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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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13 ムルマンスク事変10

「ぐぅ!――がはっ!」


 幻影魔術で姿を隠し領主の館に着いたグレアムとウルリーカが目にしたのは、ウルリーカの姉ベリトがポントスの巨大な左手で握り潰されようとしているところだった。


「――っ!」


 血を吐いて意識を失う姉を見て、思わず声を発しそうになるウルリーカの口をグレアムは塞いだ。


(落ち着け。まだ生きてる。……家族か?)


 こくりと頷くウルリーカ。


「ベリト!」


「グフフ。どうします? このまま娘を見殺しにしますか?」


「下衆が!」


 ポントスとその右手に捕らえられたフランセスのやり取りが続く中、グレアムとウルリーカは対応策を相談した。捕らえられている二人を救出しなくてはグレアムの秘策は使えない。


(……それも私に任せてくださいまし)


(大丈夫か?)


(ええ、何とかしてみせますわ。それよりもビルギットお姉様をお願いしますわ)


 崩れた壁の傍に一人の女性がうつ伏せに倒れていた。


(……わかった。おまえはここを動くなよ)


(ええ、もちろんですわ)


 グレアムは姿を隠したままビルギットに近づいた。グレアムと離れたことでウルリーカの幻影が解除されてしまうが、幸いこちらに背中を向けているポントスは気づいていない。


(よし、まだ息はあるな)


 グレアムはビルギットを両手に抱えると崩れた壁から外に出て一階から再び館の中に入った。


 ビルギットに<怪我治療(ヒーリング)>をかけ終えると、ウルリーカから借りたゴーグルを頭部に着ける。


(おお、すごいな!)


 思わず感嘆の息を漏らしてしまう。戸棚の奥にしまわれた食器類や床の下の地面が見える。インテンス・ホークとクレイボヤンス・スネイクという魔物から作られたこのゴーグルは物を透過して見ることができるのだ。


 物を透過して見る魔術などグレアムは知らない。師匠のヒューストームからもそんな魔術があるとは聞いていないので、おそらく存在しないのだろう。


 魔物で作る魔道具(マテリアルギア)は、魔術で作る魔道具(オリハルコンギア)より劣ると見なされる傾向があるが、魔物の素材次第では魔術で実現できない魔道具も作ることができる。


(マテリアルギアが一般的に"格落ち"とされているのは魔物への嫌悪感からか、それともオリハルコンと比べて手に入りやすい魔物の素材だからか。物は使いようなんだがな)


 そんなことを考えながらあちこちに目を向けていると気を失ったビルギットの姿が視界に入ってしまった。


(……)


 少々ばつの悪い思いをするグレアム。なかなか良いスタイルをしているビルギットから視線を外して首を上に向けると、ゴーグルの横についているダイヤルを回した。ダイヤルは魔石から供給される魔力量を調節することができ、それで透過度を変えることできる。


 天井が透明になるまでダイヤルを回し続けると大きな人型が現れた。


(――まずい!)


 ポントスがウルリーカに向かって突進するところだった。その際、ポントスは左手に持っていたベリトを窓の外に放り出していた。


 グレアムはゴーグルを外すと<飛行>でベリトの落下地点に急行する。気を失っているベリト。頭から固い地面に激突する――その直前で救い上げることに成功した。


(ふぅ)


 安堵の息を吐く。命に別条はなさそうだ。少女(ウルリーカ)を敵の矢面に立たせているのだ。せめて彼女の家族ぐらい救わねば立つ瀬がない。


 ベリトをビルギットの横に並べて彼女にも治癒魔術を施すと、再びゴーグルを装着してその時を待つ。


(……)


 グレアムは無言でゴーグルのダイヤルを調節する。


 おかしい。


 どう調節してもウルリーカが下着姿にしかならない。逆に回せば下着まで透けてしまう。しかも、何かの魔道具によるものかウルリーカが何人もいて目を逸らすこともできなかった。


 やがてウルリーカが下着に手をかけるのを見て――


(自分で脱いだのか? なぜ? まぁ、魔道具の不調じゃなくてよかったが)


 全裸になったウルリーカを見てポントスがフランセスを床に置いた。それで何らかの交渉によるものであると察した。一応、盗聴用のスライムを二階に置いてきていたがビルギットとベリトの治療でポントスとウルリーカの会話を聞き逃していたのだ。


 ポントスがフランセスから離れたのを見て、グレアムも準備を始めた。魔導兵装オードレリルを一枚布にして、今いる一階の部屋いっぱいに展開する。そして――


 ドッドッドッドッドッ!


