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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
268/442

99 終わる世界 32

 ―― 数年前 イリアリノス連合王国 某所 ――


「どうした? 元気がないな」


 人気のない修練場のベンチに一人、うつむいていたシェリーに声をかけたのは先日、王国から出向してきたアロルドだった。ジョセフ王の第七王子である。


「これは殿下! ご機嫌麗――」


「よせよせ。そういうかたっ苦しいのはなしだ」


 ドサリと無造作に隣に腰掛けたアロルドにシェリーは戸惑いを覚える。王家とゼスカ家の確執を知らないわけではあるまい。それとも、年若い自分達には関係ないと思っているのか。姉のマルグレットならば憤慨することだろう。


 そう、姉ならばだ。


 ゼスカ家が王国から追放された当時、シェリーはまだ幼くイリアリノスで過ごした時間のほうが多くなってしまった。引き離された実母の代わりに乳母と姉が愛情を十分に注いでくれたおかげで寂しくはなかった。


 当時のゼスカ家を襲った不幸は知識としては知っているが、シェリー自身に王国への恨みは薄い。ほとんどないといってもいい。


「で、どうした? 何か悩み事か?」


「いえ。殿下を煩わせることのほどでは……」


「ふむ。当ててやろう。姉のことだろう」


「!?」


「おおかた、優秀な姉にくらべてどうして自分はってところだろう?」


「…………」


 羞恥でシェリーの顔が赤くなる。アロルドのいう通りだった。


 自分が最近、ようやく使えるようになった魔術は姉が自分と同じ歳の頃には既に使いこなしていた。自分の才能は姉に遠く及ばない。その事実をあらためて突き付けられ落ち込んでいたのだ。


「ははっ。お互い優秀すぎる兄弟を持つと苦労するな」


「……殿下も?」


「うむ。我が父は言わずとしれたクソ野郎だが――」


「殿下!?」


「安心しろ。誰も聞いていないし、聞かれたところで問題ない。で、クソ野郎のくせに種馬としてはえらく優秀なようでな」


「たね……」


「俺の兄弟姉妹どいつもこいつも傑物ときた。ロクなスキルもない上に物覚えもよくない俺としては本当にいやになるぜ」


「……ご兄弟の仲は、よろしくないのですか?」


 アロルドをバカにする兄弟姉妹を想像するシェリー。


「意外かもしれんが、それがそうでもないんだ。王位継承を巡ってギスギスしそうなものだが、そういうのはまるでない。親がクソだと子供は団結するものなのだろうな」


 そのアロルドの言い回しに思わずクスッとしてしまうシェリー。


「ふむ。お前はそうやって笑っているほうが可愛いぞ」


「え?」


「同じ悩みを抱えた者同士のよしみだ。話ならいつでも聞いてやる。可愛い顔を曇らせのはもったいないぞ」


「…………」


 何なのだろう。あの王子さまは。


 自分の言いたいことだけ言って去ってしまった感じだ。


 だが、なぜだろう。悪い気はしなかった。


 …………


 その後、時折、修練場のベンチに二人で腰掛けるアロルドとシェリーの姿が見かけられた。


 ◇◇◇


 ―― 現在 マヌ高原 ――


 ジョセフの第七王子にして"妖精王女"ティーセの自称婚約者たるアロルドは眼下の地面が広範囲に陥没する光景を目の当たりにした。


「殿下、あそこは!?」


「ああ、防御陣地があったところだ」


 砲陣地から繋がる通路や巧妙に隠された出入口から大量の土煙が吐き出される。何かがあって地下陣地が広範囲に渡って崩落したのだ。


「くそっ!」


 ジンジャー・ボネット中佐は帝国軍人といえど尊敬すべき人物だ。彼女には借りもある。それを返せずに死なせたとあっては王族としての恥。


「中佐を救出する!」


「しかし敵が!」


 囮となったアロルド達のキャサリン護衛部隊は、地上に戻る前に"ロードガーディアン"に追いつかれ激しい空中戦を繰り広げていた。魔術師が中央に固まり半数がシールドで守り、半数が中・遠距離攻撃を担当する。弾幕をすりぬけて近づいてきた敵はアロルドとティーセを中心とした戦士が斬り捨てる。


 既に百体を超える"ロードガーディアン"を葬っているが、それでも敵の数は一向に減らず味方の数はジリジリと減らされていく。


「くっ! グレアムは何をしている!? 合図はまだか!?」


 通算五度目となる問いかけをシェリーにぶつける。だが、彼女の返答は今までと異なるものだった。


「殿下! あれを!」


 上空に赤い煙が広がりつつあった。


「! きたか!」


 ドゥ!


