119 終わる世界 45
オーソン=ダグネル。
【全身武闘】と【気配感知】スキルを持つ蟻喰いの戦団副団長である。
不安定な<飛行>魔術によってジャンジャックホウルからクサモに極めて短時間で飛んできた彼は上空から急降下してきた"ハイガーディン"と偶然にも激突する。
オーソンとしては突如赤い物体が目の前に表われたと思った瞬間に自分と衝突し、それは斜め下に弾かれてクサモの防壁に高速でぶち当たる。その衝撃で、多大な工数と予算をつぎ込んで補修した防壁が広範囲に崩落していく光景を目の当たりにしたオーソンは焦燥を覚えた。
(あれ、もしかしなくても俺のせいか? というか今、飛んでったやつ、……敵でいいんだよな?)
オーソンは現在クサモで起きている状況を把握しているわけではなかった。知りたくとも、なぜかクサモの戦団と通信できなくなっていたからだ。
(…………よし!)
「蟻喰いの戦団副団長オーソン=ダグネル、見参!」
とりあえず、勢いで誤魔化すことにする。戦場であんな目立つ色をした非常識な奴が味方のはずない、と【全身武闘】のオーラで体を黄金色に輝かせながらオーソンは割り切った。
さて、グレアムはどこかとオーソンはグレアムの気配を探した。グレアムは――
「グレアム!?」
半壊した防御塔の中で無残な状態にあった。全身から血を流し右腕が無くなって左腕、右脚はあらぬ方向に曲がり、左脚は骨が突き出していた。オーソンはすぐに駆け寄ろうとしたが、
『俺は大丈夫だ! それより――』
耳につけたロックスライムの通信器からグレアムが制止した。命に別条はなさそうでひとまず安堵する。
『なぜここに? いや、それよりも、すぐにリーの援護にいってくれ』
「む?」
眼下では激しい戦闘が行われていた。カーキ色の戦闘服を着た団員から赤い閃光がいくつも飛び交っている。他にも王国軍らしき兵士達。戦っているのは――
「ドラゴン!? なるほど、事情はわからないが、よいタイミングだったというわけか」
オーソンがクサモに来たのは直接報告したほうがよいことができたからだ。一つはドッガーの脱走。一つはイリアリノス連合王国のイリアス王家の遺児が戦団に保護を求めてきたこと。後者についてはベイセル=アクセルソンの意見も必要だろう。ジャンジャックホウルでの防備態勢が整ったこともあり、少しくらいならジャンジャックホウルから自分が離れても問題はない。
だが、それらのことを今、長々と報告している暇はない。だから、今、もっとも重要なことだけを端的に伝えるにした。
「ヒューストームが目を覚ましたぞ!」
『っ!』
グレアムは一瞬、驚きの表情を見せたあと、安堵したように微笑んだ。オーソンはその顔に年相応のあどけなさを感じた。
そう、まだグレアムは13歳の少年なのだ。そのことを思い出したオーソンは
「あとは任せておけ!」
そう言い残し、オーソンは急降下を開始した。
◇
盲目の大型竜に執拗に攻撃を続けるアマデウス・ラペリ。頭、胴体、首、関節の柔らかい部分を狙って刺突と斬撃を繰り返す。大型竜は全身から血を流しながらも激しい抵抗を続ける。
(おそるべき生命力! だが、倒せなくとも聖女様から遠ざけることはでき――)
「!? アマデウス!」
キュカからの警告。
「っ!」
リーとミストリアの銃撃をかいくぐってきた一体の小型竜がアマデウスに飛び掛かってきた。
アマデウスは剣を突き刺して小型竜を仕留めるが、一瞬、動きを止める。そこに大型竜の巨大な口が襲いかかった。
「っ!?」
ブシュッ!
(片腕を、持ってかれた)
大型竜の口の端に、アマデウスが長年慣れ親しんだ右腕がぶら下がっていた。
大型竜は腕を軽く咀嚼すると、フンフンと鼻を鳴らす。
(なにを――?)
疑問を感じた瞬間、目が見えないはずの大型竜はアマデウスに向かってまっすぐ突進してくる。
(こいつ、俺の血の匂いを!)