 天井から埃が一定間隔に落ちてくる。ポントスがウルリーカに向けて突進したのだ。


 ポントスの手がウルリーカに届く直前――


「<爆砕(ブラスト)>」


 天井の一点に向かって魔術を放つ。戦闘によって痛んだ二階の床は脆くなり容易に崩れた。


「!?」


 ポントスの巨体が落ちてくる。


 そこに、グレアムはオードレリルで円柱状にポントスを包む。そして側面部分を上へ上へと伸ばしていく。まるで巨大な煙突のように。


 その頂点がムルマンスクのどんな建物よりも高くなった時、グレアムは――


「<大爆発(エクスプロージョン)>」


 ドォォオオオオン!


 円柱の内側から激しい爆音が響く。そして――


 バッシュゥン!


 煙突の吹き出し口からポントスが勢いよく吐き出された。


 グレアムは打ち上げ花火の要領でポントスを空に打ち上げたのだ。


(……やっぱり無傷か)


 空中で手足をばたつかせるポントスが<視力増加(ビジョン)>の目に映る。


(やはり魔術以外の攻撃手段も必要だな)


 物理攻撃手段としてはレールガンがあるが準備に時間がかかる。こういうケースでは使えない。


(レールガンほど威力はなくても取り回しやすい武器か……)


 そんなことを考えているうちに、最高到達高度に達したポントスが落下を開始する。それでもポントスはずっと空中で手足をバタつかせているだけだ。ウルリーカの言う通り飛行する魔物の因子は取り込んでいないのだろう。


(これなら<破壊光線(ディザスタービーム)>の飽和攻撃は必要なさそうだな)


「――――ぁぁぁああああああ!!!」


 ドッゴォォォオオン!


 ポントスが地面を揺らして館の庭に落下した。


 もうもうとあがった土煙を風の魔術で払うと、ピクピクと半死半生の小男が仰向けに横たわっていた。


 男の胸には魔道具らしきもの。これが魔人化(デモン・シフト)ギアだろう。持ち上げると割れ目から三つの魔石がポロリと落ちた。


 リンゴを地面に落とせば表面よりも内部の方がグシャグシャになる。アダマンタイト・トロールの硬い皮膚を持っていても、内部はそうではない。落下時の衝撃によって、体内奥深くに収めた魔人化ギアが破壊されたのだ。


「とりあえず、まだ息はあるようだな」


 グレアムはポントスに軽く<怪我治療>をかけた後、縛り上げた。そうしてポントスを連れて二階に行く。


「…………」


 ウルリーカは一階から伸びたオードレリルの表面を撫でながら何かを呟いていた。


 なぜか、全裸のままで。


「これは……スライムの皮を使用した魔道具? 極薄のアダマンタイトに皮を張り付けているのね。でも、こんな単純な作りであんな複雑な操作ができるはずは……。!? これはオリハルコンの糸!? そうか! 魔術式を組み込んだオリハルコンの糸で縫い合わせているのね! すごいわ! いわばマテリアルギアとオリハルコンギアのハイブリット方式! これならマテリアルギアの欠点である操作性と汎用性をカバーできる! オリハルコンの量も節約――」


「何してるんだ?」


「ひゃぅあ!」


 変な声を上げてウルリーカが振り返る。


「び、びっくりさせないでくださいまし! ……その男がポントス? うまくいきましたのね!」


「ああ、だが、目の毒だから何か着てくれ」


「え? ひ、ひゃぁあ!」


 腕で体を隠し蹲ってしまう。


 そこにフランセスがやってきて引っぺがしたカーテンをウルリーカにかけてやった。


「……お久しぶりですね。グレアム・バーミンガー」


 その声と表情は硬かった。


「!? ……ええ。その節はお世話になりました」


 ペコリと会釈するグレアム。彼もまた緊張していた。会釈したのは不躾な自分の視線を強引に剥がすためだった。


 グレアムはラビィット家の遺伝子に驚愕していたのだ。


 思えばベリトもすごかった。


 救いあげた時に偶然触れた()()は……。


 そして、ウルリーカも……。


 間違いなく、娘三人はこの母の血を引いている。そう実感させる――


(俺は何を考えているんだ?)


 多少の自己嫌悪に陥りながら、グレアムは自分にこっそりと<精神異常回復サニティ>をかけたのだった。

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