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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
291/442

122 エピローグ1

 パン、パン。


 とある村のとある一軒家。その一室で一人の老婆が二度手を叩いた。そのまま、手を合わせ瞑目する。


 老婆の前には衣装棚があり、その天板には台座があってそこに掌に収まるぐらいの直方体の黒い物体が乗せられていた。左右には少量の麦と水が入った器がある。現代日本の知識を持った者が見れば、それはまるで「神棚」のようだという感想をもったことだろう。


 バン!


 外から扉が押し開けられる。戸口に立つのは武装した野卑な男が二人。


「なんだぁ? ババアだけか?」


「おい、見ろよ。やっぱり窓ガラスだぜ。家具もいいのが揃ってる。最近、ここら辺は羽振りがいいってのは本当だったようだな」


「ああ、遠くからやってきたかいがあったってもんだ」


「はて、どちらさまかのぅ?」


 老婆が杖をついて振り返る。神棚の直方体は消えていた。


「おい、婆さん。他の奴らはどこだ?」


「はて? 最近、とくに耳が遠くなりまして」


「他の奴はどこに行ったって聞いてんだ!」


「ええ、ええ。おかげさまで今年七〇になりましてなぁ。ありがたいことです。ほんまに」


 こりゃだめだと男が溜息を吐く。そこに別の男がやってきた。


「おいガキが一匹うろついてやがったぜ」


 抱えていた子供を部屋の中におろす。子供はすっかり怯えていた。


「ぼくぅ。お父さんたちはどこ行っちゃったのかなぁ?」


「あ、あ」


「んー。はっきり言わないとわからないなぁ。おじさん怒っちゃうよ」


 男が剣をぬいて子供の顔に突きつけた。子供はさらに怯えてしまう。


「あ、あの」


「ん~。なんだ婆さん。このガキの知り合いか?」


「ま、孫に」


「ああ、婆さんの孫か。で? 孫が何だって?」


 男は楽しそうに笑う。


「孫に――手ぇ出すんじゃないよ」


「え?」


 パァン!


 笑っていた男の顔が弾け飛んだ。


 何が起きたかわからず茫然としてる別の男に老婆は杖の先端を向けた。


 パァン!


 再び頭が弾け飛ぶ。


「ば、ババア!? 何を――」


 パァン! ドサ!


 三度、銃声が鳴り、男は床に倒れた。


「あ、こんなところに! こら、リット。大人しく納屋に隠れてろっていったろ、このバカ!」


 子供の親と思われる男がやってきて子供に拳骨を食らわす。


「「いてっ!」」


 親子が同時に苦痛を訴えた。老婆が親を杖で叩いたのだ。


「馬鹿はあんただよ! あんたがこの連中の馬が欲しいって村の中まで引き込むから、こんな面倒なことになったんだろ! 部屋の掃除はあんたがしな!」


「か、かあさん。そんなあ」


 情けない声を上げる息子を無視して老婆は杖から黒い直方体を抜き出すと、神棚の上に置きなおした。再び手を合わせ、この黒い直方体とそして御屋形様に感謝の言葉を呟く。


「こんなことして何の意味があるのかねぇ」


「御屋形様がやれというならやるだけさね」


「でもよぉ、お袋。供えた麦や水がいつの間にか消えてるんだぜ。気味悪くねぇか?」


「それが何だい。いくつかの決まり事を守るだけで魔銃を使わせてもらえるんだ。それぐらい安いもんさね。それよりも、連中は全員、片づけたんだろうね」


 五〇人ほどの武装した集団が村に近づいている。見張りの村人から通信器でそう報告を受けた老婆は、どこからか流れてきた傭兵崩れの野盗集団だろうと予想した。門を閉じて村人に魔銃を持つように命じる。連中が穏便に食糧を買うだけのつもりなら受け入れる。そうでなければ防壁上から<炎弾>で撃ち払うつもりだった。


 そこに待ったをかけたのが老婆のバカ息子だった。近々、近隣の村と共同で魔物退治を予定している。その際に馬を持参したいとの意見だ。馬があれば偵察、おとり役、連絡、荷運びと有用で、その分、取り分を多く主張できるというのがバカ息子の意見だった。そして、村の男達もそれに賛同してしまう。


(随分とたくましくなったじゃないさ。つい、最近まで野盗や魔物に怯えて暮らしていたっていうのに)


 こうなったのはこの地方の新たな支配者となったグレアム・バーミリンガーという男のおかげだった。彼は村から税と兵士を徴収する代わりに魔銃と通信器を提供してくれたのだ。


 自衛手段を手に入れた村人達。今まで自分達から奪う存在であった野盗や魔物から、今度は逆に奪う存在となっている。始末した野盗や魔物は自由にしていいというグレアムのお墨付きのおかげだ。特に定期的に湧く魔物はよい財源となっている。積極的に魔物を狩ることで安心して農作業にも従事できる。村は短期間で潤った。


