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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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12 ムルマンスク事変9

「待ちなさい!」


 フランセスが魔人化したポントス=ヴェリンに握りつぶされようとしたその直前、制止の声が響いた。


「母とベリトお姉さまを離しなさい、ポントス=ヴェリン!」


領主の館の二階、ポントスとベリト、ビルギット姉妹の戦いで部屋を隔てる壁という壁は破壊つくされていた。ポントスから二部屋分、離れた場所にいつに間にか見覚えのある少女が立っていた。


「……ウルリーカ・ラビッィトか?」


「ええ、そうよ! 私を捜していたのでしょう!?」


「!」


 ポントスは気を失っているベリトを投げ捨てると、ウルリーカに向かって真っすぐに突進した。その巨体に見合わぬ俊敏さで瞬く間に距離を詰めると、空いた左手でウルリーカを掴みあげる。だが――


 スッ!


 その手はむなしく空を切った。


「!? 幻か!」


 ポントスはウルリーカに向けて何度も手を伸ばすが、そのたびに手がすり抜けてしまう。


「ええ、"ミラージュ・リング"! 実際とは別の場所に姿を見せる魔道具(ギア)よ!」


 左の中指につけた指輪が光る。その瞬間、ポントスの周りにウルリーカが何人も現れた。


「むぅ!?」


「「「これがある限り、あなたが私を捕まえることは不可能よ!」」」」


 ウルリーカの声が一度に別方向から響く。これでは音を頼りに場所を特定することもできない。


「……なるほど。確かにそのようですな」


「「「……」」」


「それで? どうするのです? あなたのお姉さまは手放してしまいましたが、まだここにあなたのお母様がいるのですよ?」


 そう言いながらポントスはベリトともう一人の姉ビルギットの姿を捜した。


 だが、見つからない。


 おそらく魔道具で隠したのだろう。


 内心で舌打ちするポントス。だが、ウルリーカに人質は十分に効果を発揮すると思い直す。そうでなければ姉を隠さないし、姿を現さないだろう。


「う、ウルリーカ……、いけません」


「おっと、余計なことを言わないでいただきたい」


「あっ!」


「「「やめなさい!!! ポントス!!!」」」


「それはあなた次第ですよ、ウルリーカ嬢。その魔道具を外していただきましょうか」


「「「先にお母様を離しなさい」」」


「それはできませんな」


「「「……これを見なさい」」」


 ウルリーカが取り出したのは手の平より少し大きい懐中時計のような円形の物体だった。


「!? それは!?」


「「「ええ。あなたが使った魔人化(デモン・シフト)ギア、それと同じものよ」」」


「……だからなんだと言うのです? それを使って私と戦うとでも?」


「「「いいえ。たぶん、()()()()あなたには勝てない」」」


「ええ、そうでしょう! 何せ私の魔人化ギアは特に強力な特異種と強化種の素材を使っていますからな! そこらの魔物の因子を使ったところで到底、敵うわけがありません!」


「「「勘違いしないで。()()()()と言ったはずよ」」」


「……」


「「「もし、あなたがお母様を殺せば、私はここから逃れて必ずあなたの魔人化ギアを凌駕する魔人化ギアを作ってみせる!」」」


「……」


 ウルリーカの宣言に、ポントス=ヴェリンは笑みを引っ込めた。それこそポントスが恐れていたことだ。例の研究資料は既に焼却し、製造した魔道具師も始末した。たが、ウルリーカが生きていればポントスの魔人化ギア以上のものが作り出される可能性がある。


 無論、ポントスはムルマンスクに侵攻する前に暗殺者を送り込んでいたが、ナッシュが研究資料を盗んで消えたことで館の警備は厳重になっており、さらにはこちらが不穏な動きをしていることを察知され暗殺も警戒されていた。それゆえ、侵攻前にウルリーカを殺すことができなかったのだ。


「「「もう一度、言います。母を離しなさい」」」


「……もちろんタダでとは言いますまいな」


「「「ええ。お母様を解放すれば、私はこの"ミラージュリング"を外します。ラビッィトの家名にかけて、そうすることを誓いましょう」」」


「……それでは足りませんな。その身につけているすべての魔道具を外していただこう」


「「「それは……」」」


「ええ、そうです。私では何が魔道具がわかりませんからな。まずは、その指輪以外、身に着けているすべてのものを脱いでいただこう」


「「「そうすれば、お母さまを解放すると?」」」


「ええ、勿論。そして、解放した後は――」


「「「指輪も外す。それでよろしいのですわね?」」」


 そう言うとウルリーカは躊躇いなく頭の簪を豊かな毛髪から抜き取った。


 それを見てポントスは内心、ほくそ笑む。これでウルリーカが屋敷の外に逃げることはできなくなっった。逃げれば衆目に全裸を晒すことになる。皆、痺れて動けなくても意識はあるのだ。貴族の令嬢が衆目に裸身を晒すなど、耐えがたい汚辱である。


「おっと、脱いだものは手の届かない位置に投げ捨ててください」


「「「…………」」」


 ウルリーカは言われた通り簪を投げ捨てる。ご丁寧にも"ミラージュリング"はそれすら再現していた。


 ポントスが満足気に頷くのを見届けた後、ウルリーカはブーツを脱ぎ、次に手早くドレスを抜いだ。下着に手を掛けた時だけ手が止まったが、それも一瞬ですぐに脱ぎ捨てた。


「「「これで、ご満足?」」」


 ショーツを投げ捨てながら皮肉を込めて訊く。


「ええ、十分です。さあ、次は私の番ですが、もし約束を違えば……」


「「「家名を出した以上、違えることはしません!」」」


「ふん。まぁいいでしょう」


 ポントスは右手に掴んでいたフランセスを床に置いた。


 これで後はウルリーカが"ミラージュリング"を外すだけとなる。


「「「まだです。お母様から離れなさい」」」


「……いいでしょう」


 ポントスは素直に従う。おそらく、どこかに仲間がいるのだろう。そいつがフランセスと姉二人を抱えて逃げるなら逃げればいい。


 ウルリーカを逃がさないことが何より重要だった。何者も今の自分に傷一つつけることはできない。それがあのグレアムであったとしても。それだけポントスはこの魔人化ギアに自信を持っていたのだ。


「さあ、これだけ離れれば十分でしょう!」


 ウルリーカの幻に囲まれたポントスは見回して促す。指輪を外せと。


「「「……」」」


 ウルリーカの幻はそろって同じ動作を取る。左手の中指に唯一、残った指輪を外す動作だ。


 指輪が完全に抜き取られた。だが、それでも幻は消えていない。


「小賢しい! それで約束を守ったとでも言うつもりか! この屋敷を、街を徹底的に破壊するぞ!」


 ポントスの激昂に、ウルリーカは怯えたように指輪を遠くに投げ捨てた。


 その瞬間、幻は消え失せ、一体分だけ残される。


 それこそが本物のウルリーカ。


「――――――――!」


 声にならぬ雄叫びを上げ、突進するポントス。


 まずは両の拳ですり潰す。そして四肢を引き裂き、頭を噛み砕く。


 そう夢想し、実際にそうなる直前――


 バキャ!


「!?」


 床が崩落し、ポントスが落ちる。そして、周囲を黒い壁が覆った。見上げればその壁が天空に向かってどこまでも伸びていく。


「<大爆発(エクスプロージョン)>」


 混乱するポントスの足元から爆炎が襲来した。

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