95 終わる世界 28
「<白>でドラゴンどもをまとめて吹き飛ばすだってぇ!?」
帝国軍野戦重砲兵第一連隊隊長ジンジャー・ボネット中佐の叫びがトーチカ内に響いた。
才媛の誉れ高いマルグレット・ゼスカ。彼女がもたらした作戦案はジンジャーが思いもよらないものだった。
「勝手に持ち場を離れたうえに何を荒唐無稽なことを! 頭でもおかしくなったのですか!?」
キャサリン少尉の言葉は辛辣だった。
「中佐! まともに取り合う必要はありません! 敵前逃亡の罪をうやむやにしようと適当なことを言っているに違いありません!」
「まぁ、待つさね。少尉」
マルグレットが調達してきた大量のマナ・ポーションのおかげで戦線が維持できている。その功績は敵前逃亡の罪を補ってあまりある。そして、何より状況は逼迫しつつあった。
「見るさね」
「……再生してる?」
妖精王女やイリアリノスの兵士達が決死の覚悟で潰したはずの"ロードビルダー"の無数の邪眼。その傷が癒えつつある。
「北部攻撃隊を壊滅させた巨大な邪眼もいずれ再生すると見て間違いないさね。さっきはティーセ殿下が防いでくれたが、次も同じことができると期待しないほうがいいさね」
そのティーセは魔力を回復した魔術師達の援護で無事に帰還を果たし、今も縦横無尽に飛び回ってトーチカに取り付こうとしている"ロードガーディアン"を片っ端から切り捨てていた。
だが、そんなティーセの活躍があっても"ロードガーディアン"の数は増える一方だった。"ロードビルダー"の巨体に生えた無数の瘤から次々と人型ドラゴンが飛び出してくる。首や胴体に生えている大き目の瘤、そのすべてに人型ドラゴンが収まっていると考えれば、最終的な数は数万体に及ぶ。
「あのデカブツを打倒する方策があるならワラにでもすがるべき状況さね」
「……マルグレット殿。本当に<白>を使えるのですか?」
キャサリンの懸念はわかる。<白>は王国の最重要機密事項だ。王国内戦でゴタゴタしている中、イリアリノスの支援のために<白>をおいそれと持ち出せるとは思えない。
「はい。それは信用していただいて間違いありません。ただ、問題が一つ」
「<白>の炎に我々も巻き込まれということさね」
「ええ。その通りです。そこでキャサリン少尉のお力を貸していただきたく」
◇
マルグレットがジンジャー達攻撃隊と合流する前、彼女は攻撃隊の状況を半ば正確に予測していた。"ロードビルダー"のような異常な存在を頭を潰したくらいで殺せるとは思えなかったからだ。
<物品召喚>
あらかじめマークしておいた物品を手元に引き寄せる魔術である。
グレアムは<白>を発動する魔道具を無効化した際に、ついでに<物品召喚>のマークもつけておいたのだという。
グレアムが手元に引き寄せた魔道具と展開した魔術式を前にしたマルグレットは"ロードランナー"の殲滅ではなく、"ロードビルダー"の撃破に主眼を置くべきだと主張した。
グレアムはその意見を取り入れた。問題はいかにしてジンジャー達を巻き込まずに<白>を発動するかだ。
北部攻撃隊が全滅すると知っていればグレアムもマルグレットと同行し、ジンジャー達を背にして、<魔術消去>で彼女達を守ったことだろうが。
北と南に分かれて攻撃している二部隊を<白>から守るためにどうするか?