「あ、ああ。予定通り馬も手に入ったよ」


「じゃあ、しっかり分捕ってくるんだよ! 最低でも六は取ってくるんだ!」


「すっかり業突張りになっちまったなぁ」


「なにか言ったかい!?」


「い、いいや!」


「来年にはこの子の弟か妹が生まれてくるんだ! 多少、欲張ったってバチはあたらないよ!」


「聞こえてるじゃねぇか」


 親子達が騒ぎながら外に出ていく。人気のなくなった部屋の中で、神棚に置かれた黒い直方体はブルリと震えると、麦が入った器にゆっくりと移動していった。


 ◇◇◇


「くそっ! どうしてこうなった!?」


 街道を走る馬車の中で一人の貴族の男が頭を抱えていた。


 貴族は暴徒の集団に屋敷を襲撃され命からがら逃げているところだった。


「よろしかったのですか? まだ騎士たちが戦ってるさなかに逃げ出して」


 そう言ったのは男に長年仕える老執事だった。


「知らんのか!? 奴らが持っていたのは"魔銃"だ! 王国正規軍すら退けた最新兵器だぞ! 古臭い剣や槍で勝てるわけがない! くそ! あんなものを我が領地に持ち込む許可を出した覚えはないぞ! どこから流れてきた野盗どもだ!?」


「彼らは野盗ではありませんよ。うちの領民です」


「領民だと!? 領民がなぜ私を襲う!?」


「さて、収穫物の八割も徴収したからでは?」


「バカな! 二割も残してやったのだ! それで十分だろ!」


「そのうえでさらに街道通行税、井戸利用税、河川利用税、農具利用税、はさみ税、包丁税、肉食税、魚食税、パン食税、その他諸々の税をかけたことをお忘れですか?」


「実際に払えたのだから問題あるまい! 『アミの油と百姓は絞れば絞るほど出るもの』という格言を知らんのか!」


「彼らが生きてこれたのは命がけで魔物を狩ってその肉で食いつなぎ、素材を換金していたからです」


「待て! 魔物退治は騎士の務めだ! 百姓風情ができる仕事ではない!」


「ええ。それこそ古臭い剣や槍も持てずに魔物に挑み、犠牲者を出していましたな。そうしなければ彼らの子供や妻が死にますから」


「嘘だ! 魔物退治に向かう騎士団を私は何度も見送った! 奴らは何をしていたというのだ!」


「そこらの村に入り浸って婦女を手籠めにしておりましたよ。初夜権の行使だとかいってね」


「な!?」


「婦女を手籠めにできる権利とでも誤解していたのでしょう。あえてそう誤解していただけかもしれませんが。ああ、そういえば最初に初夜権を言い出したのは旦那様でしたな」


「あ、あれは単に金集めのための方便だ。新郎が金さえ払えば権利を渡していた」


「その割には美人の奥方にはかなり高い金額を設定しておりましたな。とても一介の農夫では払えぬような金額を」


「…………」


「あまり見目のよくない奥方の場合は安く設定し、それでも払えない場合は、騎士どもにさらに安く払い下げておりましたな。さすがに神殿から抗議が入り短期間で撤回されましたが、思えばあれが騎士どもが口実にするきっかけだったのでしょうな」


「……統治には金がかかる。部下たちにも少しはいい思いをさせてやる必要がある。貴様も私の執事をやっているのだ。わかるだろう」


「では()()も必要なことだったと」


「あれ?」


「領民たちにした拷問ですよ。蓑を体に巻き付け、火をつけたりしましたよね」


「……」


「硫黄を混ぜた熱湯を浴びせたり、目や耳から血が出るまで逆磔にしたり――」


「奴らが我が領地から逃げようとしたからだ! 見せしめのために必要だった! やりたくてやったわけではない!」


「その割には楽しそうにやっていたと記憶しておりますが」


「うるさい、うるさい! 今はそんなことよりもこれからのことだ!」


「それもそうですな。それで、この馬車は今どちらに?」


「ジャンジャックホウルだ!」


「ほう、グレアム様の居城に?」


「そうだ! 軍を出して奴らを鎮圧してもらう!」


「ふむ。出しますかな?」


「レイナルドの嫡男だかなんだか知らんが所詮は元奴隷の卑しい身分! 我が家は初代国王オスカーの流れをくむ名門! その当主の私が直々に頼むのだ! 泣いて喜ぶに決まっておろう!」


「…………」


「いや、そもそもなぜうちの百姓どもが魔銃を手にしている? これはあの奴隷あがりに管理責任を問いて賠償金をせしめねば――」


「マジックバッグで持ち込みました」


「――なに?」


「見た目よりも大量に物が持ち運べる魔道具です。グレアム様はマジックバッグのレンタル業も手掛けられておりまして――」


「待て。今、『持ち込んだ』と言ったな。お前が?」


「はい。魔銃を持ち込んで領民に配ったのは私です」


「な、なぜ、そんなことを!? そんなことをすれば、こうなることぐらいわからんのか!?」


「領民にあのような仕打ちをすれば、こうなることぐらいわかったのでは?」


「な!?」


「私の娘を婚姻前夜にさんざん弄んだこともお忘れか? おかげで娘は自死しましたよ」


「…………」


「高貴な血筋と訓練された騎士に守られていれば、何をしても赦されるとでも思っていたのですか?」


 馬車が止まった。


「あなたの愛する領民が外でお待ちです。蓑と硫黄入りの熱湯を持ってね」


「…………」


 貴族の顔は青を通り越して白に近くなっていた。


「ああ、ご安心ください。魔銃と一緒にヒーリング・ポーションも大量に仕入れてあります。使い切るまで死なぬように全身全霊でサポートいたしましょう」

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― 新着の感想 ―
[良い点] スカッとしました!最初のお婆さんの構図興味が湧き、衝撃があって凄く良かったです!  まだまだ謎が一杯で気になります!ですので楽しみに次の更新待ってます!
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