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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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5 ムルマンスク事変3

 グレアムが配った魔銃の暴発事故でデネブの夫は死亡したという。


 幸い蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)ではその手の事故は起きていない。


 "撃つ必要があるときのみ安全装置を解除する"

 "トリガーガード内に指を入れるのは、銃口がターゲットに向いているときのみ"


 これを徹底させている。


 もちろん、王国民に魔銃を配る際にも重要事項として説明している。だが、どこまで浸透しているかは未知数だ。しかも、魔杖の生産が追い付かず、魔銃の心臓部となるロックスライムのみ渡すケースもあった。


 魔杖の構造自体は極めて単純だ。村の鍛冶屋でも十分に製造できる。だが、魔銃という未知の武器に対して、安全装置の重要性を理解している鍛冶屋はどれだけいるか。


 魔物や野盗に怯える王国民のために魔銃を配ったが、魔銃によって無辜の命を落とす者もいる。


 グレアムもそういう事態を想定していなかったわけではない。だが、魔銃によって死ぬ人間の数より魔銃によって助かる人間の数の方が多いと判断した。


「"地獄への道は善意で舗装されている"か。誰が言ったか知らないが、うまいことを言うものだな」


「……」


 グレアムの独り言にウルリーカは思うところがあるのか、少し複雑な顔をする。


「ところで、ポントス=ヴェリンに対抗するために魔銃を集め始めたと言ったな。つまり、ラビィットはヴェリンと敵対関係にあるということか?」


「ラビィット家に味方していただけると解釈しても?」


 グレアムがまだ孤児院にいた頃、孤児院に対してラビィットから、いくばくかの援助があったと記憶している。孤児院の土地を狙っていたデアンソの件はあったにしろ、ラビィットに義理立てする理由はある。


「まあ、トレバー孤児院を無体に扱っていないかぎりはな」


「それは保証いたしますわ。……トーマス達の準備ができたようです。続きは馬車の中で」


 ◇


 客車にはグレアムとウルリーカだけが座る。ジェニファーはトーマスと共に御者台に。デネブはポントス=ヴェリンの兵士が乗っていた馬に騎乗していた。


 野菜を積んだ荷車を失った農夫の青年はその場で別れた。兵士達の馬を荷車の補償として持っていくか聞いたが青年は辞退した。お貴族様の軍馬を持っていたら、どんな難癖をつけられるかわからないからと。


 その理由に納得したグレアムは王国金貨を数枚、見舞金として青年に渡すことにする。青年はいたく感激して家宝にするとか言っていた。


 そうして、一行はムルマンスクに向かって出発した。


「まずは私のことから話しましょう」


「ああ、魔道具師なんだっけ?」


()()魔道具師ウルリーカ・ラビィットですわ!」


「……ああ」


「コホン。……失礼ながら、グレアム様は魔道具をお作りになったことは?」


「山ほどあるさ」


魔道具作成(クリエイト・デバイス)>で、どれだけオリハルコンに魔術式を書き込んだことか。


「そういえば君も魔術師なのか?」


「私は魔物の素材から魔道具を作成する魔道具師ですわ」


「ああ」


 魔道具の作成は大きく二つに分けられる。<魔道具作成>でオリハルコンに魔術式を書き込む方式、もう一つが魔物の素材から魔道具を作る方式だ。


「魔物の部位は様々な特性を持ちます。例えばこのファイアー・スピリットの光石」


 ファイアー・スピリットは青い炎を発しながら空中に浮かぶヒトダマのような魔物だ。体当たりして深刻な火傷を負わせるが、水をかけるだけで退治できる比較的弱い部類の魔物として知られている。


