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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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127 エビローグ6

 アマルネア――人類が竜大陸と呼ぶその中心にその()殿()はあった。


 神殿といえば聞こえはいいが、実際は巨大な竜の屍である。手を一切加えていない。朽ちるままに腐肉と白い骨と乾いた鱗で彩られたそこは神に祈りを捧げる場所として、もっとも相応しいと竜の巫女は思っている。


「……ゼナスか」


 立ったまま瞑目している竜の巫女の背後で人の気配が生まれた。


「はい。巫女様」


 二十代後半の妙齢の女性。人類大陸で工作員として活動していた竜信仰者(ドラゴニスト)の一人だった。ゼナスに比べれば竜の巫女は年の離れた妹のようにも見える。その見た目は年下の少女にゼナスは跪いた。


「報告を」


「……ネイサンアルメイル様が倒されたのは事実のようです」


「……」


 それはわかっていた。ネイサンアルメイルの魂は限界まで摩耗し、もはや竜の巫女でも感知することはできない。既に消滅している可能性もある。問題はそれを誰がやったかだ。竜の巫女は沈黙で続きを促す。


「ネイサンアルメイル様を倒したのは蟻喰いの戦団と呼ばれる集団、その首謀者はグレアム・バーミリンガー」


(グレアム・バーミリンガー……。何者だ?)


 解せない。竜族は<世界線移動(ワールドディシジョン)>が起きればそれを感知できる。ネイサンアルメイルはごく小規模な<世界線移動>を一度しか使っていない。


(なぜ、それで魂が消滅寸前まで摩耗する? 一体、何が起きた?)


 ゼナスは戦いの詳細を報告していく。


(五〇〇メイル級のアーティファクト? まさか<復活(リザレクション)>か?)


 ネイサンアルメイルが上洛戦に挑むために創造魔法で作り上げた強化外骨格。この地を目指す途上で失ったはずである。それをネイサンアルメイルが取り戻すには自分に<復活>を使ったとしか思えない。


 だが、ますます解せない。


 ネイサンアルメイルが<復活>をこの地以外で使ったということは"最強"を諦めたことと同義である。本来、<復活>は朽ちた神に使用してその一部を取り込み最強の力を得ることを目的とする。


 なぜ、ネイサンアルメイルは<世界線移動>ではなく<復活>を使ったのか。<世界線移動>は失敗することがある。他の竜が妨害することがあるからだ。最強を目指しお互いに相争うドラゴン、一方が不利な状況に陥っても<世界線移動>でそれを覆すことはできない。だが、<復活>は妨害を受けない"奇蹟"である。


(妨害を受けたというのか? 竜族以外によって?)


 竜の巫女は<世界線移動>を使うべきか迷った。ネイサンアルメイルが人類大陸に進攻する直前まで世界を戻し、そこでネイサンアルメイルに問い質すことを考えた。


<世界線移動>を駆使する竜族に年数を数えるのは無意味なことである。それでもあえて数えるならば先代の竜の巫女からその地位を受け継いで400年。その間に現在の竜の巫女が<世界線移動>を使ったのは三度。


 アルジニア魔国による<白>の爆撃。


 ダイク=レイナルドの逆侵攻。


 そして、ダイクの曾孫であるマイク=レイナルド・オクタヴィオによる――


 その時、竜の巫女の心臓がドクンと脈打った。巫女の無機質な瞳に感情が宿る。


(まさかマイク? ……いや、そんなはずはない)


 竜の巫女はマイクが存在しない世界へと移動した。彼がこの世界に存在するはずはない。


「……ゼナス。ダイクの系譜が途絶えたのは間違いないな?」


「はい。ダイクの孫のアイクとオリハ。そして曾孫のサザン。いずれも死亡を確認しております」


 ゼナスは震えずに報告できたことに安堵する。ゼナスは竜の巫女からアイクと、もし息子がいれば必ず殺すように厳命を受けていた。


「アイクに息子がいないことは間違いないな」


 竜の巫女は再度問う。


「はい」


 ゼナスは短く答える。震えず答えるにはそれが限界だった。嘘はついていない。アイクの息子は廃嫡され地方都市の孤児院に捨てられたのだ。ゆえにアイクに息子はいない。


 グレアム・バーミリンガーがアイクの息子と知ったのは最近である。そんな事実、恐ろしくてとても報告できなかった。竜の巫女は最強種ドラゴンの中において、最強の一角となる存在である。この大陸において、人間が生存できるのは巫女が家畜として飼っているからだ。


 自分が八つ裂きにされるぐらいならまだいい。だが、巫女の怒りを買って人間が皆殺しになることだけは避けなければならない。ゼナスは悲壮な覚悟を持って、この事実を隠しとおすことに決めていた。


「……そうか」


 巫女が小さく発したその短い言葉に、ゼナスは動揺した。


(気落ちしている? まさか、気のせいだ)


 一片の感情も見せずに、片手で上級竜の首をもぎ取るような女だ。たかが人間一人の存在によって巫女の心が揺らぐなどありえるはずもない。


「引き続きグレアム・バーミリンガーの情報を集め、機会があれば抹殺せよ。私のコピーを使ってもかまわん」


「はっ!」


 無論、ゼナスはそのつもりだ。グレアムは必ず殺す。もはや、アイクの時のように胡乱な手段を使うつもりはない。


 ゼナスは巫女の前から足早に去る。


『くっくっくっ。あのやんちゃ坊主が倒されるとはな。随分と期待をかけていたようだが、残念だったな』


「……わざわざ嫌味を言いに来たのか、ベレドシウス。暇なことだ」


 ベレドシウス――朽ちた神の体に<復活>を施し、蘇った神の力の一部をその身に取り込んだことで最強の中の最強となった一体である。


「それとも神の力を完全に取り込むことを諦めたか。身の程をわきまえたようで祝着至極」


『くっくっくっ。刺々しいな。マイクとかいう虫ケラがこの世界に存在しないことがそれほどショックだったか?』


「だまれ」


 巫女の怒気によってビシリと空気が震えた。


『くっくっくっ。怖い怖い』


 ベレドシウスの気配が消えていく。


 残された竜の巫女の表情は硬い。今更、ショックなど受けようはずがない。この世界に移動してから、マイクの存在はこの竜眼で何度も探したのだ。


 だが、見つからなかった。そのたびに竜の巫女は安堵と失望を繰り返した。


 マイクがこの世界に存在するはずがない。


 だが、もし、万が一、存在しているとすれば……


(考えるまでもない。今度こそ、殺すだけだ)


 世界を救うために。


 そうして、竜の巫女は今日も祈りを捧げる。


 一日も早く、人類が死滅するようにと。

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