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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
297/442

128 エビローグ7

3章ラストエピソードです。

「ちょっと~、訊きたいことがあるんだけど~」


 そんな眠そうな声を響かせてグレアムの執務室に姿を見せたのは天使のサウリュエルだった。壁をすりぬけてきて、ふわふわと飛んでくる。


 "ロードビルダー"撃破後、サウリュエルはたまにこうしてグレアムの元にやってくるようになった。何をするでもなくグレアムの周りでプカプカと浮いているかと思えばフラリといなくなるを繰り返している。


 目の前にあった茶菓子を貪るその姿は、まるで餌だけもらいに来る野良猫のようだなと思いつつ、グレアムはふとアルビニオンのセキュリティに不安を覚えた。


 グレアムはイリアリノスの旧臣や文官を大量に雇い入れている。その中には希少な土木建築魔術師もいて、彼らのおかげでアルビニオンを含むジャンジャックホウルの建設は順調だ。


 彼らにこの部屋に防護措置を施すように相談してみようかと思う。例えば床、壁、天井、扉に極薄のアダマンタイトを貼りつけ、窓もカーテンの一部をアダマンタイトにするとかだ。


「そんなのサウリュエルにとっては()()みたいなものだよ~。サンドリアの無限回廊レベルじゃないと~」


 サウリュエルは腕を横に動かして障子を開閉する真似をする。どうも、この追憶の天使はグレアムの前世の知識を色々と覗き見ているようだった。


「所詮は素人の思い付きか」


「そうでもないよ~。ちゃんと視界は隠せるから~」


「それなら検討する価値はあるか……。で、訊きたいことがあるってことだが――」


「ああ、そうそう~」


「悪いがあとにしてくれ。仕事中だ」


 アリオン=ヘイデンスタムとその秘書チャイホスがえも言われぬ表情で立ち尽くしていた。


「はいよ~」


 グレアムの頭の上で横になってプカプカ浮かぶ。素直に仕事が終わるまで待つつもりのようだった。


「続きを。……………………アリオン?」


「!? はっ!」


 天使を見つめて茫然としていたアリオンは我に返ったように返事をした。


「し、失礼しました」


 アリオンはもう一度、サウリュエルを見た後、グレアムに視線を戻す。気にしないことにしたようだ。


「王国は経済封鎖を断念したようです」


「……そうか」


 何のことかと一瞬考え、そういえば王国から経済封鎖を受けていたのだなと思い出す。戦団の武力制圧を一旦諦めた王国は代わりに経済封鎖に乗り出したのだ。


 しかし、グレアムの金融緩和政策と魔銃の普及による治安改善、マジックバッグによる流通量の増加、等々によって、ジャンジャックホウルを中心に好景気が訪れていた。


 経済封鎖の失敗によって王国との和平交渉は有利に運ぶことだろう。


「ベイセルも喜ぶな」


 事実上の外務大臣となったベイセル=アクセルソンは現在、王国に出張中だ。そういえば、出発直前に私的な頼み事をベイセルにしていた。


 ティーセに借りパクされたピュアミスリルの剣についてだ。返して貰おうとも思っていたが、グレアムを助ける為に妖精剣アドリアナを失ったと聞く。その礼もかねて剣を譲渡しようと思っているので、それをティーセに伝えるように頼んだのだ。


 なぜか、それを聞いたベイセルは口をあんぐりと開けていた。そんなに気前良かったか?


