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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
二章 ブロランカの奴隷
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13 般若の面2

「幸いカダルア草も竜哮草も育てるのは難しくありません。種を蒔いておけば手を入れなくても生えてきます。こちらはサービスしておきますわ」


 そう言うとゼナスは種がつまった袋をシャーダルクの弟子の一人に渡した。


「おい、まだその女王種を買うと決めたわけではないぞ」


「まぁ、閣下。何かお気に障りましたか?」


 ゼナスはわざとらしく、口元に手を当てる。


「ああ、気に入らんとも。なぜこの話を聖国に持ち込まない?」


「それはーー」


「余計な誤魔化しは無しだ。お前の言葉には聖国訛りがある。聖国出身者がなぜ王国の益になるようなことをする?」


 かつてこの大陸にはアルジニア魔国というただ一国のみが存在していた。強大な魔術文明を持ったその超大国は空間さえも操ることで大陸中のあらゆる部族を支配していたという。


 その際に言語が統一されたが、アルジニア魔国ーー古代魔国が滅び四百年。時間の緩やかな断絶は、バラバラとなった各国で言語の独自発展を促していた。


「……流石は閣下。ご慧眼、恐れ入ります」


「ふん。世辞はいい。それより理由を教えてもらおうか。まさか、我が王国に害を為すつもりではあるまいな?」


 シャーダルクの言葉に後ろに控えていた弟子たちが臨戦態勢をとる。


「閣下に敵対するなど恐れ多いことでございます。ただ単に聖国では無理なのです」


「無理?」


「カダルア草も竜哮草も魔力を持った生き物が食さねば効果を発揮しません」


「魔力を持った生き物といえば魔物か亜人、人間か」


「はい。牛や豚のような普通の動物では生き餌になりえません」


「魔物は蟻どもが駆逐する。亜人か人間を使うしかない」


「ええ、そして聖国は奴隷制度を採用していません。聖国では生き餌とする亜人と人間を集められない」


「王国ならばそれが可能というわけか」


「閣下の才覚を持ってすればディーグアントなど使いこなせる、そう判断しただけのことでございます」


「ふん。そして、断れば今度は帝国に話を持ち込むか」


 シャーダルクの言葉にゼナスは微笑んで軽く頭を下げた。


 シャーダルクは考える。


 確かに王国は帝国ほど苛烈ではないにしろ奴隷制度を採用している。生き餌となる人間を集めるのは難しくないだろう。


 シャーダルクにとって尊重すべきは王侯貴族だけであって平民がいくら死のうがどうでもいいことであった。


 平民とはカダルア草や竜哮草のごとく畑に種を蒔いておけば、否、蒔かなくともいくらでも生えてくる程度の認識でしかない。


 稀にヒューストームのような毒草が生えることもあるが、多くは取るに足らぬ雑草でしかない。


 だが、国内の治安を預かる王国軍元帥レイナルドは国内で魔物を飼う危険性を強調して反対にまわる可能性が高い。


 国王ジョセフ・ジルフ・オクタヴィオはどうか。


 先の会議では最初から最後まで意見らしい意見を言わなかったが、ヒューストームが聖国の力を借りることを口にした瞬間、ジョセフが一瞬、不快な表情をしたことをシャーダルクは見逃さなかった。


 実はごく一握りの人間しか知らないことだが、ジョセフは聖国の女王に婚礼を申し込んで、すげなく断られている。


 シャーダルクのジョセフ評は愚鈍で見栄っ張り。おまけに妃、側室が合わせて三十人はいる。女王が断るのも無理はない。


 以来、ジョセフは何かと聖国と比べるようになった。


 それゆえに、聖国の後塵を拝するようなヒューストームの案の対案として出せばジョセフは賛成する可能性が高い。


 では、王国宰相コーはどうか。


 彼が一番読めない。賛成するとも反対するとも思える。


(賛成一、反対一、保留一といったところか)


