121 メテオ・フェイン
数年前、それはまだグレアムとヒューストームがブロランカ島で生贄奴隷でいた頃の記憶である。
「<隕石召喚>ですか?」
「うむ。そういう名前だけしか伝わっておらん魔術がある」
「なるほど、師匠が使えない魔術というので不思議に思っていましたが、そういう理由ですか」
ヒューストームは【大魔導】スキルを保持する魔術のエキスパートである。魔術と名のつくものは凡そ使用することができる。もっとも今は封印されていて大きな魔力を使用する魔術は使えない状態にあるが。
「魔術式がわからんとさすがにな」
ヒューストームはそう言って盃を傾けた。本当にこの人はいつも旨そうに酒を飲む。自家製でたいして出来もよくないのに。
前世のグレアムは下戸だった。今世の肉体はどうだろうか。試したいと思わないのは飲んだ翌朝、猛烈な頭痛に襲われた記憶があるからだった。
「名前で判断して普通に空から隕石を落とす魔術に思えますが」
いわゆる運動エネルギー爆弾というやつだろう。炸薬の代わりに質量、弾頭硬度、速度といった砲弾自身が持つ運動エネルギーによって対象を破壊する兵器のことである。
"有名どころは『コ〇ニー落とし』だね"
そんな幻聴が聞こえた。
「まぁ、そうじゃろうが、その方法がな……」
「ああ」
召喚魔術は数は少ないがいずれも難易度の高い技術だ。さしもの師匠でも手こずるのだろう。
「若い頃、作ってみたんじゃ。遥か彼方の虚空にある石っころを召喚する魔術をな」
「…………」
既に作ってらした。どうもまだまだグレアムはこの大賢者を過小評価していたようである。
「なに、<物品召喚>というマーキングした物体を手元に引き寄せる魔術があるじゃろう。それの応用で手元の概念を――、ああ、まぁ、細かいことはともかく、おおそよ<隕石召喚>といえるような代物はできたんじゃがな……」
「その様子ではあまりよい結果は得られなかったようですね」
「うむ。大抵の石は地表に到達する前に燃え尽きてしまってな」
「あー」
大気圏突入時の大気との摩擦熱はかなりの高温になると聞く。件の『コ〇ニー落とし』も地表に到達する前に、大半が燃え尽きて大きな被害は起こせないという説もあったような。
「よしんば燃え尽きずに残ったとしても、地上の狙った場所に当てることも難しい。攻撃魔術としては不安定で使い物にならんかった」
結局、恐竜が絶滅するレベルの隕石でもないと攻撃手段としての効果は期待できないのだろう。確か白亜紀末に飛来したそれは直径10キロメートルの大きさだったとか。そんなの味方にも被害甚大どころか人類が危うい。
だが――。
「まぁ、所詮、伝説は伝説ということじゃな。……どうした?」
グレアムは思いついた自分のアイデアを話す。
「……なるほど。確かにそれならば使いものになりそうじゃ。じゃが、厳密に言えばそれは<隕石召喚>とはいえぬな。……うむ、そうじゃな。さしづめそれは――」
◇◇◇
ネイサンアルメイルは<復活>の"奇蹟"によって、自身の肉体と霊体が復元されていくのを実感していた。無論、憎きバールメイシュトゥアシアに食いちぎられた左腕も完全に回復している。
そして、"ジールメサイア"。
それは二百年の歳月と延べ二千万の眷属"ネルシ"を投じて創造魔法で作り上げたネイサンアルメイル専用の強化外骨格。"ダオン"のような巨大移動生産工場と異なり、完全に戦闘に特化した武装アーティファクトだ。
バシュゥ!
虫けらどもから一条の黒い閃光が放たれる。オーソンの協力で魔力を回復したキュカ・ハルフレルが<破壊光線>を放ったのだ。
それを"ジールメサイア"の中で感知したネイサンアルメイルは嘲笑って無視する。虫けらどもが使う魔法擬きがこの"ジールメサイア"に通じるはずもない。黒い閃光は"ジールメサイア"に傷一つつけることも叶わなかった。
(くっくっくっ。虫けらどもが慌ておる)
眼下の虫どもは"ジールメサイア"の威容に恐慌状態だ。走り回るもの、石をなげるもの、泣き叫ぶもの、地面に蹲るもの、ただ茫然とこちらを見上げるもの。もはや統制もなく、ただ好き勝手に思うがままに振舞っている。
本能で虫けらどもは悟ったのだ。この"ジールメサイア"を前にした今、自分達がただ哀れに潰されるだけの塵芥以下の存在でしかないことに。
(もう少しだ。待っておれ)
"ジールメサイア"の両腕は手首まで復元されていた。両手から放たれる重力魔法の威力は数倍に跳ね上がる。アダマンタイトによる反魔法のちっぽけな抵抗など意味はなくなるのだ。
(あの黒い羽虫も大きな虫けらも神気を発した地虫も、まとめて押し潰して地面のシミにしてくれる。――?)
