118 終わる世界 44
ゴォウ!
クサモ上空から吹き荒れた爆風がリー達を襲った。直後に雷が落ちたような轟音がとどろく。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「わ、わかりません」
リーはマデリーネの無事を確認する。先ほどの爆風と轟音にも身じろぎせず、今も空中の一点を見つめ続けていた。
安堵したリーは傍らで蹲るミストリアに声をかける。耳のよい彼女には今の轟音はきつかったようだ。
「おい、だいじょう――」
「っ!? リー指令! 大型竜が王国軍を蹴散らしながら接近!」
ディーグアントの即席防壁上にしがみついていた団員がそう報告してくる。
「――来ます!」
そう叫んだ直後―――
ドォン!
防壁が破壊され、バラバラになったディーグアントがリーの足元にまで転がってくる。
表われたのは"ロードランナー"をあらゆる方向に五倍大きくしたような個体だった。
「GAAAA!!!」
大型竜が吠えた瞬間、目標に向かって駆け出す。
「ミストリア! 目だ!」
「り、了解!」
リーとミストリアは左右に分かれ大型竜に向けて魔銃のトリガーを引いた。
リーの<炎弾>はかろうじて大型竜の左目を撃ち抜く。だが、ミストリアの銃撃は上に拳一つ分外れてしまった。
(さっきの轟音の影響か)
ミストリアは戦団でも五本の指に入る魔銃の腕前である。本来の彼女ならこの距離で外すことはありえない。ならばとリーが右目も撃ち抜こうとするが、大型竜は激しく頭を振って狙いをつけさせなかった。
そこに――
「まかせろ!」
<飛行>魔術で空中を飛んできたアマデウス・ラペリが大型竜の右目を斬りつけた。
「GUAAAA!!!」
両目を潰され目標を見失った大型竜は見境なしに暴れ始めた。リーとミストリアは頭を狙って銃撃するが――
「硬え! なんて耐久力だ!」
「リー! 破られた防壁から小型竜が!」
「くそ、わらわらと! おい、アマデウスとか言ったか! あの大型竜はお前たちに任せる! 聖女に近づかせるな!」
「承知した! やるぞ、アンドレアス! キュカ、援護しろ!」
「おうよ!」
「人使いのあらい男ね!」
アンドレアスも<飛行>で空中に飛び上がると、大きく振りかぶった戦槌を大型竜の胴体に叩きつけた。
ドゴォン!
「GAA!!!」
さらにアマデウスが首を斬り落とさんと大型竜の背面から何度も剣を振るう。キュカ・ハルフレルからも<ライトニング・ネット>が飛んだ。
だが、それでも大型竜は暴れまわるのを止めない。アマデウスの斬撃は硬い鱗を傷つけるだけに終わり、魔術の網も強引に引きちぎる。さらに無茶苦茶に振り回した大型竜の尻尾が追撃しようとしていたアンドレアスを吹き飛ばした。
一方で破られた防壁からは小型竜が次々と侵入してくる。リーとミストリアはそれを必死に迎撃する。
「スヴァン! あと、どれくらいだ!?」リーの必死の叫び。
「450! あと、150です!」
「王国軍は何してる!?」
リーの疑問に防壁上で魔銃を撃っていた団員が答えた。
「別の大型竜と交戦中! っ!? さらにもう一体、大型竜が接近! まっすぐこちらに向かってきます!」
「ちくしょうが!」
王国討伐軍の参戦によって一度は戦団側に傾いたかに思われた天秤は、三体の大型竜によって再びドラゴン側に傾きつつあった。
◇
地上戦が佳境を迎える少し前――
魔導兵装オードレリルの自動迎撃機構によって二体目を倒した後、"ハイガーディアン"はグレアムの相手を止めたようだった。
(!?)
一体の"ハイガーディアン"がグレアムの横を素通りする。オードレリルは反応しなかった。
(こいつら、マデリーネに狙いを絞ったか)
左手の魔銃から発した<目標指示>に導かれ複数の黒い光線が素通りした赤い人型ドラゴンを消滅させる。
だが、それは罠だった。グレアムが視線を外している間にオードレリルの自動迎撃機構が再び発動する。
バシュウゥ!
破壊光線が放たれる。
(こいつら、味方を盾にして!?)
二体の"ハイガーディアン"が並んで突進してくる。
<破壊光線>を受けている前の個体は致命的な損傷を受けているがスピードは落ちていない。黒い閃光が前の個体を貫いて後ろの個体に届く前にグレアムに急接近した。
(まずい!)
シールドを張りつつ回避しようとする、が――
ドォン!
直撃。
"ハイガーディアン"の巨体がグレアムと激突した。
「!?」
木っ端のように吹き飛ばされたグレアムは防御塔の壁に激突して中に突っ込んだ。
(――――――――)
激痛が全身を襲う。生きていたのが奇跡だった。体中が骨折している。内臓もいくつか破裂しているようだ。無意識にオードレリルを巻き付けた右腕で頭を庇ったから命を失わずに済んだ。その代わりにオードレリルを失った。グレアムの右腕はどこかに消え失せていた。
手放したくなる意識を治癒魔術を使って必死に繋ぎとめる。ここで意識を失えば終わりだ。
(あの"ハイガーディアン"はどこにいった?)
霞む視界で敵を見つけようとするが体はまったく動かない。その代わりタウンスライムの敵意感知が"ハイガーディアン"の場所を教えてくれた。
"ハイガーディアン"はグレアムを吹き飛ばした後、そのままクサモを通り過ぎて停止、直後に上昇を開始していた。
(何を?)
"ハイガーディアン"がもたらした衝撃波は防御塔の天井を吹き飛ばしていた。仰向けのグレアムの目に薄闇の空が映る。そこに豆粒ほどの大きさとなった"ハイガーディアン"の赤い体を見つける。
(…………上空から超音速で落下し、その衝撃波で何もかもを吹き飛ばすつもりか)
"ハイガーディアン"の意図を察したグレアムは<破壊光線>の長距離射撃で落下を開始する前に撃ち落とそうと試みる。
だが、左手に握っていた魔銃は消え失せていた。亜空間から新たに魔銃を取り出そうとするが指先一つ動かせなかった。自動迎撃機構もオードレリルを失った今、使用できない。
(まずい。迎撃する手段がない)
「ぐっ」
必死に考えを巡らせるが、有効な手段が思いつかない。
(まずい! まずい! まずい! まずい! まずい! まずい!)
焦るグレアム。そして――、"ハイガーディアン"が落下を開始する。
「逃げろ、マデリーネ!」
血を吐きながら必死で叫ぶグレアム。
落下してくる赤い物体。
絶望の眼差しで見上げるグレアム。
その視界に、横から高速で飛行してきた物体が落下中の"ハイガーディアン"と衝突した。
「!?」
ドドォン!
弾かれた"ハイガーディアン"がクサモの防壁に激突して、壁が広範囲に崩落していく。
直後、高速飛行物体同士の激突で生じた衝撃波によって旋風が吹き荒れた。
ゴォウ!
それが止んだ時、一人の偉丈夫が腕を組んで空中に佇んでいた。
それは――
「蟻喰いの戦団副団長オーソン=ダグネル、見参!」
グレアムがこの世界でもっとも信を置く二人。そのうちの一人だった。