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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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111 愚者の願望 6

「"蟻喰いの戦団"っていう名前、どう思う?」


「「「「………………」」」」


 グレアムの言葉に思わず沈黙する三人の人間と一人の天使。


「な、何を言ってるんだ?」


 戸惑い気味に聞き返すアロルド。


「いや、うちにメイシャという奴がいるんだがな。

 あいつが言うには俺のネーミングセンスは酷いらしい。

 ぶっちゃけダサいとも言われたな。

 俺自身、そんなことはないと思っていたんだが、"ストームブリンガー(嵐の持参人)"とか"ロードビルダー(道を作りし者)"とかなかなか粋なネーミングをつける奴と比べると、確かに多少やぼったい感じがしなくも――」


「どうでもいいわ!」


 アロルドが叫んだ。


「お、お前は何を言ってるんだ! ティーセが革命を起こそうとかいう時にそんなくだらないことを考えていたのか!?」


「っ! そうか! そういうことね! グレアム!」。


 ティーセは顔を輝かせてグレアムに頷く。


 ティーセは気づいたのだ。


 この国では基本、平民に姓はない。だが、その平民が色々な意味で特別な場合、その平民を特定するのに支障をきたす。なぜなら名前のパターンは限られており、例えば神話に登場する天使の"グレアム"は必ず村に一人はいる。少し大きな街なら百人は下らないだろう。


 そこで便宜上の姓がつけられる。


 例えば村の名前。ガストロ=アムシャール。アムシャール村の村長である。


 例えば商会の名前。ペル=エーリンク。エーリンク商会の商会長である。


 例えば傭兵団の名前。グレアム・バーミリンガー。蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)の団長である。


 ちなみに、村や商会、家といった団体の長の場合、名と姓の間の表記は「=」となる。


 アイク=レイナルドはレイナルド侯爵家の当主という意味だ。ただし、「=」は公的な承認が必要になる。グレアム=バーミリンガーとならないのは蟻喰いの戦団が反逆者集団のためである。


 さらに付け加えるなら、ジョセフ=ジルフ・オクタヴィオとならないのはジョセフがジルフ家の長ではあっても"オクタヴィオ"の長ではないからだ。


 "オクタヴィオ"の長となるには三種の神器を所有していなくてはならず、ジルフ一族はそのうちの一つしか所有していない。残りの二つはそれぞれ聖国と帝国にある。


 つまり、アルジニア王国、アルジニア聖国、アルジニア帝国、それぞれ自分達こそが"オクタヴィオ"の正当な後継者であると主張している状況であった。


 閑話休題。


『"蟻喰いの戦団(バーミリンガーズ)"っていう名前、どう思う?』


 グレアムはつまりこう言いたいのだ。


 グレアム・()()()・バーミリンガーになる準備はとっくにできていると。


 婚家の姓をつけることは珍しくない。婚家に付与された特権を引き継ぐためなど様々な理由があるが、婚家の姓をつけた以上、婚家に付与された義務も当然、引き継ぐ。


"ティーセ。思う存分やれ。俺がついている。いざとなったら婚家となるジルフ一族まとめて俺が面倒みてやる"


 グレアムはそう言いたいのだとティーセは思った。


 感激に目を潤ませるティーセ。


 もちろん、誤解である。


 グレアムは露ほどもそんなことは考えていない。生まれて初めて自分のネーミングセンスに疑問を持ったため思わず聞いただけである。それなのに、なぜか革命とか物騒な話になっている。


 顔を紅潮させ目を潤ませるティーセに怪訝な視線を向けるグレアム。

 

 ティーセにはそんなグレアムの態度も、照れ隠しとしか思えていない。


 恋は盲目状態であった。


「…………」


 マルグレットは何となく二人の間に認識の齟齬があることを察した。


(まぁいいか)


