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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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94 マルグレット・ゼスカ

 "百竜殺し"


 イリアリノスで行われた"ロードビルダー"侵攻阻止作戦において、才媛マルグレット・ゼスカの活躍からつけられた彼女の二つ名である。


 本人としても、その名で呼ばれることに誇らしい気持ちがないわけでもなかった。


 ただし――


 自分の数千倍の敵を薙ぎ払うグレアムの所業を目の当たりにするまでは……。


 マルグレットの自信と尊厳は粉々となった。


 たかだか百体の下級竜を殺したところで何だというのか。しかも肝心の"ロードビルダー"は結局、傷一つつけることができなかった。いや、それは卑下しすぎだろう。"ロードビルダー"の足や腹は準アダマンタイト級の硬度があるが、それでも<破壊光線(ディザスタービーム)>で傷くらいはつけられた。


 だが、それだけである。巨竜の足は止まらず、傷も数日で癒えてしまった。


(これはもう負けね)


 マルグレットは何の感慨もなく、ただ冷静にそう判断した。相手が強大すぎて無力感も敗北感も感じることはなかった。嵐に立ち向かった人間は、ただ大自然の雄大さに感じ入るだけである。


 その数日後、マルグレットの確信を証明するかのように"ロードビルダー"はイリアリノスの最終防衛ラインを突破する。百数十年、ドラゴンの侵入を阻み続けた絶対防壁(グレートウォール)の崩壊と同時に軍からの脱走者は激増した。


 それでもマルグレットが逃げなかったのは家族のためである。マルグレットの家族はもはやシェリーと王国にいる母しか残されていない。自分達が逃げれば母に累が及ぶ。


 逃げるにしてもタイミングを図る必要があった。例えばイリアリノス連合軍が完全に崩壊した時のような。その時にシェリーと共に逃げ、王国に囚われた母も救出する。


 そう計画を練っていた頃に、ジョセフ殺害のニュースが確定情報としてマルグレットの耳に飛び込んできた。それまでもジョセフが殺されたという噂は耳にしていたが、マルグレットは信じていなかった。()()は誰かに殺されるような存在ではない。あれを殺せるとしたら恐らく"ロードビルダー"のような異常な存在だけである。


 だが、実際にジョセフは殺され、さらには王位継承を巡って内乱まで起きているという。


 逃亡のチャンスだと思った。


 ところが、こともあろうに妹のシェリーはタイガー・アイ作戦に参加を申し出たのだ。


「シェリー! まさか、アロルド殿下が参加するからじゃないでしょうね!?」


 マルグレットは以前からシェリーがアロルドに懸想しているのではないかと疑っていたのだ。


「バカをいわないで姉さん。このまま"ロードビルダー"が王国に侵攻すれば母さまも危険になる。あくまでも家のためよ」


「…………」


 本当にそうだろうか?


 最近のシェリーは何を考えているのかわからなくなるときがある。


 ほんの少し前までは自分が手を引いてあげなければ一歩も進めない少女に過ぎなかったというのに。


 それでも、シェリーが血を分けた可愛い妹であることには変わりない。マルグレットもタイガー・アイ作戦の参加を表明した。自分達の亡命先最有力候補としている帝国の将と誼を通じておこうという打算もあった。


 シェリーはなぜか複雑な表情をしていたが。


 さて、マヌ高原に到着するまで、そして到着してからのことに特段、語ることはない。ただジンジャー・ボネット中佐は有能で人使いが荒かったと一言添えておこう。


 問題は作戦開始の直前に起きた。


「ダメさね。シェリー殿には"ロードビルダー"の攻撃に加わってもらうさね」


 タイガー・アイ作戦の前段階である翼竜排除作戦。残された数少ない航空戦力で"ロードリサーチャー"を"ロードビルダー"から遠ざける陽動作戦である。それにシェリーが自分も参加すると言い出したのだ。


(シェリー。やはりあなた……)


 陽動部隊の隊長はアロルドに決まっていた。


「高位魔術を使える魔術師は限られているさね。使える火力はすべて"ロードビルダー"に向けるさね」


 ジンジャー・ボネット中佐はにべもない。


「……中佐、後で少しよろしいでしょうか?」


「なにさね?」


 深夜、人気のない天幕でマルグレットとジンジャーは対峙した。


「アロルド殿下は側妃の子とはいえ高位の王位継承権を有します。王国の内戦の行方次第では玉座が転がり込んでもおかしくない地位にいます」


「…………」


「敵国の王弟とはいえ、殿下に何かあれば中佐が詰腹を切らされるのでは?」


 ジンジャー本人、もしくはジンジャーが属する派閥に政敵の一つや二つあってもおかしくはない。アロルドを死なせれば、敵対派閥から外交問題として恰好の攻撃材料にされる可能性がある。


