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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
267/441

98 終わる世界 31

 ―― 数年前 帝国某所 ――


「<(ハク)>?」


 ジンジャー・ボネット中佐は聞きなれぬ言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべた。


 石油が採れない、ろくな石炭もない、産業革命が起こせない。かろうじて硝石が採れるのが救いとか、色々不満をぼやいていたジンジャーの悪友が「爆発といえば」とふとそのように呟いたのだ。


「古代魔国が開発した戦略級広域殲滅魔術だよ。かの国が滅んだ直接の原因だね」


 "黒の貴婦人"と呼ばれるジンジャーの悪友にして上司。常に黒のドレスを纏いヴェールで顔を隠す彼女は事もなげにそう語った。


「ほう。痴話喧嘩から発展した内乱のゴタゴタで、実験中の魔術が暴走したと聞いてたが、その魔術がその<白>というわけさね」


 ジンジャーに同意するように黒の貴婦人は碧茶に口をつけた。ヴェールをつけたまま、うまく飲むものだとジンジャーは感心する。


「で、その<白>がどうしたさね?」


「王国が研究している。防衛手段の一つとして、使うつもりだろうね」


「……古代魔国を滅ぼした欠陥兵器さね?」


 人間は言うに及ばず、植物や昆虫まで白炎で燃やし、魔力に変換して燃え続ける極めて危険な兵器だ。どんなに強力でもアンコントローラブルなら使いようがない。


「それは違う。そういう仕様なのさ」


<白>は竜大陸の中心地で起爆する予定だったのだ。そうして彼の地を支配するドラゴンを殲滅する。無論、ドラゴンに限らずすべての生物は白炎で燃やし尽くされるだろうが、土地とその地下に眠る豊富な資源は人類の手に取り戻せる。


「竜大陸と人類大陸を唯一結ぶアッシェント大地峡帯さえ抑えれば被害は人類大陸に及ばない」


 そのためにアッシェント大地峡帯を白炎が届く前に命一つない荒野とする。あるいは、白炎をどうにかする手段が古代魔国にはあったのかもしれない。


「だのに首都で爆発させれば世話ないさね」


 ジンジャーが呆れたように呟いた。


「…………」


 だが、ジンジャーの悪友は何か思うところがあるようだ。


「なにさね?」


「いや、なに。人類とドラゴンの戦いは数限りなく続いてきた。けれど、いつも人類は敗北してきた」


 そうして竜大陸から人類は追い落とされたのだ。


「それだけドラゴンが強大ということさね?」


「確かにドラゴンは強い。それは認める。だが、人類にだって積み重ねた叡智がある。スキルや魔術なんて反則技もある」


「負け続ける理由が思いあたらないさね?」


「そういうこと。不思議に思ってね」


 悪友にそう言われてもジンジャーにはいまいちピンとこない。具体的な事例をほとんど知らないからだ。ドラゴンとの戦史は秘匿され将官以上でなければ目にできない。


 ジンジャーにもその規定はある程度、理解できる。誰が好き好んで敗北の歴史など知りたがるだろうか。ドラゴンに負け続けている事実など、竜大陸奪還を標榜する帝国にとって百害しかない。


「そう、いつも人類は肝心なところでミスをする。まるで不可思議な力に導かれるように」


「……運命論なんてらしくないさね」


「そう思わざるを得ないのさ。ドラゴンとの戦史を紐解くとね」


 そう言って"黒の貴婦人"は溜息を吐いた。


「君がもしドラゴンと戦うことがあるとすれば、君の強運が敗北の運命さえ覆すことを祈っているよ」


 ◇◇◇


 その祈られた本人によってドラゴンとの最前線に贈られたジンジャーは手に持った斧を"ロードガーディアン"の頭に振り下ろした。


 ズシャ!


 赤い脳漿が飛び散り通路の壁を赤く染める。


 ジンジャーはタイガー・ロア作戦を決行するにあたり、まず砲陣地を放棄し、その後方の防御陣地へと撤退する。百メイルに渡って地面をくり抜いた地下陣地であり、敵を中に引き入れ陣地の主戦闘地区において敵を撃破できるようにしてある。


 ジンジャーは主力部隊に手早く作戦概要を伝え、キャサリン少尉と一緒に空へと送り出す。後は残った兵士とともに防御戦闘だ。


「中佐! お下がりください! ここは危険です!」


 下士官の一人がそう促す。


「どこに下がるっていうさね」


 既に主戦闘地区は踏破され、本来、予備と後方支援のための部隊を置く後方地区にまで敵はなだれ込もうとしていた。ここまで来られると、もはや細かい指揮はできない。できることは自ら前線に出て士気を鼓舞する以外にない。


「ノコノコ潜り込んできたクソトカゲどもをミンチにしてやるさね!」


 蛮族の女王のごとく斧を振り上げる。


 "ロードランナー"と"ロードリサーチャー"を想定して掘られた地下陣地の通路は狭く天井も低い。

通路の出口で待ち構えれば"ロードガーディアン"一体に対し、複数人で対抗できる。


 そうして何体かの"ロードガーディアン"を血祭りにした後、異変は起きた。



 ドガシャァアアアアン!!!



