115 終わる世界 41
ドォォン!
雷が落ちたような音が響いた瞬間、"ロードビルダー"の胸に穴が開いていた。
わずかに遅れて赤い血が溢れる。"ロードビルダー"はそれを意外そうに見つめた後――
「GUOOOOO!」
咆哮を上げた。
"ロードビルダー"の胸に穴を開けた攻撃はレールガンによるものだ。"ロードビルダー"の正面は空間を捻じ曲げられて弾頭が体に届かない可能性がある。<破壊光線>の集中攻撃で前方に注意と防御を集め、背後から狙撃させたのだ。
(一発だけ。やはりミリーはダメだったか)
蟻喰いの戦団が所持しているレールガンは二丁。ミリーとジャックスを射手に任じ、視認による狙撃を命じた。ジョセフの時と違い、今回は<目標指示>による誘導狙撃はしなかった。<破壊光線>と同じように<目標指示>が"ロードビルダー"の体に届かないかもしれないからだ。
しかし、聞こえた発射音は一つ。"ロードビルダー"に開けた穴も一つ。ミリーは味方を誤射したトラウマから生き物に向けてトリガーを引くことができなくなっていた。その事実は認識していたが、ヘイデンスタム軍との戦いの前にミリーをクサモ近郊の山に配置していたため、射手の交代が難しかったのだ。
(まあいい。効果は十分だ)
どんな傷もほとんど一瞬で回復してしまう"ロードビルダー"の超回復能力。だが、アダマンタイトの弾頭で開けた胸の穴は塞がることなく血が流れ続ける。アダマンタイトでつけた傷は回復しにくいという情報は確かなようだ。
(『ジャックス、次弾撃てるか? 止めを刺す』)
『あと一分くれ』
レールに流し込まれた大電流によって発生するローレンツ力を利用して音速の数倍の速度で弾を発射するレールガンは、その特性上、砲身を過剰に傷める。次弾発射のために砲身の交換が必要だった。
(『了解』――?)
"ロードリサーチャー"?
どこからともなく翼竜が出てきた。
(『すぐにそこから離れろ! レールガンは放棄!』)
"ロードビルダー"の意図を察したグレアムは叫んだ。だが、命令がジャックスに届いている様子はない。
(通信妨害!? まずい!)
今までの攻防から"ロードビルダー"の索敵能力は低いことはわかっている。"ロードリサーチャー"はそれを補うための眷属なのだ。
"ロードビルダー"は右手を後方に向けた。その先は何もない平原。偽装していて姿が見えないが、そこにジャックスがいるはずだ。
<破壊光線>が"ロードビルダー"の右腕を吹き飛ばすのと、平原が広範囲に陥没したのはほぼ同時だった。
(『ジャックス! 無事か!? 返事をしろ!』)
"ロードリサーチャー"を殲滅しつつ、ジャックスに呼びかけるも応答がない。
(くそっ!)
牽制のつもりで<破壊光線>を"ロードビルダー"に向けて放つ。
(!?)
先ほどまでと比べて明らかに抵抗が弱い。一条の黒光が"ロードビルダー"の体を貫いた。
「GAAAA!」
口から血を迸らせながら"ロードビルダー"が吠えた。
ここが勝負所だと直感したグレアムが火力を上げる。
黒光の濁流が"ロードビルダー"の左腕を破壊し、肩を、脚を、腹を、心臓を貫いた。そして、頭部が消失する。
ボロ布のようになった"ロードビルダー"は浮力を失い、堕ちていった。
◇
(……見事だ)
ネイサンアルメイルは本心から賛辞を贈った。
(虫けらの分際で二度もこのネイサンアルメイルを殺すとは)
ドラゴンに「即死」という事態は起きえない。ドラゴンは最強の肉体とともに、最強の霊体もあわせ持つ。ゆえに、肉体を失ったとしても僅かな間であれば思考できるし、魔法の行使も可能だった。
しかし、ここまで体を傷つけられればいくら回復魔法でも修復は不可能だった。何よりアダマンタイトでつけられたと思しき胸の傷が致命傷だった。ネイサンアルメイルに残された時間はわずかである。
(問題ない)
我らが神より与えられし至高の力――"世界線移動"。
魔法の上位霊法――礼装神言"奇蹟"に属する神の力だ。
この力がある限り、虫どもは――否、あらゆる種は、ドラゴンに勝利することはできない。
とはいえ無制限にこの力を使えるわけではない。
"奇蹟"を行使するのに使用する力は魂力だ。世界改変の影響が大きければ大きいほど"世界線移動"を行使する魂力は消耗し、それは永劫回復することはない。
魂力を失えば、もはや他のドラゴンに勝利する術はなくなる。老竜として惨めにアマルネアから追い落とされるだけである。
(虫けらに二度も使わせられるとは。
認めよう。虫けら。
お前は有象無象の虫けらではなく危険な虫けらだ)
ネイサンアルメイルは"世界線移動"を発動する。この虫けらを確実に殺す世界を探した。そして見つける。
ネイサンアルメイルは嗤う。あの虫けらが邪悪の女神の眷属によって八つ裂きになって死ぬ世界を。大量の魔物に生きたまま腸を食われる世界を。自分の手でそれができないのは不満だが、虫けらの哀れな死を見たことで溜飲を下げるとしよう。
(……………………………………?)