「急ごしらえの作戦だ。あまり複雑なことはしないほうがいい」
放射状に広がるのではなく、直線状に白炎が走るように改造してはというマルグレットの提案にグレアムはそう言って反対した。複雑な計算も必要な魔術式の改造はリスクが大きいとグレアムは感じたのだ。テストもできないだろう。テスト不足の問題は魔導兵装オードレリルで痛感したばかりである。
そこでマルグレットはキャサリン少尉の【サベイング】スキルを利用することを提案する。このスキルは特定の物体の距離と方角を正確に知ることができる。ただし、その物体はキャサリンが一度でも目にしたものでなくてはならない。
マルグレットは自身の杖をグレアムに預け、自分はキャサリン少尉と合流すると提案した。
「なるほど。その少尉にこの杖までの距離を測ってもらうわけか」
「"ロードビルダー"が<白>の有効範囲内に収まり、私たち攻撃部隊が範囲外にある位置でグレアム殿に<白>を発動してもらいます」
「……うん。シンプルでいい。基本方針はそれでいこう。どこで発動するかだが、<白>の有効範囲は半径三〇キロメイル。対して"ロードビルダー"の全長は約二〇キロほどか。尻尾の先から発動しても十分、有効範囲内だな」
「はい。こちらの見積もりでもそれぐらいですね」
「そのうち首が七キロメイルほどか。部隊の安全を考えて<白>で燃やすのは胴体までにしよう」
胴体と尻尾の全長は十三キロメイルとなる。グレアムは尾の先から十七キロメイル離れて<白>を発動する。
体の三分の二を失えば"ロードビルダー"といえども無事では済まないと思うが……。
「首に下にいる"ロードランナー"をかなりの数、残すことになりますが」
グレアムのもとから逃げ出した"ロードランナー"の大群は巨竜の下に隠れてしまっていた。
「面倒だが後で片づけよう。何ならもう一発、<白>を使ってもいい」
「承知しました」
最後に合図の方法を取り決める。他に決めるべきことはないか互いに確認しあってから、グレアムは大きな壺を取り出した。そこに亜空間から約束していたマナポーションを注ぐ。マルグレットから見れば何もない空間から液体が生まれているようにしか見えない。
「それが噂に聞いていたスライムの亜空間収納ですか?」
「有名になっているのか?」
「ええ、希少なマジックバッグの代替品になると期待されて、有力諸侯や商人の間で積極的に研究に乗り出しているそうです。ただ、あまり捗っていないとも聞いています」
まぁ、それもそうだろうとグレアムは思う。
人間の生活圏で生きるタウンスライムは隠れるのが得意だ。おまけに人間の害意に敏感で研究しようにも捕まえのも難しい。
「傭兵ギルドではスライム一体につき銀貨の懸賞金もかけられているそうですよ」
「ふーん」
特に興味なさげに聞いていたグレアムだが、次のマルグレットの言葉で動きを止める。
「傭兵ギルドの受付カウンターは一時期、色とりどりのスライムでいっぱいになったとか」
「……………………」
タウンスライムは白色透明だ。色とりどりになるわけがない。それはつまり、亜空間収納とは何の関係もないスライムが捕まえられているということだ。
「新たなマジックバック開発は進んでいないようですが、スライムをすり潰して畑に撒けば、よい肥料になることがわかったそうで――、ヒッ!?」
グレアムの周りにあの拳大の黒い魔力の塊が無数に発生していた。それも尋常ではない数だ。
マルグレットの悲鳴で我に返ったグレアムは慌てて魔力塊を引っ込める。グレアムの激しい怒りの波動を感じ取ったスライムが全方位無差別攻撃態勢を取ったのだ。
「すまない。怖がらせたか?」
「い、いえ」
グレアムのスキルは【スライム使役】だという話を忘れていた自分の軽率な言動を呪う。使役系のスキルは使役者と被使役物に強いパスを通じさせると聞いたことがある。その結果、スキルの代償として被使役物のダメージが使役者に伝わったり、使役者が被使役物に過剰な親愛を抱くことがあるという。
グレアムの場合は後者なのかもしれない。
それと同時にマルグレットはグレアムがあの強大な魔力を運用できた理由をおぼろげながら推察できた。
おそらくは亜空間収納にいる大量のスライムを利用しているのだろう。
人間の体内に魔石を埋め込むことで魔術系スキルを持たない人間が魔術を使えるようになる技術が古代魔国時代に確立された。彼らは奴隷の体内に魔石を埋め込み、彼らを大量に使役することで国の繁栄を支えたという。
この事例からも分かるように魔石は魔術装置となりうる。どのようにしてスライムに魔術式を組み込んでいるのかまでは不明だが、大量のスライムによって魔術を演算しているのではないかとマルグレットは推察した。
その推察は間違っていないだろうとマルグレットは思う。だからといってグレアムをどうこうしようとは思わない。
(雷が発生する原理を知っていたところで、怖いものは怖いのよ!)
雷光が自分の頭上に落ちないことを祈るのみである。
ちなみに魔術師を人工的に作る技術は現在では失われているが、その技術の一部は魔術の行使をサポートする魔杖に転用されている。
グレーターバジリスクの魔石に、エルダートレントの枝とヴェノムワームの血液を使った上位魔術師専用の魔杖をグレアムに預ける代わりに大量のマナポーションが入った壺を受け取って、マルグレットは半ば逃げるように飛び立った。