120 終わる世界 46
オーソンがリーの援護に行った後、グレアムは手近にいる四体のアーク・スパイダーを呼び寄せていた。それぞれに自分の胴体と骨折した両脚、左腕に糸を巻き付かせる。
「ぐっ!」
グレアムの合図で腕と脚の糸を引っ張らせる。当然、グレアムに激痛が襲った。
骨折治療の基本、整復だ。折れた骨をもとの位置に戻す作業である。そのうえでグレアムは<再生>をかける。整復をしないと歪な形で腕が修復されてしまう。
若干、左脚に痛みが残る。砕けた骨片が残っているのかもしれない。こういうことがあるのでいっそのこと脚を切り落として<再生>をかけたほうが十全に回復する。失った右腕は<再生>で痛みもなく動かせた。
とはいえ、自分から進んで四肢を切断する気になれない。落ち着いたら医者を呼んで診てもらうことにした。
グレアムは半壊した防御塔の壁によりかかり戦況を確認する。
上空の"ロードガーディアン"はガトリングガンとアーク・スパイダーによってほぼ殲滅が完了している。地上は大型竜をオーソンが三体とも仕留めた後、残った"ロードランナー"を王国軍と共同で掃討している最中だった。マデリーネを囲むディーグアントの即席防壁は二か所で大きく破られていたが、リーとミストリアの指揮のもと、しっかり敵の侵入を防いでいる。
「?」
最初、グレアムはそれが何かわからなかった。
マデリーネの背後に表われた黒い物体。<視力増加>で映し出したそれは泥だらけの――
(コボルト?)
なぜ、今、この魔物がそこにいる? 魔物を生む瘴気が発生する時間でもない。そもそもマデリーネによって瘴気そのものがクサモに発生しなくなった。
(もとから、いた?)
地面に深く開いた穴。そこから這い出てきたようだった。
(なぜだ?)
確かに以前のクサモではコボルトが湧いた。コボルトは穴掘りが得意な魔物だが、毒スライムで操れない。湧いたら都度、処分するように命じていた。ディーグアントの唾液で塗り固めた壁を掘り進めて地上に出てくる危険性があったからだ。
そのコボルトは戦団の最古参メンバーの一人であるアントンがかつて寝坊によって見逃してしまった生き残りだった。他のコボルトは水没した地下で溺れ死んだが、この個体のみ生き残って地上の喧騒に向かって掘り進んでいた。
そして、地上に表われた場所がマデリーネの真後ろだったのはただの偶然である。
グレアムにとっては"不幸"な偶然であり、ロードビルダーにとっては"幸運"な偶然である。
人を襲う魔物の本能に忠実に、そのコボルトはもっとも手近なマデリーネの首に嚙みついた。
グレアムが警告を発する間もない一瞬のことだった。
マデリーネの首は噛みちぎられ、地面に転がった。
その瞬間、世界は―――――――――――――――――繧「繝懊?繝医?繝√ぉ繝?け繧「繧ヲ繝医?∝イク螢√?∝娼縺阪??シ抵シ撰シ抵シ托シ撰シ呻シ撰シ暦シ托シ難シ包シ費シ難シ偵?√☆縺ケ縺ヲ縺ョ縺ァ縺阪#縺ィ縺瑚ィ倬鹸縺輔l縺ヲ縺?k繧「繧ォ繧キ繝?け繝ャ繧ウ繝シ繝峨↓螟ゥ鮴咲嚊莉」逅?い繧ッ繧サ繧ケ?昴ヱ繧ケ繝ッ繝シ繝会シ壹¥縺?ス偵▽縺?♀?撰シ?縺ゑス難ス?ス?ス?ス茨ス奇ス具ス鯉シ幢シ壹?搾ス夲ス?ス厄スゅs?阪?√?ゅ?繝サ?・
その瞬間、グレアムの知っている世界は、終わった。
◇◇◇
「はっ!?」
気づけばグレアムは半壊した防御塔の床に横たわっていた。体にはアーク・スパイダーの糸が巻き付いている。
「ぐっ!」
アーク・スパイダーが糸を引っ張っり、グレアムに激痛が走る。
(っ!? なんだ!? 何が起きた!?)