「次に神殿の件ですが……、チャイホス」


「は、はい」


 アリオンは秘書のチャイホスから新しい書類を受け取って次の報告に入る。


「やはり例外は認められないと」


「そうか。承知したと先方に伝えてくれ」


「なんの話~」


 空中で肩肘ついて寝転がっていたサウリュエルが割り込んでくる。


「グレアム様と私の娘マデリーネの婚姻の件です。天使様」


 グレアムは複雑な表情を見せた。聖女との政略結婚の有用性は理解できる。だが、本人の意志を無視しての結婚には抵抗があった。マデリーネと話し合いを持ちたかったが、なぜか彼女はグレアムを避けているようだった。今もグレアムに恭順を誓った貴族の領地へ巡察に赴き不在である。


「神殿の規定では男女は16歳になるまで結婚を認められておりません。お二人は現在14歳で――」


「結婚を認めるわけにはいかないか~」


「神殿に例外にできないか交渉したのですが」


「あえなく断られたと~。というか~。"聖女"は神殿の親玉なんでしょ~。規定を変えさせたら~」


 神殿トップの聖女の下には政務を取り仕切る八人の特級神官がいる。問題はその全員が王家の息がかかった人間だということだ。マデリーネの力を目の当たりにしても、なんだかんだと難癖をつけていたという。


「ああ~。政治の問題か~」


 アリオンの記憶を読んだのだろう。サウリュエルは納得したように呟いた。


「急ぐ必要はない」とグレアムは常々、主張していた。グレアムの周りでは、マデリーネとの婚姻と同時に建国宣言を成そうと画策している。だが、国名すら決まっていない。いろいろとまだ準備が不足している。なのに、なぜか、特にアリオンは結婚を急いでいた。


「割り込んでごめんね~。続きをどうぞ~」


「いえ、私からの報告は以上となります」


「そうか。では懸案事項としてあがっていた件について――」


 まずは、薬師の貧困化問題。グレアムがナノスライムによって高品質なポーションを大量生産したことで彼らは困窮していると聞く。彼らが今まで独自のレシピで作っていたポーションが売れなくなったからだ。多少割高でも品質が安定しているグレアムのポーションを人々は求めた。


 これについて、グレアムは薬師の国家公務員化、もしくはレシピの買い取りを指示する。彼らが作るのはポーションだけでなく、様々な病の治療薬や虫よけなどの便利な薬剤も作っている。特に王侯貴族の男にとって避妊薬はなくてはならないものだ。スキルの流出と拡散を防ぐため、正式な妻以外と子供を作らないのが慣例だ。そういった薬の製造知識と技術を失うのは惜しい。医学薬学の研究と人材を育てる大学の設立まで視野に入れたい。


 次にマジックバッグ・レンタル店から戦団に委託されている回収業務の件。戦団は軍として再編成途中だ。いつまでも軍にそんな業務をさせるわけにはいかない。そこで、各街にある傭兵ギルドに委託させることを検討する。


 街の領主が王国からグレアムに鞍替えを決めた時、大半の傭兵ギルドはそれに従った。だが、その代わり王国から傭兵ギルドに出ていた補助金を失ってしまった。その補填としての委託だ。無法者や魔物から街を守ることを目的としている傭兵ギルドだが、魔銃とマジックバッグの普及で一般人までが積極的に敵を狩るようになり、暇を持て余しているとも聞く。規制緩和してギルドがある街以外でも仕事ができるようになれば、彼らも回収業務の傍ら、魔物狩りができるようになる。やがては、マジックバッグ・レンタル店と傭兵ギルドを合併して"冒険者ギルド"に発展させることも考えている。


 その他大小様々な指示を与えて、アリオンとの会合を終えたのはそれから二時間後だった。


「それでは失礼いたします」


 アリオンがチャイホスを伴って執務室から出ていく。


「待たせて悪かったな。で、訊きたいことってなんだ?」


 サウリュエルはグレアムの頭の上で眠りこけていた。


「うーん。え~と、何だっけ~?」


 グレアムは机の上を整理しながら待つ。外は既に真っ暗だった。


「……そろそろ休ませてもらうぞ」


 訊きたいことを思い出そうと頭を捻るサウリュエルを放って、執務室から出る。


「あ~、待って待って~」


 壁をすり抜けて追ってくるサウリュエル。


「え~とね~。あ~そうだ~。あれになんの意味があるのか~。訊きたかったんだ~」


「あれ?」


「きみが~、祈らせているじゃないか~、神棚っていうの~? あそこに~、スライムを載せて~」


「ああ、あれか。……別に祈らせてるわけじゃないぞ」


 グレアムは村や町に魔銃を貸与している。その際、いくつか条件をつけていた。その一つのことをサウリュエルは言っているのだと理解した。


 魔銃の心臓部となる見た目は金属の立方体。それは変身したロックスライムであるが、未使用時、もしくは定期的に取り出して適当な台座に置き、水と少量の食べ物を供えるように命じていた。その時、手を合わせるようにも言った気がする。


