12 般若の面1
ーー 七年前、シャーダルク専用研究所 ーー
「こいつがディーグアントか?」
「ええ、その女王種ですわ」
王国首席宮廷魔術師シャーダルクの問いに、女が怪しい笑みを浮かべて答えた。
ゼナスと名乗った女は二十代後半のそこそこ美しい外見をしていたが、シャーダルクの食指はまったく動かなかった。
出自の怪しい女など抱く気にもなれぬ。
だが、この女の持ってきた話は興味深かった。
巣から飛び立ったばかりの女王を捕獲し、シャーダルクの元に持ち込んだのだ。
「ご存知のようにディーグアントは竜大陸にあるディーグの森にのみ生息する種です」
巨大な檻の中に入った女王種を示してゼナスは唄うように語った。
「ああ、ドラゴンどもの主食になっているのだったな。ドラゴンの餌となっているような魔物が、本当に魔物駆除の役に立つのか?」
「相性の問題ですわ、閣下。竜の咆哮には獲物を麻痺させる効果があります。とりわけディーグアントはそれに弱いだけなのです。ディーグアントの群体はそれこそ上級竜に匹敵しますわ」
「にわかには信じ難いな」
シャーダルクは竜捕獲用の檻に入れられた女王種を見る。
普通のディーグアントの体の構成は蟻の胴体に人間の上半身というものだが、女王種に人間の上半身に類する部分はなく、雄蟻の子種を貯蔵しているためか蟻の胴体部分が異様に大きく膨らんでいる。その胴体に人間の顔を模した仮面のようなものがついていた。それはよく見れば怒った女の顔のように見えなくもない。
前世の知識を持つグレアムが見れば般若の面をつけた土蜘蛛という感想が浮かんだことだろう。
「ディーグの森には竜と蟻以外の魔物は存在していません。ああ、もちろんスライムのような最下等な魔物は別にしてですわ。森に魔物が生まれても、あるいはどこからやってきて森に住み着いても、たちまちディーグアントが駆逐してしまうのです」
「ふん。蟻が魔物を駆除できるという話を信じたとしてだ、蟻どもが魔物だけを襲うとは限るまい。蟻どもが畑を荒らしては結局、意味がないではないか」
「流石は聡明なる閣下。ですがご安心を。対策はご用意してありますわ」
ゼナスは青紫色の草を取り出す。
「それは?」
「カダルア草という薬草ですわ。閣下は竜たちがどのようにして蟻どもを捕食するかご存知ですか?」
「蟻どもの縄張りに入れば自然と集まってくるのではないか?」
「蟻たちもバカではありません。竜のような勝てない相手の場合、地中深く巣穴に籠もって出てきません。そこでこのカダルア草ですわ。竜は蟻を捕食する前にカダルア草を食すのです」
「ほぅ、肉食のドラゴンが草を食すとは面白いな。それで、その草を食ったドラゴンはどうなる?」
「体から蟻どもを引き寄せる臭いを発するようになります。臭いに引き寄せられた蟻どもを、そうして竜たちは食すのです」
「なるほど、言いたいことはわかった。それで蟻どもをコントロールするわけだな」
「ええ、そしてもう一工夫。こちらは竜哮草という薬草です」
ゼナスは赤茶けた草を取り出す。
「こちらも竜たちが定期的に摂取しています」
「ほう、どんな効果がある」
シャーダルクが興味深く、薬草を見つめた。
「竜哮草の文字通り、竜の咆哮を発せるようになります」
「竜の咆哮はドラゴン固有のスキルではないのか?」
「ええ、閣下。草を食べていない若い種は咆哮はすれど蟻どもを麻痺させる力はありません」
「ほう、面白いな。だが、それをどう使う? まさか兵士に食わせて蟻どもに向かって叫ばせるのか?」
「もっとよい方法がありますわ。この竜哮草を食べた者の血と肉には、竜の咆哮と同じく麻痺の効果を持つようになるのです」
「なるほど、絵図が見えたぞ。蟻どもを引き寄せるカダルア草、蟻どもを麻痺させる竜哮草。この二つを食わせた生き餌を使って、蟻どものコントロールと間引きを行うわけか」