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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
260/441

91 終わる世界 25

攻撃開始(ファイア)!」


 帝国軍野戦重砲兵第一連隊隊長ジンジャー・ボネット中佐の号令が発せられた瞬間、雷が落ちたかのような轟音がトーチカ内に響いた。


 二四門の大砲から撃ち出された砲弾は"ロードビルダー"の頭部にすべて着弾し、噴煙と炎を吹き上げさせる。


 やや遅れてイリアリノス連合軍の魔術師達が各々が持つ最大級の魔術を放つ。


電撃(ライトニング)

火球(ファイアボール)

氷槍(アイスランス)

爆砕(ブラスト)

破壊光線(ディザスタービーム)


 数多の魔術がティーセの眼前で煌めいた。


 まさに、一気呵成。ジンジャー・ボネットはこの瞬間に全火力を集中させたのだ。


 事前にシェリー・ゼスカに耳を塞ぐように注意されていたとはいえ、ドラゴンの近くにいることで身体能力を倍加させているティーセの耳に火砲の轟音は凄まじい衝撃として襲った。


「次弾装填急げ! 合図を待つ必要はないさね! 装填次第、続けて放て!」


 ドォン!


 ドドォン!


 バッシュウ!


 ダァン!


 蹲るティーセの隣でジンジャーの声と火砲と魔術の発射音が散発的に聞こえてくる。


 そこに人の叫びが加わるのは、すぐだった。


 ◇


「ぎゃぁあ!」


 悲鳴に振り向いたジンジャーが目にしたのは体の半身をまるで目に見えない手で抉り潰されたかのように血を流して倒れる部下の姿だった。


("ロードビルダー"の反撃!? なんさね!? あのデカブツ、何をしたさ!?)


 抉られたのは人の体だけではなかった。砲弾と魔術を放つために外に小さく開けられた窓は、今や大の男数人が余裕で通れるぐらいに大きく開けられている。火砲の砲身の半分も大きく削られていた。


「ひっ!」


「なんだありゃ!? 気持ち悪い!」


 被弾を免れた"ロードビルダー"の長大な首の部分。そこに無数に生えている瘤。ピシリと表面が二つに裂ける。


 中から出てきたのは眼としか形容しようのない物体だった。


 赤い瞳がギョロギョロと動き回ったかと思うと、やがて一点に留まる。


 その瞬間、ジンジャーは悍ましい寒気を覚えた。


「総員、窓から離れるさね!」


 叫んだ瞬間、ジンジャーはティーセを抱えて真後ろに飛んだ。


 刹那、ジンジャーが覗き込んでいた窓が大きく削り取られる。


 ゴウッ!


 冷たい風が吹き込み、冷汗に塗れたジンジャーから体温を奪っていく。


(不可視の攻撃!? 邪眼の類さね!?)


 帝国軍砲兵とイリアリノスの勇士を守るはずのトーチカの前面部は崩壊し、今や"ロードビルダー"の前にその姿を晒してしまっている。


「――っ! 攻撃続行! 砲が無事なら榴弾に変えるさ! 眼を潰すさね!」


「し、しかし撃つ前にもう一度、あの攻撃がくれば――」


「いくら上級竜でもあんな強力な攻撃がすぐに何度もできるはずないさね!」


 希望的観測でしかないことはジンジャーも分かっている。だが、恐怖と混乱で手を止めてしまえば敗北は必至だ。だから、とにかく攻撃を続けさせるしかない。


 バシュゥー!


 黒い魔術の光が"ロードビルダー"の目を横一文字に潰していく。


 魔術師姉妹の妹シェリー・ゼスカの攻撃だった。恐れも知らず、大きく抉り取られたトーチカの前面部に立ち、その華奢な身を晒している。


 その姿に触発されたかのように再び苛烈な攻撃が始まった。


 ドドォン!


 バッシュウ!


 順調に眼を潰してく。ジンジャーの推測は的を射ていたようで、攻撃中にあの不可視の攻撃がくることはなかった。


(いけるか?)


 そう思った瞬間――


『――ボネット中佐』


 通信用魔道具から連絡が入る。


「少佐かい? どうしたね?」


 "ロードビルダー"への攻撃は谷の両側から行われている。ジンジャーは南側からの攻撃を直接指揮し、北側からの攻撃は第二大隊長に任せていた。その彼からの通信にジンジャーは嫌な予感を覚えた。


『――北部攻撃隊は、……全滅しました』


「…………」


『一撃です。たった一撃で、部隊は壊滅。私も、致命傷を負いました』


 北部には南部と同程度の戦力を配置していた。それが一瞬で壊滅したというのか。


『我々は、大きな勘違いをしておりました。あれは、頭では、ありません』


 最初の攻撃で今も噴煙を上げている頭部は、首を北に向けこちらに後頭部を晒していた。


『あれは――』


「!? 少佐!? 少佐!」


 通信が途絶する。


 その瞬間、空気が揺らいだ。


「ぐっ!?」


 すさまじい突風がトーチカ内に吹き荒れた。


 "ロードビルダー"の巨大な首が動いたことで風が巻き起こったのだ。


 南部攻撃隊は吹き飛ばされないように必死に壁や地面にしがみつく。


「ああ~!」


 兵士の一人が絶望の悲鳴をあげた。


 強風に耐えられず木っ端のように吹き飛んで、二千メイルの奈落の底へ落ちていく。


 永遠とも思える時間。


 静寂は唐突に訪れた。


 オオサンショウウオに似た頭がこちらに向けられていた。


 最初の火砲と魔術の集中砲火で広範囲に肉を露出し血を滴らせていた。だが、頭蓋骨も脳漿もない。


 ゆっくりとその大きな口が開かれていく。


 歯も舌もない。胃へと続く食道の代わりに、一つの巨大な目玉がそこにあった。


 それでジンジャーは理解した。


(……頭は別のところにあるパターンだったさね)


 その見た目に騙された。


 ジンジャー達が頭と思っていたものは、触角だ。


 いわばカタツムリの目だ。触角の先端に目がついている。当然、そこは弱点ではない。


 そして、北部攻撃隊を一瞬で全滅させた巨大な邪眼が、今、こちらに向けられている。


(仇はとってくれさね)


 抜け目のないアイツのことだ。この戦いを帝国情報部に観察させているはずだ。


 上級竜はその存在が知られていても、その多くは謎に包まれている。


 ましてや環境改変能力を維持したまま人類大陸に侵攻してきた初めての例である。


 捨て石にされたとは思わない。


 人類には情報が必要だった。


 だから戦う必要があったのだ。


 恨みはない。


 帝国軍人としてやることはやった。


 ただ、キャサリン少尉を本国に帰せなかったのが無念でならない。


 "ロードビルダー"の目が光った瞬間、最後にジンジャーが脳裏に浮かべたのは本国に残してきた旦那と息子のことだった。


 ジンジャー・ボネット、その四四年の生涯を終える――








「"――あらゆる魔を討ち滅ぼさん!"」


 ジンジャーの生まれ持った強運は、その運命を許さなかった。

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