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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
四章 オルトメイアの背徳者
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2 『〇〇から追放された俺はーー

 グレアムは私室のベッドで目を覚ました。ウォーターベッドならぬスライムベッドは相変わらず最高の寝心地を与えてくれた。そして、フォレストスライムのヤマトとタウンスライムのムサシはグレアムのイヤーマフとなって静寂をもたらしてくれた。


 だが、寝覚めはよくない。嫌な夢を見たからだ。昔の……。


 グレアムは最悪の気分でゆっくりと体を起こす。


「…………」


 そして、さらに気分は悪化した。


 部屋の中が台風が通り過ぎた後のように滅茶苦茶になっていたからだ。


 その元凶の二人――天使のサウリュエルと馬頭鬼のクレア=暁が絡みあったまま床で寝こけていた。


「…………」


 グレアムは見なかったことにして布団を被りたかった。だが、今日も仕事は山積みだ。渋々とベッドから降りる。そして、二人を……放置することに決めて部屋を後にした。


 ◇


 グレアムがアルビニオンの私室で暁と再会を果たした三ヶ月前の夜にまで話は遡る。


 歓喜の渦から絶望の底に叩き落とされたグレアムの精神的ダメージは大きかった。だが……


『立ち上がれ。おまえに、甘い絶望に身を浸す資格はない』


 魂の奥から何かが――何者かがそう訴える。


 思えばグレアムはいつもこの訴えに従って行動してきた。"ロードビルダー"に<偽装隕石召喚(メテオ・フェイン)>をぶつけ、敗北を悟った時もそうだ。


『まだ手があるなら、その命、燃え尽きるまであがけ』と。


 その言葉がグレアムを動かし続ける。


 そして、今度もグレアムを立ち上がらせた。動揺した心は<精神異常回復サニティ>で落ち着かせる。


(よし大丈夫だ。まずは状況の把握だ)