 東北東の方角。遥か天空に向かって光の柱が立ち昇る。


 直後に柱から発した白炎が放射状に広がり、"ロードビルダー"が作り上げた谷間を衝撃波で広げていく。


「殿下!」


 シェリーがアロルドの前に出て魔術障壁を張った。白炎の衝撃によって吹き飛ばされた砂礫や石礫が彼らを襲う。


 そして、白炎は"ロードビルダー"の首、中ほどまで達し灰色の体を焼いていった。


「!? なんだ!?」


 生き残りの"ロードガーディアン"が、まるで暖炉の火に飛び込む蛾のように"ロードビルダー"に向かっていく。


「錯乱したのか!?」


「"ロードビルダー"を守る本能がそうさせているのかもしれません」


「いずれにしろ好都合だ!」


 自分達と同じように<白>の範囲外にいる"ロードガーディアン"と"ロードランナー"はかなりの数、生き残ると予想されていた。勝手に白炎に飛び込んでくれるなら掃討戦の手間が省けるというものだ。


 そうして、白炎は"ロードビルダー"の巨体と数多の"ロードガーディアン"を焼いた後、ゆっくりと収束していった。


 残されたのは巨大な黒い燃えカス。それもゆっくりと崩れていく。生き残った英士達はそれを見て喜びを爆発させた。近くにいる仲間と抱き合い涙を流す。


「お兄様!」


「ティーセ!」


 アロルドも"ロードビルダー"を倒した喜びを愛しい妹と分かち合うため抱き寄せようとする。


 スカッ


「グレアムがやってくれたのね! 迎えに行ってくる!」


 アロルドの抱擁を華麗に躱したティーセは満面の笑みをたたえ飛んで行った。


「…………」


「……殿下」


 プルプルと抱擁のポーズままで震えるアロルド。痛ましそうなシェリーの視線がかえって心を抉った。


「……ふぅ」


 気を取り直す。中佐の生死が不明な今、現時点での最高指揮官は自分だ。


 周囲を見回せば、わずかだが"ロードガーディアン"が残っている。"ロードビルダー"が焼かれたショックからか逃げも戦いもせずに動きを止めている。まずは奴らをかたずけてから中佐達の救出に向かおうと決めたところで声がかけられる。


「殿下!」


「む、キャサリン少尉とマルグレットか。二人ともよくやってくれた」


「姉さん!」


 マルグレットは満身創痍だった。眼鏡もなくなり服もボロボロ、少尉に肩を支えられ空から降りてきた。


「殿下! 中佐は!?」


 シェリーにマルグレットを預けたキャサリンはアロルドに詰め寄った。


「分からん。地下陣地が崩落したようで今、救出に向かおうと――」


 バシュ!


 言葉の途中でキャサリンは地上に向かった。アロルドも追おうとしたが、視界の端に入った奇妙な物体に思わず足を止める。


「なんだ、あれは?」


 "ロードビルダー"の胴体があった場所。そこに直径五十メイルほどの銀色の球体が浮かんでいた。


 ピシリ


 球体の表面にヒビが走る。


(まさか)


 アロルドの嫌な想像はすぐに現実のものとなる。


 パリン!


 硬質な音を立てて、球体の中から現れたのは、一匹の巨大な銀色の人型ドラゴンだった。


「…………なるほど、本体のお出ましということか」


 汗が流れる。遠く離れたところからでも、そのドラゴンの異常な存在感を感じ取れた。


「殿下……」


 そう呼びかけるシェリーの声は震えていた。


「ふっ。ちょうどよい。少々、手柄が足りないと思っていたところだ。さぁ、みなのもの! 最後のひとふんばりだ! やつを討ち取り、このドラゴン禍にピリオドを――」


 ドォォォオオオン!!!


 突如、爆音が轟いた。


「――――は?」


 一振りである。


 銀色ドラゴンが腕を振り上げるように縦に一振りしただけで、マヌ高原に深い谷間の道ができて、固まっていた"ロードガーディアン"が消滅した。


 さらにその腕を生き残りの"ロードガーディアン"に向ける。


 バッ!


 その瞬間、一斉に逃げだした。


 だが、何か見えない巨大な手に捕まったかのように動きを止める。


 銀色の人型ドラゴンが手を閉じると――


 パァン!


 "ロードガーディアン"が弾け飛んだ。


「GURURURURURURUR」


 銀色ドラゴンの口から不機嫌そうな唸り声。


「自分を起こした不出来な部下を粛正したというわけか……」


 銀色ドラゴンは自分の足元に視線を向けた。


 "ロードビルダー"が作り上げた道には、まだ夥しい数の"ロードランナー"がひしめき合っていた。


 再び銀色ドラゴンは腕をかざした。だが、向けられた先は"ロードランナー"の大群ではなく、前方だ。高い絶壁に遮られた王国へと至るはずの道である。


 その道が再び開き始めた。


 不可視の巨人の手によって左右に割り開かれるように道が作り上げられていく。しかもそのスピードは"ロードビルダー"よりもずっと速い。


「まずい! 攻撃開始! 奴に道を開かせるな!」


 だが、アロルドの号令に誰も動こうとしない。


 銀色ドラゴンに完全に飲まれていた。


 本能的に悟っていたのだ。このドラゴンと戦えば死ぬと。


「くっ!」


「殿下!?」


 氷雪剣グラキエスを構え一人突撃する。


 狙いは銀色ドラゴンの目だ。わずかな傷でもつけられれば、そこから氷雪の呪いが流れ込み血液を凍らせる。


 斜め直上からドラゴンの眼球めがけ突進するアロルド。だが――


「ぐっぅ!?」


 動きが止まる。


 銀色ドラゴンの左手がアロルドに向けられていた。そして、その手がゆっくりと閉じられ――


「――!」


「殿下!」


 ドン!


 背中にぶつかってきたシェリーによって、不可視の拘束から解放されるアロルド。


「でかしたぞ、シェ――」


 振り返ったアロルドが目にしたのは、微笑むシェリーと直後にその体が弾け飛ぶ姿だった。

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