おかしい。
"世界線移動"が起きない。
(なぜ? なぜ? なぜ?)
焦るネイサンアルメイル。死が近づいてきている。
(? なんだ、この気配は?)
力を振り絞ってもう一度、眷属ガウを生み出す。探知魔法を使うガウはネイサンアルメイルの目であり耳である。ネイサンアルメイルは索敵を眷属に任せることにして、自分は戦闘力に特化して成長していった。
(!?)
人間の町、その中心に神が顕現していた。
◇
それはグレアムの前世の記憶である。
「全知全能の神を信仰する国で量子論が生まれたのは意外な気がする」
異世界転移部の部室でジロウは優にそう話しかけた。
「どうしたんだい。藪から棒に」
ジロウは異世界転移した時に備えていつものように現代知識の修習に勤しんでいた。今日は量子論だ。半導体部品の原理、DNA構造、核分裂反応に核融合反応も量子論から成り立つ。現代科学に量子論は切っても切り離せない存在だ。
一ミリメートルの1000万分の一よりも小さな世界で起きている現象。ジロウはふと疑問を覚えた。
「量子論っていうのは要するに電子のようなミクロの物質は普段は『波』だが、観測した瞬間『粒』になるっていう話だろう?」
「まあね。なぜそうなるかは聞かないでくれ。ボクにもわからないから」
「それはいい。それはそういうものだと受け止めたから。俺が疑問に思ったのはさ、西洋の神様は"全知全能"なんだろう。神様の目がミクロの世界に及べば、そんな現象なんか起きないはずだ。それとも神様の目はミクロの世界に及ばないのか」
「なるほど。神の実在を疑うような理論が西洋から出てきたのが不思議だというわけか。でもボクから言わせれば別に不思議でもなんでもないよ」
「そうなのか?」
「いいかい? 本来、観測は知るための手段だ。既に知っているならば観測を行う必要はない。君も既知の情報をわざわざ調べたりしないだろう」
「……確かに」
"天網恢恢疎にして漏らさず"
"お天道様が見ている"
これらの言葉からつい神様というのは何でも見ているものだと思いこんでいたが、見と知は必ずしもイコールではない。
「"全知"だから見る必要はない、か。すまん、愚問だったな」
「いいや、とても有意義な質問だったよ。おかげでずっと棚上げしていた命題について、いいアイデアが浮かんだ」
「命題?」
「主人公がタイムリープを繰り返して強大な敵に立ち向かう、もしくは理不尽な運命を覆そうとする話があるだろう」
「ああ、最近はそういうのが増えた気がするな」
「もし、タイムリープ能力を敵が持っていた場合、どうすればよいかと思ってね」
「……………………どうしようもないんじゃないか」
ジロウはタイムリープ能力を主人公ではなく敵が持っている例を寡聞にして知らない。あるとも思えない。主人公はどうしようもなくなってストーリーが破綻する。
「うん。ボクもそう思っていた。敵にまわせばつくづく理不尽な能力だよ。こちらが何をしても結局は対応されてしまうんだから」
「それで敵のタイムリープに対抗するアイデアを思いついたというわけか」
「そのアイデアがこれさ」
優は立ち上がると両手を上げて叫んだ。
「御旗楯無、諏訪八幡もご照覧あれ!」
「…………つまり?」
「つまり、神様に見てもらえばいいのさ」