 シャーダルクは決め手に欠けると思った。


 数日前よりシャーダルクの研究成果を記した資料が行方不明となっている。そしてそれは明日、ヒューストームの聖国への出発直前にヒューストームの荷物から発見される手はずとなっている。


 ヒューストームは王国の魔術研究の成果を手土産に聖国に亡命する。聖国からの援助など真っ赤な嘘。


 王国の裏切り者としてヒューストームを処断する。それがシャーダルクの書いた筋書きだった。


 下賤の身に相応しい最後だ。無論、ヒューストームは弁明するだろう。


 問題は聖国からの援助ーー魔除けの結界ーー欲しさに、ヒューストームの弁護をする輩が出かねないことだった。


 そのため、シャーダルクは聖国の援助に比する対案を必要とした。


 だが、ゼナスの案が受け入れられるかは微妙なところだった。


 他に有効な案もない。つくづく弟子に恵まれない不運を嘆くシャーダルクだった。


「お役に立つかはわかりませんが」


 悩むシャーダルクにゼナスが声をかける。


「王国の未来を憂う閣下に一つ情報を提供致しますわ」


「何だ?」


 ゼナスがそっとシャーダルクに近づき、その耳に囁いた。


 "王国八星騎士筆頭の双剣アシュターは重装オーソンの許嫁アリダ嬢に横恋慕している"


「なんだと!? 事実か!?」


 驚くシャーダルクにゼナスが微笑んで頷く。


 隆盛を誇った古代魔国が滅びた原因の一つが時の権力者が部下の妻に手を出し反乱を、招いたことだと言われている。


 以来、上の立場の者が配下の妻や許嫁に手を出すことは禁忌とされていた。


(まさか。あの聡明なアシュター様が。だが、事実であれば話の持って行きかた次第で味方に引き込める。アシュター様が味方になればコーもこちらにつく可能性が高い)


 にわかに現実を帯びてきた自身の策に興奮を隠しきれないシャーダルク。


 王国八星騎士筆頭の双剣アシュターにはもう一つ別の肩書がある。


 アシュター・ジルフ・オクタヴィオ。


 王国の第一王位継承権者である。


 ◇


 ゼナスは口の中で何やら呟くシャーダルクを冷めた目で見つめていた。


 アシュターを口説き落とす算段でも立てているのだろう。


 愚かしい男だと思った。冷静に考えればヒューストームの案こそ現状取れる最善であるとわかる。


 それを自身の感情で台無しにした挙句、こんな愚策を取ろうとしている。こんなもの己れの足を食うタコと一緒だ。


 魔物を制御できるわけがない。必ず失敗し王国は取り返しのつかないダメージを受ける。


 それは竜大陸で生まれ育ったゼナスの確信だった。


 まぁ、もっとも、コーあたりは僻地か孤島で数年、実験することを主張するであろうが。それでも王国に少なくないダメージは与えられる。


 普段のシャーダルクならゼナスのような怪しげな女の話など一顧だにしなかっただろう。

 

 実はゼナスは完璧な王国語を使える。聖国訛りを話したのは交渉のためのちょっとした小細工だった。そういった工作を交渉前と交渉中にいくつもしている。


 そんなゼナスの涙ぐましい努力も本来のシャーダルクに通じたかはわからない。


 王国首席宮廷魔術師は家柄だけでなれる職ではない。少々歪んではいるが間違いなくシャーダルクは有能な男だった。


 それなのにシャーダルク以上の有能な男ーーヒューストームの存在がゼナスのつけ込む隙を与えた。


 シャーダルクがヒューストームに抱く感情は突き詰めれば嫉妬だとゼナスは看破していた。


 まったく度し難い。


 だが、だからこそ愛おしいとゼナスは思う。


「グル……」


「おや? おまえもそう思うのかい?」


 ゼナスの後ろで般若の顔を持った女王種が笑ったように感じたのだった。

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