既に太陽は沈み薄暗い夕暮れ。その空の一角が輝いている。
(流星?)
上空から"ジールメサイア"目掛けて接近する飛来物。常時発動している眷属"ガウ"の探知魔法が弾かれた。
(アダマンタイト!? あれはまさかアダマンタイトの塊か!)
<隕石召喚>
それは宇宙空間に漂う隕石を落下させる魔術である。グレアムは隕石の代わりに通常の一万倍にしたレールガンの弾体に代えた。アダマンタイトの弾頭は大気との摩擦熱に耐え、内部のオリハルコンによって誘導も可能となる。<隕石召喚>の欠点を補った改良型<隕石召喚>――
『――さしづめそれは<偽装隕石召喚>とでも呼ぼうか』
「GUOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
ネイサンアルメイルが吠えた。
(小賢しい!!!)
復元途中の"ジールメサイア"の両腕を天空に掲げ、重力魔法を全力で展開する。回避を選択しなかったのは最強種ドラゴンとしての矜持だった。この"ジールメサイア"を纏ったネイサンアルメイルがたかが虫けらの魔法擬きで逃げるわけにはいかない。
ガギイィィィィン!!!!!
魔法による斥力場と百キロを超すアダマンタイトの塊が空中で激突した。
(うぉぉおおおお!!!)
七色の光が火花のように激しく飛び散る。ネイサンアルメイルの魔法と運動エネルギーの爆撃はしばらく拮抗し――
やがて、明らかな勝敗を示し始めた。
ネイサンアルメイルとグレアムがそれを察したのはほぼ同時だった。
ネイサンアルメイルは、"勝利"を――
グレアムは、己の"敗北"を察した。
ネイサンアルメイルの両手が復元するにつれ斥力場の威力が強くなっていく。アダマンタイトの弾頭はいずれ弾き返される。両者はそれを予感、否、予知した。
(ハァハハハハハ!!!!! 無駄な抵抗だったな、虫けらぁ!!!!!)
勝利を確信し嗤うネイサンアルメイル。
一方、グレアムは――
(やはり負けたか)
その結果を静かに受け入れていた。
グレアムは"ロードビルダー"という上級竜を見損なっていた。グレアムは蟻喰いの戦団をここまで危険に晒すつもりはなかった。クサモまで"ロードビルダー"を誘導後、ジャックスのレールガンによる銃撃で極めて低リスクで"ロードビルダー"を始末できると考えていた。
だが、"ロードビルダー"は自身の肉体や王国討伐軍の遺体を利用して多数の眷属を生み出し"世界線移動"を封じているマデリーネを殺さんと激しく攻勢をかけてきた。
リーの指揮、ミストリアの機転、そしてオーソンの援軍がなければ守ることはできなかった。そして、コボルトを生き残らせるというグレアムの致命的なミス。それをスヴァンがカバーしてくれた。その命をもって。
(俺は無能だ。前世の知識と優や師匠の才覚を借りているだけの凡人でしかない)
奇しくもグレアムは、ジョセフが幾度も上級竜に挑み、その果てに得た無力感と似たものを感じていた。
ジョセフは絶望し自暴自棄になった。
そしてグレアムは――
「グレアム!?」
<飛行>魔術で宙に浮かぶグレアム。そのまま巨大な姿に変身した"ロードビルダー"の前に佇む。
無能な自分を助けてくれたのは部下達だった。
だから、グレアムは最後も部下に頼る。
「ミリー。俺を、助けてくれ」
"ロードリサーチャー"による通信妨害を受けている状況で、グレアムの言葉がミリーに届くはずもない。
だが――
ドォッォオン!
クサモから遠く離れた地から雷が落ちたような轟音が轟いた。
◇
(―――――――? は?)
ネイサンアルメイルはわけがわからない。
天空から降ってきたアダマンタイトの塊を弾き返さんとしている横から、小さなアダマンタイトが飛んできてネイサンアルメイルの頭蓋を貫いた。"ジールメサイア"の強固な装甲を貫いて。
ネイサンアルメイルはわけがわからない。
どうして"ジールメサイア"の中にいる自分の正確な位置を知ることができたのか。
ネイサンアルメイルはわけがわからない。
重力魔法による斥力場が解除され、百キロを超える重量のアダマンタイトが"ジールメサイア"に直撃した。
ネイサンアルメイルはわけがわからない。
自分が虫けらなんぞに――
「虫けらあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
◇
ピッーーー。
リーが持つ残魔力量を示す魔道具が警告音を発する。目盛りは一気にゼロになっていた。
「<魔壁>――広域展開!」
魔力障壁がクサモを広範囲に覆う。その直後、<偽装隕石召喚>による衝撃がクサモを襲った。
次回から三章エピローグになります。
なるべく短くするように頑張ります。