1 とある二流暗殺者からの伝言
ピィー
メッセージは四件です。一件目を再生します――――――――
よぉ、"ブリッジ"。
久しぶりだな。俺だよ、"ボトム"だよ。
"造船所"を卒業して以来だな。
元気にしてたか?
いや、バカなことを聞いた。
先週のDOGC財団会長の不審死。
あれ、あんたの仕事だろ。
相変わらず大したもんだ。
俺たち七人の中じゃあんたがダントツだったもんな。
いつだったか二位争いをやっていた"デッキ"と"アンカー"があんたを闇討ちしたときも、あんたはあっさり返り討ちにした。
知ってるか?
あの二人、結局、あの時の傷がもとで死んだらしい。
はんっ!
バカな連中だぜ!
おっと、思い出話をするために連絡したわけじゃないんだ。
実は最近、弟子をとってな。
あー、言いたいことはわかる!
年々、この稼業も先細りだ。
弟子をとったところで、やらせる仕事がねえって言いたいんだろ?
超高額で難しい仕事は、あんたみたいな超一流が持って行っちまう。
俺や"スラスター"のような二流どころは、一本、二本のはした金の仕事をとりあうしかねえ。
だがな、俺はとんでもねえ、ビジネスを思い付いたんだ。
ニッチビジネスって知ってるか?
文字通り隙間を狙ったビジネスだ。
市場の大多数を占める顧客のニーズに対してではなく、一部の特定の顧客のニーズに対してサービスを提供するビジネスってやつだ。
大きな売上は見込めねえが確実に需要がある、そんな仕事があることに俺は気づいちまったのさ。
なんだと思う?
ヒントは"バルバスバウ"の野郎だ。
チッチッチッ。
はい、時間切れ~。
正解は――――――――、教えてやんねえ~!
ギャッハハハハ!
ウソ、ウソ。
"造船所"時代には世話になったからな。特別に教えてやるよ。
いや、実はよ、以前、"バルバスバウ"と仕事がブッキングしたことがあってよ。
仕事自体はたいしたことねえ。
組の金を持ち逃げしたケチなチンピラの始末だったんだ。
色々あって、早いもの勝ちってなったんだがな。
"バルバスバウ"のバカが下手を打ってな。
ガキに見られちまったんだよ。
俺たちの仕事現場をな。
目撃者は消す。
俺たちの鉄則だ。
だけど、"バルバスバウ"のバカが固まっちまってな。
なんでも自分のガキの顔がチラついちまったんだとよ。
"バルバスバウ"の野郎、俺のことをいつも成績"ボトム"とかバカにしやがってたくせに。
あやうく逃がすところだった。
代わりに俺がズドンよ。
もちろん、報酬は全部、俺がもらったがな。
あの時の"バルバスバウ"の顔、あんたにも見せてやりたかったぜ。
まあ、それはともかくだ。
俺はそこで閃いちまったのよ。
殺し屋は、ガキを好き好んで殺そうとしないってことに。
"バルバスバウ"のバカはともかく、あの"ファンネル"までツキが落ちるとか言ってガキ殺しの仕事を受けねえ。
だったらよ、俺がその専門家になればいいんじゃねぇか。
実際、やってみたらガキを殺してほしいってやつは山ほどいたぜ。
あのガキがいなければ、次の当主は俺だ、とか勘違いしている放蕩息子。
あのガキがいなければ、あの人は私と一緒になってくれる、とか夢みる不倫女とかな。
「金のなる木」っていうのか。独占市場で儲かる儲かる。
おかげで人手が足りなくなってな、弟子をとることにしたわけさ。
ガキ三匹。
"イチロウ"、"ジロウ"、"ハナコ"ってつけた。
またまた、天才の俺は閃いちまったのよ。
大人の男がガキに近づけば警戒されちまう。
ガキを殺すにはガキが一番いいってことにな。
とはいえ、すべてがうまくいったわけじゃねぇ。
"イチロウ"は下手うって逃げてる途中で車に轢かれて死んじまった。
"ハナコ"は使えねぇ。
"ジロウ"にいたっては……………………はぁ。
こいつはなぁ。
こいつは――
こいつがすげえんだわ!
まるで"造船所"時代のあんたを見てるようでよ!
それで思わずあんたに電話しちまったわけよ!