混乱する頭で考える。
「時間が、戻った?」
(それをなぜ俺が認識している? いや、それよりも――)
崩れ落ちた壁に<再生>もしていない足で駆け寄りマデリーネの姿を探す。
無事なマデリーネの姿。そして、その背後には、やはり泥だらけのコボルト。
その間にスヴァンが割って入っていた。
◇
スヴァンが自らの意志で自分のスキルを使ったのは生まれて初めてのことである。
マデリーネの生首が地面に転がっているのを見た時、気が狂いそうになったスヴァンは自分の首にナイフを突き立てることに躊躇いを覚えなかった。それとも、あまりにも殺されすぎたから死への感覚が既に狂っていたのかもしれない。
【ロールバック】
死をトリガーに過去に戻るスキル。ただし、戻れる時間は完全にランダム。スヴァンが過去、【ロールバック】を発動して戻った時間は最長で24時間前、最短で30分前であった。そして今回は――
(たった、10秒!?)
リーから受け取った時間を測る魔道具の針が冷酷にその事実を伝える。
スヴァンは先ほど自分の首を貫いたナイフを持って無我夢中で飛び出した。ナイフがコボルトの胸を抉る。だが、コボルトの牙はスヴァンの首に深く突き刺さっていた。
襲撃に気づいた護衛の少女がコボルトに<炎弾>を撃ち込む。スヴァンに覆いかぶさったコボルトは糸が切れた人形のように力を失った。
「げほっ」
首から大量の血が心臓の鼓動にあわせて噴き出す。神霊術による回復は魔力が乱れて使えない。亜空間からヒーリング・ポーションを取り出そうとして、王国軍のために全部供出したことを思い出した。護衛の少女達も持ってないだろう。スヴァンをはじめ、聖女に近い人間が率先して供出したのだから。
つまり、自分が助かることはない。そう理解したスヴァンは――
(ああ、結婚、したかったな)
最後にそう想い残し、二十四年の短い生涯を終えた。
◇
(あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
ネイサンアルメイルは激怒した。燃え狂う憤怒の感情に気が狂いそうになる。
(卑劣! 卑劣なり!)
ネイサンアルメイル自身の豪運によって掴んだ勝利。
それが、手から零れ落ちた。
否、掠め取られたのだ。
時間を戻すなどという卑劣な手段によって!
(卑怯者どもめ! かような卑劣な手段を使って我から勝利を掠め取るなど、許されることではない!)
ドラゴンは最強である。ゆえに傲慢であり、自身を省みることなどない。<世界線移動>でネイサンアルメイルに有利な世界に変容しようとしたことも忘れ、怒り狂った。
そして、その怒りのままに今度こそもう一つの"奇蹟"を発動させる。
<復活>
それは単に肉体と霊体を回復するための手段ではない。ネイサンアルメイル最盛期の状態を完全に復元する回復魔法を超えた礼装神言である。そしてネイサンアルメイルの最盛期とは上洛戦を挑む直前の状態であった。
その代償は大きい。
魂力を使い果たし、もはや"奇蹟"を使うことはできなくなる。
(かまわん! 虫けらどもは皆殺しだ! 一匹残らず殲滅してくれる!)
地上に太陽のごとき白い光が顕現した。
◇
スヴァンのもとに急行したグレアムは<怪我治療>、<再生>、ヒーリング・ポーションと持てる手段を使ってスヴァンの回復を試みる。
だが、ついにスヴァンの濁った目に光が戻ることはなかった。
グレアムは血が滲むほど強く拳を握りしめた後、そっとスヴァンのまぶたを閉じた。
突如、クサモの外で眩い光が迸った。
「!?」
光の中から何か大きなモノが形作られつつある。その威容は優に五百メイルを超えていた。
『グレアム、あれを使いなさい』
マデリーネの体を借りた何者かがそう語りかけてくる。
『急ぎなさい。間に合わなくなる。彼の死を無駄にしてはいけません。……あなたを助けられなくて、ごめんなさい』
スヴァンの遺体に目を向けた後、マデリーネは崩れ落ちた。護衛の少女がそれを支える。
彼女が言っていたあれについて、グレアムは何の疑問も差し挟まず理解する。
それはグレアムの最後の切り札、対軍用戦略級魔術――
「<メテオ・フェイン>」
次回、ロードビルダー戦、クライマックス