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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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21 聖国の使者

―― サンドリア王宮 ケネットの執務室 ――


「――というわけで、東の空が白み始める頃、公爵は一つの結論を出したのです」


 吹き出る汗を手巾で拭う男は先のドレステン公爵の会合に出席していた貴族の一人だった。


 会合の内容をつぶさに語る相手はケネット・ジルフ・オクタヴィオ――この国の現王である。


『架空の天使をもって王権を得ようというグレアムの試みは流石に無理があろう』


 然程、興味なさげに手元の書類に目を通していたケネットはそこで初めて反応を見せた。


「架空……」


「?」


「なんでもない。続けよ」


「はぁ」


『ならば我らはティーセ王妹殿下に担ぎあげ、陛下に禅譲を促す』


「……なるほどな。ドレステンは"オクタヴィオ"をティーセの嫁入り道具とする気か」


「はい。王権を新たに作るよりも既存の王権を引き継ぐほうがメリットが大きい。そして、公爵はその王権継承の立役者としてグレアム新政権の中枢に食い込むつもりのようです」


「……わかった。引き続き監視を頼む」


 公爵の会合内容をすべて語った男は退室を促されると、足早に出ていった。


 それを見届けたケネットは椅子に背を預け、深く息を吐いた。


「公爵を消しますか?」


 部屋の主以外、誰もいない執務室。影となっている一角から高く若い声。ケネットが目を向けると、カラス面をつけた小柄な黒装束が闇から溶け出るように現れた。


 "暗部"――王家の汚れ仕事を一手に引き受ける超技能者集団。彼女はケネットの身辺警護を行う暗部の一人だ。


「放っておけ」


「ですが」


「腐っても公爵だ。周囲を手練れで固めている。今のお前たちでは失敗する」


「……」


 暗部は先のジョセフ暗殺事件の折、グレアムとグスタブ=ソーントーンによって熟練者を多く失い、その後の"王都"薬裡衆との暗闘でさらにその数を減らしている。もはや暗殺部隊として実働できるほどの人員はいない。


「それに今更、ドレステン一人消したところでこの流れは止められまい」


「流れ?」


「王国崩壊」


 ケネットは自虐的に笑みを浮かべた。


「もっと早く、あのクソ親父を殺しておくべきだったな」


 増加する魔物被害の放置。それでいて広大な宮殿建設に資金を注ぎ、豪華な宴会や催し物を開催。領土から得られる税収は減り、贅沢な王政は莫大な支出を必要とした。


 心ある者はそうした状況に心を痛めジョセフに諫言するも、いずれも閑職に追いやられるか、最悪、無実の罪に問われた。


 財政難と人心の流離、そして人材の流出と喪失――ジョセフの長年の失政による悪影響は、もはやジルフ王朝を維持できないほどに及んでいた。家臣達は沈む船から逃げ出すネズミのようにそれを察知している。


「グレアムの魔銃はきっかけにすぎん。王家の権力と権威が万全であれば体制に揺るぎはなかった」


「……」


「俺があのクソ親父に王家の反抗勢力への"神輿"となるように命じられたのは以前、話しただろう」


「……」


【千金役者】


 演じた人物像を本物と他者に思わせるケネットのスキルである。ケネットはそのスキルで貴族達に容易に操れる"愚物"として振舞ってきた。


 それはジョセフの忠実な間諜になるためではない。


 ジョセフを殺すためだ。


 ケネットが流した偽情報に騙され、本当に反抗勢力に殺される。その時のジョセフの顔を日々、夢見てきた。それさえ叶えれば思い残すことはない。ケネットはアシュターに後を託す。


「アシュター兄貴のために死ぬのも悪くないと思っていた」


 だが、アシュターは王太子の地位を降ろされる。オーソン=ダグネルの婚約者であるアリダ・パースンを奪ったアシュターをジョセフは「流石は俺の子だ」と高く評価した。図らずも忌み嫌っていた父と同じ行為をしたことに気づいたアシュターは心を病んだ。


 その後、王太子を引き継いだテオドールにジョセフは苛烈な"教育"を施した。


「"教育"?」


「アシュター兄貴の所業がよほどお気に召したらしい。あのクソ親父、テオドール兄貴を自分そっくりにしようとしたんだ」


 ジョセフのスキル【絶頂に至る八芒星】は人のスキルをコピーする。それゆえだろうか。ジョセフは自分のコピーを作りたかったのかもしれない。それとも別の意図があったのか。


 どちらにしろ、ジョセフの目論見通り、あるいは目論見が外れてテオドールは壊れていった。そうしてあのケネットとクリストフを使った内乱騒ぎである。


「俺の知ってるテオドール兄貴はあんな馬鹿なことをする人間じゃなかったんだ」


「……先王陛下は自分の死を偽装してどうするつもりだったのでしょうか?」


「さあな。頃合いを見計らって、しれっと玉座に戻るつもりだったのか、それともこんな破綻寸前の国の玉座に未練はなかったのか」


 もはやジョセフとテオドールの心を知ることはできない。彼らは死んでしまった。ケネットに大いなる負債だけ残して。


 もはや王国の崩壊は確定事項だ。これを止める術はないように思える。だが――


 ケネットは引き出しから一通の書状を取り出し、中身を読み返す。


『敬愛なるケネット・ジルフ国王陛下へ


 私たちの国々は、多様な文化や価値観が共存する世界において、互いを尊重し、協力して共に繁栄していくことが重要だと信じております。このたび、貴国にこの手紙を送るにあたり、私たちはそうした理念に基づいて、親交と協力の意を示したいと考えております。


 私たちの二国は長年にわたって、友好的な関係を築いてきました。しかし、私たちが直面している問題は、それらの友好関係を危機にさらす可能性があります。


 しかし、私たちはこの問題を解決するための手段を持っています。その手段とは、二国間の協力と連携にあります。私たちは、この懸念事項を共同で解決することができると信じています。


 私たちの友好関係を維持し、発展させるために、私たちの二国間の協力を強化することを強く望みます。私たちはあなたと協力して、この問題を解決するための措置を講じることを楽しみにしています』


(……無機質な文章だ。送り主の顔が見えてこない)


 まるで定型文を切り貼りしたかのようなそれは聖国の女王――リュディヴィーヌ・デュカス・オクタヴィオからの親書だった。


 ケネットが彼女から親書を受け取ったのは初めてであるが、歴代の親書もすべてこんな感じだ。


(この世のものとは思えない美貌を持っているとのことだが、クソ親父はこんな文を送ってくる相手によくも求婚したものだな)


 血を分けた肉親に呆れ、遠い異国の女王に薄気味悪さを感じるケネット。だが、親書の内容は重要だ。具体的なことは何も書いていないが、親書にたびたび出てくる"問題"とはグレアム・バーミリンガーをおいて他にはあるまい。


 後日、聖国から訪れた使者はケネットにこう語った。


『あの()()への対応に迫られるケネット陛下を我が主は深く憂慮しております。ですが、ご安心ください。飛ぶ鳥を落とす勢いのあれも、すぐに高転びすることになるでしょう』

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