「お供え物をしたら手を合わせるのは当たり前だろ?」


「いや、サウリュエルに同意を求められても~。そもそも何のためにお供え物なんてしてるの~?」


「共生だよ」


「きょうせい~?」


「"異種の生物がお互いの足りない点を補い合いながら生活する現象"だったかな? ポーションを生成するナノスライムがいるだろ。俺のひいじいさんのダイクがナノスライムに命じて、ひいじいさんが死んでからもずっとポーションを作り続けていた」


「うんうん~」


「でもな、百年近くもナノスライムがひいじいさんの命令を律儀に守り続けたとは思えないんだよな。世代交代は起きていたはずだし。たぶん、ポーション生成はナノスライムにとってもメリットがあったんだ。だから、ずっとポーションを作り続けてきた」


「ああ~なるほど~。魔銃のスライムも同じようにと考えているんだね~」


「ああ、魔銃の一部として働き続ければ食べ物をもらえる。そうロックスライムが理解すれば俺が死んだ後も魔銃の部品として働き続ける」


 ちなみにマジックバッグ・レンタル店に派遣しているタウンスライムは、一定期間働いた後、十分な食べ物と休息を与えるようにしている。販売ではなくレンタルにしたのはそのためだ。タウンスライムのケアもマジックバッグ・レンタル店社員の重要な業務の一つである。いずれはグレアムの命令なしにタウンスライム自ら金属プレートの中に入って亜空間収納を行うようになるだろう。


「なるほどね~。う~ん」


 サウリュエルは腕を組んで何やら悩み始める。


「何か問題あったか?」


「いや~、問題といえば問題なんだけど~、そうでないといえばそうでもないような~」


 悩むサウリュエルは隣を歩くグレアムをしばらくじっと見つめた後、ポツリと呟いた。


「……錬金術師」


「ん?」


「市井の人がね、そう噂していたのを聞いたんだよ~。みんな君に興味があるんだよ~。グレアム・バーミリンガーとは何者かって~」


「それで錬金術師だって? まあ、金を大量に流してるからな。そう思われても仕方ないか」


「ちなみに噂話には、天使を愛人にしてるっていうものもあったよ~」


「ブッ!」


 思わず吹き出すグレアム。事実無根だ。


(……まさかアリオンたちが変な顔をしていたのは、それが原因か?)


 サウリュエルを伴って私室に向かっている姿は城の使用人達にも目撃されている。グレアムは軽い頭痛を覚えた。早急に誤解を解きたい。


「別にいいじゃないか~。伝説が本当か確かめてみたら~」


 サウリュエルの言う伝説とは貴族の起源のことだろう。この世界の貴族の祖先は天使と交わって生まれたスキル持ちだと言われている。その中で、神様のお墨付きを貰ったのが王族であるとも。つまり、天使と人間は交配可能だということだ。