「……暁、詳しい話を訊きたい」


「断る」


「……」


「私の役目は地獄から逃げた亡者を連れ戻すことだ。言伝はケルスティンに借りを返すためにやったにすぎん」


「……」


「さあ、田中ジロウ。私とともに地獄に帰るんだ」


 魅力的な提案だとグレアムは思った。裁かれない苦しみから解放されるかもしれない。だが、それはできない。特にレナが攫われたと聞かされた後では。


 彼女は幸せになるべき善良な人間だ。グレアムにレナを見捨てるという選択肢はない。


「悪いがそれはできない」


 グレアムと暁の間の空気が張り詰める。


 暁は立ち上がると無防備にグレアムに近づいてきた。ムサシが敵意を感知して警告を発する。


「<プラント・バインド>!」


 床から生えた植物の蔦がメイド姿の少女の体に絡みつく。


「!?」


 だが、少女の足が止まることはなかった。一歩踏み出せば絡みついた魔力の蔦は、まるで蜘蛛の糸でもあるかのように千切れてしまう。


「<パラライズ・クラウド>! <マジック・ロープ>!」


 上位の魔術にさらに魔力を五割増しで威力を上げる。だが、まるで効果を示さない。


 暁の腕がグレアムの首に伸びる――


「ちょっとまった~」


 横から伸びたサウリュエルの手がそれを止めた。


「入界は認めたけど~、そこまでの勝手は許してないよ~」


「……離せ」


「離さないよ~。そもそもさ~。地獄から逃げたっていうけどさ~、ホントに~?」


 サウリュエルがグレアムを見る。


「……賽の河原という地獄の入り口みたいなところで、なぜかそこから先にいけなかったことは覚えている。しばらくそこで過ごして……、気づいたらこの世界に転生していた」


 正直、あの頃のことは夢を見ていたようにあやふやだ。


「記憶を覗いた限り嘘はないね~」


「だからなんだ。こいつが地獄から抜け出したという事実は変わらない」


「地獄じゃないよ~。地獄の入り口でしょ~。そこを門前払いしたのは君たち~」


「……」


「そもそも~、グレアムの魂はとっくにこっちの管轄だよ~。勝手にもっていかれたら困るよ~」


「田中ジロウの魂はまだこちらの世界のものだ。管轄権はこちらにある」


「ホントに~? ()に確認したの~?」


「その語尾を伸ばす癖。止められないのか? 鼻につく」


「彼は何度も追放された~。地球から~。レイナルドから~。ムルマンスクから~。そして、地獄からも~」


「……」


「今度は地獄から追放されないという保証はあるの~? 彼をまたいたずらに傷つけるの~?」


「……」


「それとも~、あの甘い日々取り返そうとしているの~? 彼の記憶を見たよ~。だいぶ甘やかされてたね~。あの酷薄そうな表情が~、とろっとろに蕩けて――」


「あ」


 バシッ!


 暁の小さな拳がサウリュエルの顔面を叩く。


「やめろといっている」


 ツツッとサウリュエルの鼻から血が流れた。


「……」


 バリッ!


 サウリュエルの爪が暁の頬を引っ搔いた。そこから取っ組み合いの喧嘩が始まった。


 バタン! ドスン! ガシャン! ギャアギャア!


 その喧騒に城の者達が駆けつけてくる。気絶していた警備兵達も目を覚まし始めた。


「お前たちは部屋の外に出ていろ」


「し、しかし……」


 天使とメイドが子供のように喧嘩している姿を見て、止めたほうがいいのか戸惑っているようだ。


「問題ない。俺が呼ぶまで誰も部屋に入れるな」


「は、はい」


 部屋の扉が閉められた後、グレアムはサウリュエルに馬乗りになっている暁に近づいた。


「馬に馬乗りされるなんて屈辱~」


「その減らず口とバカみたいな語尾をやめろ! 焼き鳥になりたいか!」


「ウマムスメは画面の中を走ってろ~」


「わけのわからんことを!」


「あ~、グレアムはこの馬鹿鬼に近づかないほうがいいよ~。馬鹿鬼は【人類断罪】っていう人間に対しては無敵のスキルを持ってるから~」


「誰が馬鹿鬼だ! この能無し天使!」


「駄馬鬼のほうがよかった~?」


「この――」


 グレアムは後ろから暁の腰に両手をまわして、ひょいと持ち上げた。


 軽いなとグレアムは思った。今の暁は小学生ぐらいの少女で、賽の河原での彼女は妙齢の美女だった。どうしてこんな姿になっているか知らないが、とりあえず言わねばならないことがある。


「暁。迎えにきてくれてありがとう。お前に会えて嬉しかった。正直、この世界に生まれてから一番嬉しかったと思う」


「……」


「でも、ごめん。まだ俺にはやらなくてはいけないことがある。それが終われば必ずお前の元に戻るから、それまで待ってくれないか」


 グレアムは暁を床に下ろすと正面からその顔を見つめた。


 人間に対して無敵という【人類断罪】スキル。その小さな手でもグレアムの首を引き千切れるのだろうなと予想する。それならそれでもいいが、できれば暁にわかってほしかった。


「……断る」


 そう言いながらも暁は手を動かす様子はない。敵意もなくなっていた。


「頼むよ」


 膝をついて頭を下げた。


「……………………」


 やがて、暁は一つ大きな溜息を吐くと


「三年だけ待ってやる。それまでに何とかしろ」


「ありがとう」


 思わずグレアムはメイド服に包まれたその小さな体を抱きしめた。


「こ、こら! そういうことは、……まだダメだぞ」


「?」


「チョロイン~」


「意味はわからんがバカにしていることはわかるぞ」


「チョロ淫鬼~」


「天に送り返してやる! この駄天使!」


 そうして再び始まる取っ組み合いの喧嘩。


 グレアムは詳しい話を訊きたいと思ったが、とりあえず二人の体力が尽きるまでやらせることにした。




 その翌朝、グレアムは空の上にいた。陽が登ってからすぐにアルビニオンを発った。目的地はムルマンスクだ。


 追放されてから六年ぶりの帰郷だった。昨夜のうちに場所は調べてある。ジャンジャックホウルから南西の方角。アレスク山を北に見て飛べばオウナス川に突き当たる。その川に沿って南に行けばいいはずだ。