 ジンジャーの後ろで巨大な破砕音。狭い空間にもうもうと立ち込める土煙を割るように姿を現したのは"ロードガーディアン"の三倍はある全身黒の人型ドラゴン。その頭上には巨大な穴が開かれ、光が差しこんでいる。


(て、天井をぶち破ってきたさね! これだからドラゴンどもは!)


 しかも最悪なことに侵入してきたドラゴンは上位種のようだった。両腕をバッと一振りしただけで左右にいた兵士の胴体がちぎれ飛ぶ。


「銃士隊! 残った弾を全部奴に叩き込むさね!」


「それでは味方にも被害が!」


「奴を倒さねば、どちらにせよ全滅さね! 構わんから撃つさね!」


 バババァン!


 火縄銃から一斉に鉛玉が放たれる。逸れた弾丸が跳弾してジンジャーの頬を掠めた。


「…………ちっ。バケモンが」


 ドラゴンに当たった鉛玉が地面に転がる。鉄鎧さえ貫く滑腔砲の金属チップは黒ドラゴンに傷一つ負わすこともできなかった。


「奴の相手はあたしがするさね!」


「いけません! お逃げください!」


「どこに逃げるというさね! 心配いらないさ! 主力が戻ってくるまで時間稼ぎをするだけさね!」


 ジンジャーは斧を持ってドラゴンに飛び掛かる。大柄なジンジャーでもこのドラゴンを前にすれば幼児のようだった。


 ドラゴンは軽く腕を一振りする。ジンジャーはそれを搔い潜り、脛足に斧を叩きつけた。


 ガィン!


 およそ生き物とは思えない音が響く。案の定、かすり傷一つ負わすことはできなかった。


(物理耐性が極端に強いタイプさね!)


 痺れる右腕から左に斧を持ち替え、膝、脇腹、首と立て続けに叩き込む。それが黒い人型ドラゴンの癇に障ったのか、ジンジャーに対して蠅を追い払うかのように腕を振るう。


 それに対し、ジンジャーは見た目に反した俊敏性を見せた。触れれば即死不可避の一撃を掻い潜り続ける。


 業を煮やした黒ドラゴンは「ゴゥ!」と一声吠えると、突然、動きを止めた。


「どうしたさねデカブツ!?」


 黒ドラゴンは腕を組み、目を瞑って前傾姿勢を取る。


 ゾワッ!


(まずい! こいつは――)


 ゴゥ! ドゴォン!


(なんさね!? 今の気味悪い動きは!?)


 まるで強い磁力に引っ張られるように黒ドラゴンは高速で移動し、壁に叩きつけられたのだ。


 黒ドラゴンの進路上にいた数人の兵士が巻き込まれ肉塊と化す。対して黒ドラゴンは壁に衝突したダメージは見受けられない。振り返るとジンジャー目掛け、再びあの妙な動きで体当たりをかましてくる。


「くっ!」


 ドゴォオオン!


 また、何人かの兵士が犠牲になる。しかも、先ほどよりも速い。


(まずいさね)


 黒ドラゴンはこの空間をミキサーにするつもりだ。自分を刃にしてジンジャーたちをすり潰す。


「中佐!?」


 ジンジャーは黒ドラゴンに背中を見せて走り出した。何もない壁に向かって。


 壁に激突しようとした瞬間、ジンジャーは横に飛んだ。


 ドゴォオオン!


 その直後にジンジャーがぶつかるはずだった壁に黒ドラゴンが激突する。


 パラッ


 めり込んだ壁の中から黒ドラゴンがノソリと姿を現す。ジンジャーの姿を探し――


 トスッ


 ピュアミスリルの短剣が黒ドラゴンの胸を貫いた。


「油断大敵さね」


 大気中の魔力を吸収して魔術特性を帯びるミスリルの剣は実体を持たないゴーストさえ斬ることができる。物理耐性に特化しているこの黒ドラゴンなら魔術に弱いというジンジャーの予想は当たった。婚姻時に旦那から送られたピュアミスリルの短剣は、バターに突き刺すようにスルリと黒ドラゴンの体に入った。


「GUGIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 魂削るような黒ドラゴンの彷徨。


 それは怒りの叫びだとジンジャーは理解した。


 下等種が自分の体を傷つけたことに対する憤怒。


「な――」


 黒ドラゴンの姿が消失する。


 直後、ジンジャーは吹き飛ばされ――


 ドォオオオン!!!


 ガラガラガラ!!!


 雷が落ちたような轟音が響き、地下陣地の天井が崩落した。

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