 ファイアー・スピリットの光石は、退治された後に残る魔石とはまた別の石である。


「光石は文字通り魔力を通せば光るので照明の魔道具に使われますわね」


 ちなみに<魔道具作成>で作る場合は、<光明(ライト)>の魔術式をオリハルコンに書き込む。この二つの作成方法にはそれぞれ一長一短がある。


 オリハルコンを使う場合は汎用性が高く、照明以外の機能を組み込めるがコストは高くなる。一方で魔物の素材を使う場合は汎用性はないが、コストは抑えられる。


「【素材鑑定】というスキルを持って生まれたこともあり魔道具師はわたくしの天職でしたわ。幼いころからお母様に工房も持たせてもらい、様々な魔道具を作ったものです」


「……ちょっと失礼」


 そこで疑問を感じたグレアムはウルリーカの手をとった。


「っ!?」


 突然の無作法に硬直するウルリーカ。


「ああ、すまない。綺麗な指をしている。魔物の素材を加工しているようには見えなかったんでな」


「……素材の加工は部下に任せて、私は研究開発を担当しております。ほんの少し手先が不器用なもので」


 グレアムは納得する。指の皮膚表面の角質が厚くなっている部分がある。日常的にペンを握っている証拠だ。


 顔を赤くして指を引っ込めるウルリーカ。


「魔銃はムルマンスクでも使用を認めていました。ところが、ある日、領民から相談があったのです。魔銃では倒せない魔物がいる。どうにかできないかと」


 魔銃から発する<炎弾>は火属性の魔術だ。フレイムベアなど火属性の魔物には効きにくい。


「そこで私はケルピーの胆石を使って<炎弾>を水属性の魔術に変換することにしましたの。いわば<水弾>ですわね」


 グレアムは驚いた。ウルリーカは何気なく言っているが、魔術の属性を別のものに変えるなど簡単にできるものではない。自分で天才というだけのことはあるということか。


「それを切っ掛けに魔銃の効果を高める魔道具を色々、作成するようになりました。キラー・シュリンプの眼球を使った照準器や、ミラーリング・タートスの甲羅を使って三連弾を可能にする魔道具など」


「……もしかして、この馬車を吹っ飛ばした炸裂弾も?」


「はい。わたくしの作品ですわ」


「……盗まれたか」


「……部下の一人が、ある日、工房から姿を消しました。わたくしの研究資料と一緒に。行方を探させたところ、ポントス=ヴェリンの側近となっていましたわ。当然のようにわたくしが開発した魔道具もヴェリンの領地に溢れていました」


「……そうか。それは辛かったな」


 グレアムはウルリーカに同情した。信じていた部下に裏切られる苦しさはわかるつもりだ。


「もちろん正式に抗議しましたわ。ところが、こともあろうにヴェリンは――」


 ウルリーカの魔道具は、すべて側近が作ったものである、と撥ねつけたのだろうとグレアムは思った。


「"ムルマンスクとその周辺の土地は我が一族の領土である。速やかに返還せよ"と要求してきたのです」


「…………」


 突然の飛躍に、一瞬、何か聞き逃したのかとグレアムは思った。


「待て。なぜいきなりそうなる?」


「わたくしにも、わかりませんわ」


 ウルリーカは溜息を吐いた。


「ちなみにヴェリンの要求に正当性は?」


「あるわけありません。ムルマンスクは二百年前よりラビィット家の領地です。それに対し、ヴェリンは三十年前に起きたに新興家。どう考えてもヴェリンの要求は無理筋ですわ」


「だよな」


 グレアムもムルマンスクの領主であるラビィット家のことは調べてある。ウルリーカの言うことは正しい。


「もしかして領土問題で騒ぎ立て、魔道具の窃盗騒ぎをうやむやにしようとしているのか?」


「母も最初、そう思ったそう。ですが、実際にヴェリンが戦争の準備をしていることがわかりまして」


「なるほど、それで魔銃を」


「はい。そしてわたくしは母に叔父上のアルムシンシアに避難するように言いつけられて」


「だが、実際にポントス=ヴェリンの動きは想像以上に早かったというわけか」


 なるほど。だいたい経緯はわかった。


 ウルリーカの話をすべて鵜呑みにするわけにはいかないが、ヴェリンは用意周到に準備してきたのかもしれない。ムルマンスクを手に入れるために。


 結局のところ、よくある貴族同士の領地争いである。その上で、グレアムは自分はどう動くべきか思案する。だが、事態はより深刻に進んでいた。


「お嬢様!」


 デネブが切羽詰まった声で呼びかける。


「ムルマンスクの方角から煙が!」


 客車の窓から身を乗り出すと、馬車の進行方向にいくつもの煙が上がっていた。

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