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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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7 ムルマンスク事変5

 フランセス母娘にポントス=ヴェリンの下劣な手が伸びようとしたまさにその直前、突然、周囲を黄色味の霞が覆い、何も見えなくなる。しかも、ポントス達は手を伸ばした姿勢のまま、体を動かせなくなっていた。


(な、なにが!?)


 しばらくして霞は消えたが兵士もフランセス母娘も驚愕の表情のまま、まるで石になったように硬直していた。


 ◇


 話は十分ほど前まで遡る。


 ムルマンスクの防壁の内側からいくつもの煙が立ち昇るのを見てウルリーカは悲鳴に近い叫びをあげた。


「お母様! お姉様!」


 馬車から降りて走り出したウルリーカの腕をデネブは掴んだ。


「お待ちください! お嬢様!」


「ですが――!」


「お嬢様が行ったところでどうしようもありません。それよりも、いつここにも敵がくるやもしれません。ここから離れましょう」


「……」


「そうしてもらうと助かる」


 唐突にグレアムが口を挟んだ。


「グレアム様?」


 いつの間にかグレアムは黒い衣装を全身に纏っていた。


「ジェニファーを守ってやってくれ」


「グレアム兄ちゃん!」


「いい子で待っててくれ」


 グレアムはジェニファーの頭を撫でた。


「……うん。気を付けてね」


「待て! いまさら行ってどうしようというのだ! 既に大勢は決している! こうなっては当初の目的通り、お嬢様をアルムシンシアに送り届けるしかない!」


「……何をするつもりなのです?」


 ムルマンスクは既にヴェリンの手勢に占拠されていることは明白だった。グレアムが市街戦をやるつもりならウルリーカは看過できない。それをやれば間違いなく無辜の民にも犠牲が出る。


「時間が惜しい。なるべく()便()にことを済ませるつもりだ」


「信じても?」


「好きにすればいい。おまえが反対しようが俺はいく。孤児院が心配だからな」


「!? 貴様!」


 激昂するデネブに冷静さを取り戻したウルリーカは手で彼女を制した。


「……一つだけ訊かせてください」


「何をだ?」


「あなたはお母様を――ラビィット家を恨んでいますか」


 ウルリーカはそう思っていた。だが、実際に会ってみてグレアムは理性的でジェニファーを大切にする情のある男だということが分かった。ならば、孤児院を材料に十分に交渉できる。


 だが、今となっては孤児院もどうなっているか分からない。とっくに焼け落ちているかもしれない。怒り狂ったグレアムはムルマンスクに隕石を落とし、無数の黒い光線で焼き払うかもしれない。


「恨む? 何でだ?」


 心底わからないというような顔をするグレアム。


「あなたを奴隷にしてムルマンスクから追放したのですよ?」


「罪を犯したんだから当たり前だろ? 何を心配しているか知らないが、さっきも言ったようになるべく穏便に済ませるつもりだ」


「……わかりましたわ」


「そうか。じゃあ――」


「わたしくしも行きます!」


「え?」


「人一人ぐらい抱えて飛べるでしょう!」


「まぁ、できなくはないが……」


 突然の提案に戸惑うグレアム。


 ムルマンスクは既に戦地だ。どこから<炎弾>が飛んでくるかもわからない危険地帯だ。そんなところに貴族令嬢が飛び込むと言っている。


「トレバー孤児院は諸事情で別の場所に移転しています。孤児院の場所がわからなければ、あなたも困るでしょう」


 グレアムがジェニファーを見ると、彼女は頷いた。


「ウルリーカ様の言っていることはホントだよ。グレアム兄ちゃん」


「……三分、いえ二分だけお待ちください! トーマス! 屋根からカバンを下して!」


 ウルリーカはグレアムの返事も待たずに馬車に戻ると自作の魔道具を漁り始めた。


(アグレッシブな女だな。貴族令嬢というのはみんなこうなのか?)


 グレアムは過去に出会った少女達を思い出す。


 傭兵稼業をやっていた王女。

 蟻喰いの戦団に何の保障もなくなくやってきた公爵令嬢。

 上級竜との戦いにおいて最前線に立っていた元貴族の魔術師姉妹。


(……………………、いや、あいつらが特殊なだけだな。うん)


 最近、アルビニオンにやってきた貴族令嬢は、みんな扇子より重いものは持ったこともないといった感じだった。窓辺でお茶をしながら刺繍をしている姿が想像できる。


 ごく一部の稀有な例に縁があるのだろうかと、益体もないことを考えていると隣に人が立つ気配を感じた。


「……」


 ウルリーカの護衛メイド、デネブだった。


(まさか自分も連れていけというのではないだろうな。明らかに重量オーバーだ。どうしてもというなら亜空間に息を止めて――)


「あなたは、謝らないのですね」


 デネブはウルリーカから目を離さず、硬い表情でグレアムにそう話しかけた。


「……」


「……」


「……」


「……」


 重苦しい沈黙が二人の間に落ちる。


 しばらくして、グレアムは――


「謝らない」


 ただ、それだけを告げた。


「……そうですか」


 その瞬間、デネブから敵意が消えた。


 二人の間に弛緩した空気が流れる。


「――あ、あの!」


 そこに、二人の尋常ではない様子に固唾を飲んで見守っていたジャニファーが口を挟んできた。


「デネブさん! ぐ、グレアム兄ちゃんがデネブさんに何か悪いことをしたんでしょうか!? で、でしたら、わたしが――」


 デネブは人差し指でそっと優しくジェニファーの口を抑えた。


「いいのですよ、ジェニファー。もう解決しました」


「で、でも!」


「彼が謝罪していれば、私は生涯、彼を赦せなかったでしょう」


「え?」


「"謝る"ということは自分の間違いを認めることです。

 私の愛する人が間違いで死んだということです。

 無駄死にです。

 そうさせないために、彼は謝らなかったのです」


「……」


 デネブはわけがわからないといった感じのジェニファーの頭を微笑んで撫でた後、グレアムに正面から向き直った。


「グレアム様。ウルリーカお嬢様を、お願いいたします」


 深々と頭を下げる。


「……わかった」


「お待たせしましたわ! ……どういう状況ですの?」


「問題ない。いくぞ」


 グレアムはウルリーカの膝裏に手を入れてかかえあげる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「――!? きゃあ!」


 ウルリーカを抱えたグレアムはムルマンスクに一直線に飛んでいく。


 それを見送りながら、デネブは夫の在りし日の姿を思い出していた。


『デネブ! この魔銃ってやつはすごいぞ! フランセス様に進言しよう!

 こいつがあれば民は自分の身を自分で守れる!

 もう、俺たちが到着した時に村には死人しかいないなんてことが無くなるんだ!

 いや、それどころか柵の内側で縮こまるしかなかった彼らが活発に動けるようになる!

 これは国が、いや、世界が変わる!

 新しい時代がくるぞ!』


 そう嬉しそうに語る愛しき人。


 彼が予言したように、きっと世界は変わるだろう。


 他ならぬ、あの二人の手によって。


 デネブはそう予感した。


 いつの日か彼のもとに行った時、到来した新しい時代のことをゆっくり語って聞かせよう。


 そのために今をしっかり生き続けることをデネブは決意した。

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