「私たち姉妹が殿下の護衛につけば、万が一、殿下に何かあったとしても中佐は最大限の努力をしたと弁明できるのでは?」


「…………」


 ジンジャーは軍の高官である。政治的配慮を無視できるような地位ではないし、配慮できない無能でもない。


 しばらくして、ジンジャーはおもむろに口を開いた。


「小娘にしてはよく考えたさね。でも、部隊の変更はなしさね。ゼスカ姉妹は"ロードビルダー"の攻撃に参加してもらうさね」


「……中佐の弁護のために帝国に同行しても構いません」


「おためごかしはよすさね。帝国に行きたいのはそちらさね」


「…………」


 どうやら向こうの方が一枚上手だったようだ。こちらの事情は把握されている。


「こっちの事情を心配する必要はないさね。小官がヘマをしたぐらいでウチの大将が足元すくわれることはないさね」


「……わかりました。()()()()


「…………ちょっと待つさね」


「何か?」


「わからないさね」


「なにがです?」


「なぜ殿下を守ろうとしているさね? シェリー、あの子はわかるさ。でも、あなたは()()じゃないさね」


 確かに、マルグレットはアロルドなどどうでもいいと思っている。王家への忠誠など、ジョセフのせいでとっくの昔に吹き飛んで消え去っている。アロルドに付き従っているのは処世術に過ぎない。


「殿下に何かあれば、妹が悲しむからです」


 結局、マルグレットは妹に甘かったのだ。


 ◇


 マルグレットが諦めたのはジンジャーを通して帝国に亡命することである。王国に所属しているマルグレットが絶対的にジンジャーの命令をきく必要はないのだ。


 アロルドが危機に陥ればまず間違いなくシェリーは飛び出すだろうし、マルグレットもシェリーを守るために飛び出す。


 そして、その通りになった。


 功を焦ったのか知らないが一部の航空兵がアロルドの命令を聞かず"ロードリサーチャー"を殲滅しようと陣地の直上近くで戦いを始めたのだ。


(急ごしらえの連合部隊の弱みね)


 確かに翼竜は地を走る竜より弱い。だが、数が違いすぎる。多勢に無勢の例に漏れず、航空兵は瞬く間にすり減らされていく。


 アロルドは航空兵に群がる翼竜を引きつけようとするが、空中は既に混戦状態となっていた。アロルドに付き従う兵達も一人、また一人と討ち取られていく。


 アロルドが最後の一人となったとき、とうとうシェリーは我慢できずに飛び出した。


 もちろんマルグレットもだ。


「シェリー! 殿下! 私の後ろへ!」


「何をする気だ!?」


「<氷嵐(ブリザードストーム)>を使います!」


 氷の嵐を発生させる範囲攻撃魔術だ。ただし、消費魔力は莫大で、マナポーションもない今、使えば"ロードビルダー"への攻撃はできなくなる。


 グレアムが乱入してきたのは、マルグレットがまさに<氷嵐>を発動しようとした直前である。


 空中に大輪の花が咲き乱れる。


 それは尋常ではない数の<火矢(ファイアボルト)>の乱れ打ちだった。


 圧倒的な火力の前に翼竜は次々と地上に落ちていく。


 その後、王妹ティーセと合流する。彼女とは二年前の上級竜討伐以来の再会であった。まさか彼女とグレアムが恋仲になっているとは驚きだったが。


 "ロードビルダー"の後方にいる"ロードランナー"の大群をどうにかすると行ってグレアムが去った後、マルグレットはアロルドに申し出た。


「殿下。グレアム殿を一人にするのは問題では?」


「む? それもそうだな……」


 マルグレットは自分がグレアムを監視することを申し出る。グレアムが亡命先候補として相応しいか見極めるためだ。


 ジョセフを殺したグレアムの傘下に入ることも考えたことがある。だが、蟻喰いの戦団は国という単位に比べれば脆弱という他ない。いずれは組織力の差ですり減らされ、すり潰されるだろうと結論づけ選択肢から外した。


 だが、ティーセを籠絡をしているならば話は違ってくる。望まれればどこにでも駆けつけ魔物を退治してまわるティーセの国民的人気は高い。王家への信望を失いつつある諸侯でも、可憐に飛び回るその美しさから信奉者は多いと聞く。


 つまりティーセをうまく利用すれば、王国に対抗しうる一大勢力を築くことも可能だということだ。王女ならば既に嫁入り、もしくは婚約者がいてもおかしくない立場だが、今日まで婚約者候補しかいなかったのはそれが理由だろう。


 そして、本当にグレアムが本当に百万の"ロードランナー"をどうにかできるのならば、いよいよ亡命先の有力候補となる。


 そんなふうに考えられるだけの余裕が、この時のマルグレットにはまだあった。


 だが、本当に"ロードランナー"百万体を一人で相手取るグレアムを見て、その余裕は吹き飛んだ。


(王国は本当にこんなものをどうにかできると思っていたの!? まさに"アンダーワン"じゃないの!)


 "アンダーワン"


 時折、人類史に現れる特異点。その存在は大国すら滅ぼす力を有す。


 最古の例では天龍皇の地上降臨、直近の例では古代魔国の建国王ジン・フィッシャー=アルジニアがある。


 良きにしろ悪しきにしろ、有形無形に関わらず、その存在によって、その時代は支配される。


 ゆえにその存在をその一つの下で(アンダーワン)と呼ぶ。

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