ひょっとしたら"ジロウ"はあんたを超える逸材かもしれ――――
◇◇◇
聞くに堪えぬ"ボトム"からのメッセージを受け取った三日後、"ブリッジ"はB県の山中にある廃旅館の前にいた。
目的は"ボトム"を殺すためだ。
(まともじゃない)
それが"ボトム"のメッセージを聞いた"ブリッジ"の感想だった。
"ブリッジ"はすぐに"ボトム"を殺す算段をつけ始めた。
生かしておくのは危険すぎる。
"ブリッジ"は自身の安全のために"ボトム"を始末することにした。
"造船所"の伝手は使えない。"ボトム"に気づかれる危険がある。独自の情報網を駆使して"ボトム"の根城を突き止めたのが三時間前。既に陽は落ちている。予定通りだった。
警報として地面にバラまかれているガラスの破片。音一つ立てずに"ブリッジ"は通り過ぎていく。
(?)
妙だと思った。
"ボトム"の気配がしない。
(逃げられた? 仕事に出ている?)
否と判断する。"ブリッジ"が得た情報と長年の訓練で培った瞬間総合判断能力はそれらを否定する。だが、誰かがいることは間違いない。
"ブリッジ"は静かに歩を進める。空気すら揺るがしていない。万が一、偶然にも"ブリッジ"を目撃したものがいれば、廃旅館に幽霊が出たとしか思えなかっただろう。
(……血の匂い)
何か異常事態が起きている。
そう感知した"ブリッジ"は強く鉄の匂いがする大広間の襖を開けた。
(……)
首から大量の血を流して"ボトム"が死んでいた。
傍には血稀れの子供が一人。小学校低学年ぐらいだろう。
「……君がやったのか?」
「……だれ?」
「……"ブリッジ"。君は……"ジロウ"か?」
"ジロウ"は頷いた。
「……そうか」
"ボトム"は二流の殺し屋だ。だからといって簡単に殺されるような男ではない。
ブリッジ"と同じ訓練を受けた男を、おそらく十にも満たない子供が殺した事実に驚愕した。
「なるほど」
"ボトム"が熱狂するわけだ。この凄まじい才能。
"ブリッジ"は、ふと育ててみたいと思った。
(バカな)
即座に否定する。そして、背筋が寒くなった。
それは自分の純粋な欲望だった。感情を完璧に制御している"ブリッジ"がそんなふうに思うなんてありえない。
(なんなんだ? この少年は?)
"ブリッジ"は殺しの才能以上の得体の知れないものを、この少年に感じた。
(殺しておくべきか?)
"ブリッジ"はわずかに迷った後、結局、少年を連れ帰り―――――――――――――――
繧「繝懊?繝医?繝√ぉ繝?け繧「繧ヲ繝医?∝イク螢√?∝娼縺阪??シ抵シ撰シ抵シ托シ撰シ呻シ撰シ暦シ托シ難シ包シ費シ難シ偵?√☆縺ケ縺ヲ縺ョ縺ァ縺阪#縺ィ縺瑚ィ倬鹸縺輔l縺ヲ縺?k繧「繧ォ繧キ繝?け繝ャ繧ウ繝シ繝峨↓螟ゥ鮴咲嚊莉」逅?い繧ッ繧サ繧ケ?昴ヱ繧ケ繝ッ繝シ繝会シ壹¥縺?ス偵▽縺?♀?撰シ?縺ゑス難ス?ス?ス?ス茨ス奇ス具ス鯉シ幢シ壹?搾ス夲ス?ス厄スゅs?阪?√?ゅ?繝サ?・
―――――――――――――――結局、少年をそこに放置してその場を後にする。
それから数日後、地方紙の片隅に廃旅館で男性の遺体が見つかったことが報じられる。一人の少年を保護したとも。
「……」
"ブリッジ"は何かの気まぐれで"ボトム"の伝言の続きを再生した。
『――ひょっとしたら"ジロウ"はあんたを超える逸材かもしれねえ!
俺はとんでもねぇ化け物を拾っちまった!
……。
……。
……。
……ああ、やべえ。やべえよ。
"ハナコ"を、殺しちまった。
あまりにも使えないんで、ちょっと気合入れてやろうと思っただけなんだ。
なのに……、あっさり死んじまった。
ああ、やべえ。
俺は"ジロウ"に殺されるかもしれねえ。
いや! 確実に殺される!
俺は死にたくない!
"ブリッジ"!
頼む! 仕事の依頼だ!
"ジロウ"を殺してくれ!
俺が殺されるま――』
『一件のメッセージを消去しました』
「…………」
"ブリッジ"はタバコの煙を静かにくゆらせた。それ以降、"ブリッジ"は"ジロウ"と"ボトム"のことを思い出すことはなかった。
――――
奇しくも"ボトム"の最後の依頼は二十年後に果たされることになる。
成長した"ジロウ"少年を殺すことが、"ブリッジ"最後の仕事になった。