森の中に逃げこんだのは本能的なものだったのかもしれない。そこならば遮蔽物が多くある。だが――


 バシュ!


「――がっ!」


 背後から飛んできた<炎弾>がナッシュの右耳を撃ち抜いた。


 激痛と恐怖で涙が零れ出る。


 耳を抑え必死に走るも今度は左肩を撃ち抜かれた。


「ああっ!」


 それでも走り続ける。ナッシュは射手の明確な殺意を感じ取っていた。足を止めれば確実に殺される。その恐怖がナッシュの足を動かした。


 バシュ! バシュ! バシュ!


 無慈悲に飛んでくる<炎弾>が今度は右腕を貫いた。二発目は外れ、三発目は木に遮られる。血を――色々な体液を体中から流しながらも走り続ける。それでも銃撃は止まない。そして、とうとう足を撃ち抜かれて、その場に転んだ。


「ぜえぜえ!」


 うまく呼吸ができない。まだ動く手足を使って木の根元に這い寄る。この瞬間にも後頭部を撃ち抜かれるのではないかと気が気ではなかった。


「はあはあ!」


 木に背中を預け振り返る。小さな人影がゆっくりと近づいてきていた。


 やがて、月明りに照らされ射手の正体が判明した。


「……ミリー」


「お久しぶりです。ナッシュさん」


 そう挨拶するミリーの顔に黒い手巾が巻かれていた。


「へへ、冗談だろ?」


 思わず笑ってしまう。【視線感知】スキルが働かないわけだ。信じられないことに、ミリーは目隠しをしたまま、森の中のナッシュを追い銃撃してきたのだ。


「昼間の視線はミリー、おまえのものか?」


「ええ。でもナッシュさん、私が見つけたことにすぐ気づきましたよね。あなたの死角だったのに」


「【視線感知】ってスキルを持っててな」


「ああ、やはり」


 目隠しを取ったミリーがゴミを見るような目でナッシュを見てくる。


「……教えてくれ。目隠ししたままで、どうやって俺を追えたんだ?」


「足音を聞いてきました」


「……は?」


「こう地面に耳をあてて、ナッシュさんの足音を聞き分けたんです」


「…………」


「"最適化"っていうそうです。自分を状況に合わせて最良な状態に変えることを。標的を狙えば視力が十倍に上がりますし、こうして目を塞げば聴覚と嗅覚が鋭敏になる。女性に特に顕著にあらわれる小人族の種族特性だそうで。子供の体で子供を産むために獲得した能力とか言われていますね」


 小人族の最適化能力。聞いたことがある。小人族は大抵の技能はすぐに身に着け、暑さや寒さ、暗所、高所にもすぐに順応してしまうと。


「…………ざけんな。ちょっと耳と鼻がよくなったからって目隠しして銃撃なんざ一朝一夕で、できるわけがねえ」


「オーソンさんの【気配感知】を潜り抜けた暗殺者は私が処理してきたんですよ。彼らのほとんどは暗闇を黒ずくめで来ますし、なんなら姿隠しの魔道具も持ってたりします。そんな彼らを始末するのに目は頼りになりません」


「……」


「まぁ、薬裡衆がきてからは私の出番はなくなりましたけどね」


「だとしても、腐るほどある音の中から俺の足音だけ聞き分ける芸当が――」


「できますよ。私、戦団メンバーの足音は全部覚えています。ナッシュさんは爪先から柔らかく足を置くので特にわかりやすいです。盗人だった頃の名残ですか?」


「……」


「ああ、もちろん鼻も使いましたよ。裏切者の饐えた臭いはとても分かりやすかったです」


「……くく。おまえに見つかった時点で終わりだったわけか」


「いいえ。それは違います」


 バシュ!


「っ!?」


<炎弾>が無傷の足を貫いた。


「グレアムを裏切った時点で、あなたは終わったんです」


「待っ――!」


 バシュ! バシュ! バシュ!


「――!」


 発射音のたびに<炎弾>がナッシュを貫いていく。気が狂いそうな痛みが着弾のたびにナッシュを襲い、気を失うこともできない。


 だが、体から大量に血が流れ、意識が朦朧としていくうちに、次第に痛みを感じなくなった。


 ただただ、寒い。


「くそったれ。地獄に落ちろ」 


「……」


 魔銃を撃ちながらミリーはゆっくり近づいてくる。


 そうして、銃口をナッシュのこめかみに突きつけた。


(どうしてこうなった? どうして俺は裏切っちまったんだ?)


 ナッシュは最後に自問して、目端に動くモノを見つけた。葉の影に隠れるようにいたそれは――


(……ああ、そうか。ぜんぶおまえらのせいか)


 ナッシュは最後に悟った。あるいは妄想だったのかもしれない。


(やはりお前らは"心無き神"のけんぞ――)


 バシュ!


 その銃声に反応して、木陰のスライムがブルリと震えた。

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