 誤解を解いて揉めるよりも、もっと重要な問題がある。


「ドラゴンの世界改変能力をどうにかしなければ、せっかく起こした革命もなかったことにされます。まず、その対応策を考えるべきでは?」


「何を革命を起こすことを当然のように――」


「ああ、それならサウリュエルの話を聞いている間に思いついている」


「「「…………え!?」」」


 驚くアロルドとマルグレットとサウリュエル。


 ティーセは"さすが私の旦那様だわ"とうっとり状態である。


「ほ、本当か!? 無敵の能力としか思えんが、打ち破る方法があるのか!?」


「ないな。"世界線移動"を起こされたらどうしようもない」


 グレアムの言葉にガクリとずっこけるアロルド。


「おちょくっているのか!」


「真剣だ。"世界線移動"は言う通り無敵の能力。だから――」


「……起きるのを、防ぐ?」とマルグレット。


「そ、そんなこと、できるのか?」


「正直なところ確証はない。もしかすると妄想や願望の類かもしれん」


 こうすれば防げるのではないかという推測でしかない。検証することもできない以上、ぶっつけ本番で試してみるしかないのだ。


「……聞かせていただけますか。あのジョセフでさえ匙を投げた"世界線移動"の対応策を」


「…………」


 マルグレットの要求に困った顔を見せるグレアム。


「私たちでは信用できないと?」


「いや、説明が難しいだけだ。俺も理屈を完璧に理解しているわけではないからな。

 そうだな。とりあえず、俺がやろうとしていることだけ語ろう」


 そして、グレアムは語る。その"世界線移動"を防ぐ方法を。


「……い、色々、突っ込みどころはあるが、ほ、本当に、そんな方法で"世界線移動"を防げるのか?」


 人間四人の視線がサウリュエルに集まる。


 天使はそれに動じることなく、逆にグレアムを見つめ返す。


「ああ~なるほど~。うんうん。へ~、そうなんだ~」


「サウリュエル?」


「説明が難しいっていうから君の記憶を覗かせてもらったよ~」


 サウリュエルの権能【追憶】。習熟すれば他人の記憶を覗き見ることも、逆に自分の記憶を他人に投影することもできるという。ちなみにジョセフは記憶の維持しかできなかったそうだ。


「……そうか」


 自分の記憶を覗き見られたのに、なぜか羞恥も不快の念も湧いてこない。天使が持つ人徳によるものだろうか。


『大丈夫~。君の秘密は公言する気はないよ~。それにしても、前世の、しかも異世界の記憶を持つ人間か~』


 サウリュエルは口を開かずにグレアムに伝えてくる。念話もできるらしい。


『助かる』


『興味深いな~。じっくり読ませてもらいたいな~』


『……機会があれば』


「それで天使様! 本当にグレアムの言う方法で"世界線移動"を防げるのですか!?」


「う~ん。サウリュエルにも確証はないけど~、たぶん、いけるんじゃないかな~」


 天使の言葉に俄かに活気づく四人。勝算とはいえなくても、その糸口ぐらいは掴めた。絶望的な状況だった頃に比べても十歩も百歩も前進したように思える。


「でも、グレアム~。ほんとうに()()でいいの~?」


「それ?」


 サウリュエルの質問に困惑するグレアム以外の三人。


「"世界線移動"を防ぐ方法は、他にも思いついているんでしょ~」 


 "こいつマジか!"という目をグレアムに向けるアロルドとマルグレット。


 自分達は一つでも思いつくことすらできなかったのに、それを複数だと!?


(こいつ化け物か!?)


(やっぱり化け物だったわね)


「知りたいな~。君がどうして、その方法を選んだのか~。君の記憶を見ても君の心まではサウリュエルにはわからないから~」


「別にたいした理由じゃないんだが……」


「うんうん」


「ジョセフの言葉で少し気になったものがあったからな」


 "人類は、神に見捨てられたのだな"


「本当にそうなのか、俺は確かめたい」


「なぜさ~」


「なぜって……。そうだな。人には、まだ神様が必要だと思うから」


 意外そうな顔を見せるアロルドとマルグレット。


 神をも恐れぬ傍若無人な振る舞いをしているのに。むしろ俺が神だとか言い出しかねないのに。


「……何か失礼なことを考えてないか?」


 目を逸らすアロルドとマルグレット。


 二人はグレアムの言葉を信じていないようだが、間違いなくグレアムの本心であった。


 グレアムは――田中ジロウは"賽の河原"で救われる子供達を見て、ジロウ自身もまた救われた経験を持つ。


 人類には神や仏のような超常的な存在がまだ必要なのだ。


「そういうわけで、俺はそろそろ行く」


「待て! 俺たちも手伝う! 同行させてくれ!」


「……いや、ここは任せてくれ」


「なぜだ!? 決して足手まといにならないと誓う!」


「二人にはティーセを頼みたい」


 "妖精の羽"も"妖精剣アドリアナ"も失ったティーセを連れて戦場に行くわけにはいかない。そして、<飛行(フライ)>の魔術を他人に付与できるのはマルグレットしかいない。


 ここにティーセを一人置いていくわけにもいかないし、アロルドだけついてきても途中で<飛行>魔術が切れて墜落するだけである。


「"ロードビルダー"討伐はグレアム・バーミリンガーと"蟻喰いの戦団"が請け負う」


「……わかった。もし、事を成したあかつきにはティーセとの婚約を認めよう。はなはだ不本意だがな」


 "え?"


 思わずそう声に出しそうになったグレアムの口をマルグレットは抑えた。


 "話をややこしくするな"


 そうマルグレットの目が訴えている。


 "いや、でもここで否定しないと後で大変なことになるんじゃ?"


 同じく目で反論するグレアム。


「……アロルドお兄様。ごめんなさい。すでに私は身も心もグレアムのものなの。ふしだら妹を許して」


「な!?」


 "冤罪だ!"


 そう叫びたいグレアムだった。


「……身も、心も、だと。ま、まさか……」


「ええ。唇を奪われたわ」


 頬を染めながら幸せそうに語るティーセ。


「き、貴様! 子供ができたらどう責任をとるつもりだ!?」


(おまえもか、アロルド!)


 王家の性教育はどうなってるんだ!


「ジョセフの悪意を感じるわ」


 そうボソリとマルグレットが呟いた。

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