 とはいえサウリュエルは顔はまさに神が作ったとしか思えないほど整っているが、この幼児体形に――


「ん~? なんか~失礼な電波をキャッチしたよ~。殺されても覚えなかった怒りってやつを覚えそうだよ~」


「ゴホン、ゴホン」


 グレアムは咳払いして、思考を無理矢理切り替える。


「で、俺が錬金術師だって? 変な誤解を受けたもんだな」


「そうでもないと思うんだけどね~。案外、的を得ているんじゃないかと~」


「ん? どういうことだ?」


「医科薬科大学と冒険者ギルドの創設~。子供たちに無償で教育も施しているそうじゃないか~。君、時代の主役を貴族から市民に変えようとしているよね~」


「……」


「卑金属を貴金属に変じるのが錬金術師なら~、卑民を貴民へと変じようとしている君の行為は錬金の一種ともいえる~」


「……」


「ジャンジャックホウルの錬金術師。君は~、何を考えているのかな~」


「……さてな」


 と、誤魔化す感じで答えたが特に何かを考えているわけではない。ただ願っているだけだ。せっかく王様になるのだ。いつか市民の手で俺を吊るしてくれれば最高じゃないか。散々悩んだ国家理念というやつは、きっと彼らが作ってくれる。


「ふふ。君といると飽きないよ~」


「楽しそうで何よりだ。ところで、俺の部屋の前に来てるんだが。まさか、本当に俺の部屋に泊まるつもりか。俺はソファで寝たくないぞ」


 サウリュエルがグレアムのベッドで寝ているところなど見られたら、誤解はますます深まってしまう。


「大丈夫~。ちょっと()()()()に挨拶するだけだから」


「お客さん? ――っ!?」


 扉の前でいつも控えている警備兵がいない。サウリュエルと話していて気づくのが遅れた。彼らが無断で離れることはありえない。


 グレアムは他の警備兵を呼び出そうとするが、その前にガチャリとサウリュエルが扉を開けて中に入ってしまう。


「おいっ!」


「大丈夫~。彼女は~君に用があるみたいだよ~」


「彼女?」


 グレアムは部屋の中を覗き見る。


 警備兵と熊獣人のダーシュ、そして数人の薬裡衆が床に横たわっていた。胸が上下しているので気を失っているだけのようだ。


 そして、ダーシュの腹に腰掛けている一人の少女。


「やっときたか」


「君は……」


 覚えがある。確かベイセルがどこからか拾ってきた呪いを受けた少女だ。メイド服に身を包んで箒を手にしている。


「これは、君がやったのか?」


「君と話がしたくてな。少々、強引な手を取らせてもらった。()()()()()


「っ!? ……君は誰だ?」


馬頭鬼(めずき)の暁」


「!!!」


 その名を聞いた瞬間、グレアムは拳を握り、両手を掲げた。


「――――――しゃっぁああああ!!!」


 喜びを爆発させる。


(とうとう迎えがきた!

 俺のこの()()()()()()()人生を終わらせてくれる存在が来てくれた!)


 グレアムの歓喜に驚くサウリュエルには目もくれず、暁のもとに駆け寄る。


「待っていたぞ! さあ、俺を――」


「ケルスティン=アッテルベリから伝言だ」


「――え?」


 ケルスティン? 【超回復】スキルを持つ王国の"魔女"? なぜ、そこで彼女の名前が出てくる? 俺を迎えに来てくれたのではないのか?


「一度しか言わないからよく聞け。

 "レナ・ハワードは預かった。

 取り返したければオルトメイアに来い"」


「…………えっ?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。


 レナ・ハワード?


 ムルマンスクの?


 孤児院の?


 レナさん?


 その彼女をどうしたって?


 預かった? 


 取り返したければオルトメイアに来い?


 ……理解したくなかった。


 それはグレアムがまだ生きることを強要する呪いの言葉だったからだ。


(まだ、続くのか? 

 続けなければいけないのか?)


 絶望に思わず膝をつくグレアム。


 暁は地獄の獄卒の役目にふさわしい、最強にして最低最悪の苦痛をグレアムにもたらした。


 今、まさに栄華を極めようとしている(グレアム)の背中が、サウリュエルにはとても小さく見えた。

ようやく章タイトル回収できました。

ちょっと構成失敗したかなと思うところもあったりなかったりします……すみません。

次回は登場人物紹介で、それから4章聖国編に入ります。

エピローグで色々と不穏な空気を撒き散らしていますが最後はハッピーエンド(?)にしようと思っていますので、安心して続きをお待ちください。

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