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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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17 レナ・ハワード誘拐事件2

「レナ。夕飯、…………強盗?」


「クレア!?」


 レナがクレアと呼んだ人物は二年ほど前、グレアムと入れ替わるように孤児院にやってきた十歳にも満たない少女だった。


 ムルマンスクから馬車で数日離れた場所にある辺鄙な村の()()()()。戦帰りの傭兵団に滅ぼされてしまった村の中で、一人佇んでいたクレアを行商のために訪れた商人が見つけて連れてきた。


「クレア! 人を蹴っちゃダメって言ったでしょ!」


 レナに叱られたクレアは"ビクリ"と肩を震わせる。


「……ごめん。でも手加減したから真っ二つになってない。レナの仕事場を血と臓物で汚さないように気をつかった」


 "えへん"と、どこか誇らしげだ。一方、レナは――


「そういう意味で言ったんじゃなくて」と呆れ気味だ。


 クレアは人間のあらゆる攻撃と()()を無効化する【人類断罪】というレアスキルを持つ。彼女の意志を載せた一挙手一投足は容易に必殺の一撃となりえる。


 この危険すぎるスキルは領主代理のフランセスと傭兵ギルド長のエルザに報告済みだ。様々な話し合いと検討の結果、そして多少の紆余曲折を経て、レナにクレアの教育が一任されることになった。


「でも、助けてくれてありがとう」


 日頃のクセでつい叱ってしまったがクレアがレナを助けようとしたことは事実だ。その点は素直に感謝する。


 クレアはレナの言葉に"うん"と頷きサムズアップ。クレアも最近はこうして心を開いてくれているよう感じる。多分、クレアを命がけで魔物から庇ったことが影響しているのだろう。人間には無敵の【人類断罪】スキルも魔物には効果がなかったのだ。


「クレア。あの二人を捕まえるの手伝って」


「承知」


 レナは魔杖を男女二人の襲撃者に向けた。


 その魔杖を向けられた男――グスタブ=ソーントーンはポーションを飲みながら考える。


 戦いの最中にポーションを口にするなど何年ぶりだろうかと。


 あの小さな少女の一蹴りでソーントーンの内臓は破損した。少女の言う通り彼女が手加減しなければソーントーンの体は上下は分かたれていたことだろう。


「やっかいなスキル持ちのようだな。ケルスティン、ここは一度、撤退を――」


「グスタブ君。少し時間を稼いでください」


 ケルスティン=アッテルベリはまとめていた銀色の髪を解き背中に垂らす。


「……」


「不覚です。穏便に済ますつもりでしたから準備してなかったんですよ」


「その準備の時間を稼げと? それであの少女がどうにかなると?」


「わかりませんが、試してみる価値はあるかと」


(……らしくない)


 ソーントーンが知るケルスティン=アッテルベリは一か八かのような戦法を試すような女ではない。普段の彼女なら一度撤退し作戦を練る。


 今のケルスティンは冷静ではない。頭に血が昇っている。そう感じた。そしてケルスティンがそうなる要因に一つだけ心当たりがあった。


「ミナ・バルシュトルミールとやらは……、()()()()()か?」


「それが()()()?」


 ケルスティンは虚無の瞳をソーントーンに向けた。


「……なるほどな。よかろう」


 空になったポーションの瓶を捨て、剣を抜く。


 そして、クレアという少女に一息に距離を詰めた。


 急所を狙った刺突。完全に殺すつもりの一撃。


 弓から放たれた矢のようなソーントーンの攻撃は、この場にいる誰にも目で追えていない。だが、それにも関わらず――


 キィン!


 ソーントーンの右手に痺れを残して失敗に終わった。


「!? <光撃(ライトシェル)>!」


 レナから放たれた複数の光の弾がソーントーンに肉薄する。それをピュアミスリルの剣で打ち払いながら、視界の片隅でクレアの小さな手が迫るのを捉えた。


 ゾッ!


 ソーントーンの体が総毛立つ。何ものも傷つけることができるとは思えない子供の拳。だが、ソーントーンには破城槌の一撃が迫ってくるように感じられた。


 その直感を信じ、無我夢中で【転移】する。


 ドギャ!


 転移先は施療院の板壁。目測を誤り破壊する。木板があと数ミリ厚ければ、壁ではなくソーントーンの体が破壊されていたことだろう。


(何だこれは!?)


 まるで剣を握ったばかりの新兵が、熟練の教官(マスター)にあしらわれるかのように翻弄される。


(無様だ!)


 剣先を地面に突き立て土を払いあげる。迫るクレアに目潰し。だが、まるで効果がない。クレアの周りに薄い膜のようなものが覆って剣も土塊も少女の体に届かない。


 "天敵"


 そんな言葉がソーントーンの脳裏に浮かんだ。


 人類では決して勝てない存在。


(ならば――)


「……"死を選定する戦乙女"」


 クレアから距離をとりつつ、精霊"ヴァルキューリ"を呼び出すための詠唱を開始する。剣士としての矜持は捨てる。今の自分に失敗は許されない。だが――


「<光撃(ライトシェル)>!」


「!」


 飛んできた光弾に対処したせいで詠唱を中断してしまう。ソーントーンが精霊魔術を学び始めてから、まだ日は浅い。剣を振るいながら呪文を口ずさめるほどには熟練していなかった。


 レナのほうをどうにかするにしても、彼女のすぐ側にクレアがいる。否、レナがそうなるように動いている。最凶の"盾"と"矛"を振りかざしながら魔術を使うようなもの。ソーントーンが知る限りでは世界最強の戦闘スタイルだ。


(……落ち着け。クレアは俺を捕まえようとしている。ならば対処は可能だ)


 クレアの手が再びソーントーンに伸びる。それをソーントーンは――


 ガッ!


 剣で払った。


(そうだ。"矛"ならば普通に払えばいいだけだ)


 ガッガッガッ、バシュ!


 何度も伸びるクレアの手を都度、打ち払い、時折、飛んでくる光撃も打ち払う。戦士としての技量ならばソーントーンは二人よりも遥か高みにいる。クレアをただの武器と考えればよいだけだ。

 

 そして、"盾"ならば"盾"で覆われていない箇所を狙う。隙を見てレナに剣を突き刺す。ただの牽制。当然、躱される。だが、レナがクレアから距離を取った。


(それでいい)


 ソーントーンはレナの側面に【転移】する。


 トン


 レナに当て身を喰らわせ昏倒させる。そして、すぐに【転移】する。怒り顔のクレアが迫っていた。


 ソーントーンに放たれた()()の一撃は空を切るだけに終わった。そのまま、クレアは気を失ったレナを抱えて、そこから動こうとしない。否、動けないのだ。


「何のスキルかは知らんが、人一人を抱えて動けるほど、力が強くなるわけではないようだな」


 類を見ない強力なスキルを前にして、少なからず動揺していたようだ。冷静に観察すれば攻略方法はあった。自分もまだまだ修行が足りない。


 とはいえ、向こうも動けなければこちらも動けない。レナを確保しようと近づけば、今度こそ殺すつもりの一撃がくる。先ほどのクレアとの攻防、ソーントーンを殺さないように手加減されていても、あと数合撃ち合えばピュアミスリルの剣は折れていた。本気のクレアの一撃は払うことも叶わないだろう。


 つまり、今の状況は膠着状態。だが、時間稼ぎとしては十分な成果だ。


「望みどおり時間を稼いでやったぞ。それで、これからどうす――」


 視線をケルスティンにやったソーントーンは、思わず言葉を失った。

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