大型竜に吹き飛ばされるアマデウス。
別の大型竜の足元を<アイス・ロック>で固めていたキュカ・ハルフレルはそれを見ていることしかできなかった。
(ああ、もう! こんなことなら【ドレイン】しとくんだった!)
十分な魔力さえあれば大型竜といえどキュカの敵ではない。だが、昼間の戦いで魔力は使い果たし、わずかに回復した魔力も聖女のもとに来るための<飛行>でほとんど残っていない。
ブチ、ブチッィ!
「っ!」
動きを封じていた大型竜が自らの脚を引きちぎる。自由になった大型竜の目標は自分に魔術をかけていたキュカ――、ではなく聖女だった。
失った脚の断面を地面に突き立てて突進を開始する。それを止める存在は、誰もいない。
昼の戦いで散々苦しめられた蟻喰いの戦団のガトリングガンは、最後とばかりに突撃を敢行する"ロードガーディアン"の迎撃で手一杯だった。
「――ええい、女は根性!」
キュカは大型竜の進路上に割って入って<魔壁>を準備する。だが、大型竜の突進がキュカの予想よりも速い。<魔壁>の展開が間に合わない。キュカは自らの失敗と死を悟った。
ドゴォォオオン!
「!?」
突如、天空から降ってきたそれは拳の一撃で大型竜の頭をまるで地面に落としたスイカのように潰していた。
「お、オーソン=ダグネル!?」
オーソンは血塗れの拳を引き抜くと、盲目の大型竜に向かって飛ぶ。
ドォン!
気を失っているアマデウスに止めを刺そうとしている大型竜の横腹に大穴を開けた。
心臓を潰された大型竜は地面に倒れた。
(こ、これが"重装"オーソン)
自分達が苦戦した大型竜をいとも容易く葬るオーソンにキュカは心の底から震えた。
そのオーソンはアマデウスに何かを振りかけた後、キュカを手振りで呼んだ。
「あんた魔術師か? <飛行>魔術は使えるか?」
「え、ええ、使えるけど」
「なら俺に<飛行>をかけなおしてくれるか?」
キュカはアマデウスを見た。残る魔力はアマデウスに治癒魔術をかけてやりたい。それぐらいの義理はある。
「彼なら問題ない。さっきヒーリング・ポーションを使った」
「それなら」
キュカは杖をかまえて瞑目すると――
「ってなにこれ!? どんな素人にかけられたのよ! 無茶苦茶じゃない!」
オーソンに付与された魔術のあまりの酷さにオーソンへの畏怖も忘れてしまう。
「病み上がりでな。勘弁してやってくれ」
「ただでさえ他人が付与した魔術を上書きするの、すっごく面倒なのに!」」
文句を言いながらもキュカは手早く付与を完了させる。上位魔術師に相応しい腕前だった。
「このでかいのはあと何体いる?」
オーソンは自分が潰した大型竜を見て訊ねた。
「多分、あと一体よ」
「よし、そいつは俺に任せろ。代わりにそいつを頼むぞ」
まるで長年の戦友に頼むかのような気安さだった。キュカは悪い気はしない。オーソン=ダグネルが持つ器がそう感じさせるのかもしれない。
是非、彼には魔力回復の手伝いをお願いしたいとキュカは思った。
◇
趨勢は決した。
ネルシの上位種"グアイサ"が乱入してきた大きな虫けらにいとも容易く撃破されていく姿を感知したネイサンアルメイルは自らの敗北を悟る。
神気を発する地虫を殺せない以上、<世界線移動>は起きない。ネイサンアルメイルの心に失望と虚無が訪れる。
だが、それも一瞬、次に猛烈な怒りに襲われる。
(許さんぞ! 虫けらども!)
ネイサンアルメイルにとっての敗北とは竜大陸の中心地にいるナムネストとの邂逅が永遠に叶わなくなることである。断じて、虫けらどもに殺されることを意味しない。
ネイサンアルメイルは自身が使えるもう一つの"奇蹟"を発動させる――その直前、
(!?)
突如、世界が変容を始めた。
(<世界線移動>が始まった? なぜ、突然?)
眷属ガウの探知魔法を通して状況を把握する。
あの神気を発する地虫は――
首を噛みちぎられていた。