 やがて、オウナス川に並ぶように街道が現れる。この道がムルマンスクに繋がるのか、正直、自信がない。


視力増加(ビジョン)>が一台の荷馬車を捕らえた。


「……」


 グレアムは幻影魔術で姿を消すと荷馬車の上を通過する。やがて、荷馬車が見えなくなったところで街道に降りて歩き始めた。


 小一時間ほどで先ほどの荷馬車が追いついてくる。荷台に野菜を積んでいるので近くの村から農作物を売りに来た農夫だろう。肩に魔銃をぶら下げていた。


「どうも。この道の先はムルマンスクですか?」


「ああ、そうだが、旅人かい? 乗ってくかい?」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 グレアムが御者席に腰掛けると荷馬車はすぐに動き出した。


「ははっ! どこの坊ちゃんだい?」


「ジャンジャックホウルの方から来ました」


「ひゃぁ~、そいつはすごい! あのグレアム様の本拠地じゃないか! ああ、知っているかい、グレアム様! この魔銃を授けてくれたすごい人さ!」


「ええ、一応」


「あそこらへんにはマジックバッグを貸し出してくれる店もあるんだろう? いいよな~。あ、だからか! 荷物を持ってないのは!」


「ええ」


 グレアムは亜空間から水筒を取り出した。


「俺はてっきり野盗にでも襲われたかと思っていたよ。最近は治安も良くなってきたとはいえ、まだまだいるところにはいるからなぁ。でも、マジックバッグかぁ。いいよなぁ。ムルマンスクにも支店出してくれないかな~」


「……どうでしょう」


 ムルマンスクは王国の勢力下にある。ムルマンスクとその近辺の領主達は王国に恭順している。魔銃は王国にもばら撒いているが、マジックバッグはそうはいかない。


 魔銃はどうにかできるか、マジックバッグによって発達した経済力まではどうにもできない。敵対勢力の国力を上げる手伝いをする気はなかった。


「グレアム様がどこかの国を滅ぼしたドラゴンを星をぶつけてやっつけたって本当かい?」


「ええ」


 正確には違うが、まあ概ね間違っていない。


「ひゃあ、やっべぇなぁ。王国軍もやっつけたっていうし、すっげえお人だよ!」


「いえ、それほどでも」


「え?」


「ゴホン。ところで子供の頃、ムルマンスクに住んでいたことがありましてね。六年ぐらい前ですかね。どうでしょう? その頃から何か変わったことはありませんでしたか?」


「ん~? 特にないと思うけどなぁ。六年くらいじゃ、そこらのジジババがおっちんだとか、あいつのガキが生まれたとか、それぐらいだなぁ」


「そうですか」


 それから農夫は、本当はもっと早い時間にムルマンスクに向かう予定だったが寝坊したとか、気になっている村娘へ土産を買う予定だとか喋り続けた。


 農夫からムルマンスクの情報は得られそうにない。ならば先を急ぐことにしよう。そう思い御者席を立ちあがる。だが、荷馬車の進行方向から何かが来るのを見つけて半立ちのまま動きを止めた。


「お、おい! 危ないぞ! どうした!?」


「……荷馬車を脇によけた方がいいかと。何かきます」


「え?」


 土煙をあげて四頭立ての馬車が走ってくる。


 何者かに追われているようだった。

実は四章には裏テーマがあって「なろうのテンプレ展開に挑戦してみる」というのがあります。

前話は「超一流の師に育てられる」になります(挑戦するけど成功するとは限らない)

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