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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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102 終わる世界 35

「中佐! 中佐! 目を覚ましてください! 中佐!」


 キャサリン少尉の必死の呼びかけにジンジャー・ボネット中佐はゆっくりと目を開ける。


 涙目の少尉の顔の背後には青い空が広がっていた。


「ここは……? ――っ!」


 体を起こそうとして激痛が走る。


「無理をしないでください!」


(……左腕は骨折、肋骨は全損といった感じさね。……内臓のいくつかにもダメージがいってるさね)


 よく生きていたものだと思う。地下に作った防御陣地に侵入してきた黒い人型ドラゴンにミスリル短剣を突き刺した後、奴の超高速移動の衝撃波で吹き飛ばされた後の記憶がない。


 周りを見れば穴の底のような場所に自分は寝ていた。


 おそらく、吹き飛ばされた先が人型ドラゴンが天井をぶち破って侵入してきた真下だったのだろう。だから崩落に巻き込まれなかったのだ。


 我ながら悪運が強すぎるにもほどがある。だが……


「少尉、戦況はどうなっているさね?」


「<白>の発動は成功。"ロードビルダー"と"ロードガーディアン"のほとんどは白炎を浴び消滅しましたが……」


 ドォオオオン!


 穴の外からの大音響。


「……まだ戦いは続いているということさね。少尉、自分を運ぶさね」


 現場の最高指揮官として自分の目で状況を把握する必要がある。


 キャサリンは逡巡したが、それも一瞬のことですぐに言われた通りにした。


 白魚のようなキャサリンの指は傷だらけで爪も何枚か剝がれている。半分、土砂に埋もれていたジンジャーを助け出すために必死に掘り返してくれたのだろう。


「……すまないね、少尉」


「いえ、小官の務めです」


 キャサリンはジンジャーを背中に負うと上昇を念じた。キャサリンにかけられた<飛行>魔術は意志だけで自由に飛ぶことができるが、大きな荷物を持てば精神と肉体双方にそれなりに負荷がかかる。


 自分の倍もある人間を背負って飛んだキャサリンが地上に出たころには、彼女は息も絶え絶えになっていた。


「………………戦況は、あまりいいとはいえなさそうさね」


 まず目についたのは銀色の巨大な人型ドラゴン。あの黒いドラゴンの同種、いや、ボスといったところだろう。奴から感じるプレッシャーは黒ドラゴンの比ではない。


 奴こそ真の倒すべき敵、いわば――


「"真ロードビルダー"さね」


 その"真ロードビルダー"は岸壁にめり込んだ何かに対して激しい攻撃を加えていた。


 そして、その周りの空に浮かぶアロルドとティーセ他数名の姿を見つける。


(だいぶ減ったさね。ゼシカ姉妹もいない)


 若い命が散ったことに胸を痛めるジンジャー。


 だが、感傷はすぐに封じ込める。


 無防備に背中を晒す銀色ドラゴンに対し、なぜ彼らは攻撃しないのか疑問に感じていれば、彼らの様子から動きたくても動けないのだと悟った。


(……………………)


 ジンジャーは自分がやるべきことを考え、そして決断した。


「少尉」


 その声音はどこまでも優しかった。


「は、はい」


 ジンジャーは腰のポーチを外した。マジックバックの一種で家屋一軒分ぐらいの荷物を中に収めることができる。これがなければこの作戦は不可能だっただろう。どんな命にも代えがたい重要アイテムである。それをジンジャーはキャサリンに手渡した。


「これを陛下に返すさね」


「は? それはどういう――」


「どうもこうもないさね。帝国に帰還するさね」


「!? 中佐、中佐は!?」


「まだ、やることがあるさね」


「一緒に戻りましょう!」


 首を横に振るジンジャー。


「この体じゃ、どこにもいけないさね」


「私が抱えて飛びます! 先ほどのように!」


「無茶言うさね。数メイル上がっただけで息があがっていたさね」


「それでも――」


「キャサリン・ウーヴレダル少尉!」


 突然、ジンジャーの口から烈火のような声が響いた。


「現時点をもって当戦場より離脱、速やかに帝国に帰還することを命じる!」


「!」


「復唱!」


「キャサリン・ウーヴレダル、当戦場より離脱。速やかに……帰還いたします」


 ピシリと音がしそうないい敬礼だった。


「よろしい」


 歯をくいしばり俯くキャサリン。


「中佐。……私は、ドラゴンを決して許しません」


「ああ。貴官はそれでいい」


 キャサリンは瞳にその姿を焼き付けるかのようにジンジャーをわずかに見つめた後、西の空へと飛び去っていく。


 それを愛おしく見送るジンジャー。


(ちょっとズルかったさね)


 軍人として育てたキャサリンにとって命令は絶対である。


 両親から虐待された育ったキャサリンは助け出された後も、何事にも酷く怯える内気な少女であった。彼女の将来を心配したジンジャーはそのトラウマを払拭させるために軍人として厳しく育てたのだ。


(あのバカ息子の嫁になってくれれば嬉しいさね)


 そんな思いを抱くようになって数年。軍人として育てた結果、言い出せなくなってしまった。上官の自分に息子の嫁になれと言われれば、嫌でも断ることはできないだろう。


(まあ、いいさね。あのバカ息子にはもったいな――)


「ぐふ!」


 血を吐くジンジャー。


 どうも長くはなさそうだった。


 まぁいい。部隊を壊滅させた指揮官としておめおめ生きて帰れば、キャサリンのような子供が泣くことがない世界を作ろうとしているアイツの足を引っ張ることになりかねない。アイツの敵はまだまだ多い。


 ジンジャーは一人、静かに覚悟を決めるとマジックバックを渡す前に抜き出した拳銃を握りしめた。


「さて、けじめをつけようさね」

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