90 終わる世界 24
ドシュュュュュゥゥゥゥゥウウウウウウウウ!!
夥しい死骸の中を歩くグレアムの周りから無数の黒い閃光が"ロードランナー"の群れに向けて放たれる。
死の女神が持つ黒扇の如き<破壊光線>の多重放射によって小型ドラゴンの死体を量産していく。
中・遠距離攻撃を持たない"ロードランナー"に反撃する手段はない。
ワンサイド・ゲームとなった戦場。
その中において、グレアムは違和感を感じていた。
(効率が落ちている?)
"ロードランナー"を二割ほど削ったあたりからだろうか。<破壊光線>に貫かれる"ロードランナー"の数が減り始めたのだ。
理由は明白だった。
(逃げるやつが出てきたな)
殺意一辺倒で向かってくるばかりであったのに、無限の魔力で暴威を振るうグレアムを恐れて逃げ出す個体が目に見えて多くなっている。
今も数体の"ロードランナー"がグレアムの横を走り抜けようとしていた。
グレアムがその数体に向けて魔銃から<目標指示>を放出すると、すぐに黒い光が迸って数体をまとめて切り裂いた。
魔導兵装オードレリルはグレアムに敵意ある存在に向けて自動的に攻撃を放つ仕様となってる。敵意を失って逃げる存在にまで攻撃しない。
(失敗したな。魔物は逃げることがないから)
オードレリルの運用テストは常に魔物が相手だった。逃げる敵は想定外だったのだ。
(……違うな。逃げる敵まで、殺したくなかったんだ)
元々、オードレリルは王国軍、つまり人間相手に対して使うことを想定していた兵器だ。
だから、無意識にその欠陥を見落とした。
逃げる敵を見逃す行為は利敵行為。
名誉を重んじる高潔な騎士ならともかく、追討ちをかけない指揮官は失格だ。逃げることは反撃の下準備にすぎない。
"逃がすな。敵の数を減らせ。逃せばその分だけ敵の再攻撃は激しくなる"
そう言ってグレアムは団員達に王国軍の背中を撃つように強要した。
であるのに自分が直接手を下す時には忌避する。
グレアムが自身への嫌悪感を抱いた瞬間、<破壊光線>の自動攻撃が止まった。
『???』
タウンスライムが戸惑いの思念波を返す。
強い自己嫌悪感が自身への攻撃衝動へと転化して、それをタウンスライムが敵意として感知してしまったのだ。
戦場に突然、訪れた凪。
"ロードランナー"の群れの後ろにいた一際大きな個体が「グゥワヮァアー」と大きく叫んだ。
その瞬間、すべてのドラゴンが踵を返して、来た道に戻り始める。自動車並のスピードで走る"ロードランナー"は、あっという間にグレアムの攻撃圏内から離れてしまった。
(……なるほど。こういう不具合もあるか)
実戦投入するにはテストが足りなかった。
"何か失敗しましたか?"
敵意を感知するタウンスライムからそんな申し訳なさを示す感情が伝えられる。
(いや、お前たちはよくやってくれた)
攻撃を止めてくれなければ自爆という情けない結果でグレアムの人生は終わったことだろう。
戦場で余計なことを考えた自分が悪い。
(削れたのはよくて三割か)
二十万強の"ロードランナー"の死骸で埋め尽くされる道に一人立ち尽くすグレアム。
(さて、どうするか)
<飛行>で回り込んでも敵意を持たれないとオードレリルの自動迎撃機能は働かない。チマチマと<目標指示>を使って削り続けるのは効率が悪い。いっそのことあれを使うか。
「お屋形様」
いつの間にか行商人の身なりをした壮年の男がグレアムにかしずいていた。
「薬裡衆か?」
彼らはグレアムを"お屋形様"と呼ぶ。そういう伝統らしい。
「はい。テルセンと申します。情報収集のため、イリアリノスに派遣されておりました」
「無事だったのか。どうして連絡しない?」
薬裡衆でも貴重な通信用魔道具は二つしか所持していないという。その一つをリンド老はテルセンに持たせていた。
「申し訳ありません。あの翼竜ども、どうやら通信を妨害する権能を持っていたようでして」
魔力を特定の固有振動に変換することで電波のような性質を持たせることができる。通信用魔道具や<白>の起動スイッチはそれを利用していた。
(レーダーに反応なかったのは、あいつらのせいか)
あの巨大な物体がレーダーにまったく反応がないというのもおかしい。翼竜は波を乱す力があるのかもしれない。
それはともかく、通信手段を失ったテルセンは"ロードビルダー"が山脈を割り進み王国へと迫っていることを伝えるため山越えを敢行する。だが、大量の翼竜に行く手を阻まれ立ち往生していたという。
そこに生き残ったイリアリノスの航空部隊が"ロードリサーチャー"の群れに戦いを挑む。機会を伺っていたテルセンは、グレアムが乱入してきたのを見つけ追いかけてきたのだという。
「通信は回復しているのか?」
「はい。先程、ノンド様にお屋形様のご無事をお伝えしたところです」
「クサモの戦況は聞いたか?」
「春嵐作戦を発動し、ほぼ完全に近い形で勝利したとの由」
「そうか」
安堵する。それと同時に思いついたことがあった。
「……ノンドは俺の影武者を用意していたな。クサモに姿を晒すことはできるか?」
狙いは王国に<白>を発動させることだ。
内戦中の王家にあって<白>を仕掛けた者の正体は不明だが、今回の戦いは注目しているはずだ。ヘイデンスタムが敗れた以上、グレアムと蟻喰いの戦団を<白>でまとめて殺そうと考えてもおかしくない。
だが、王国が仕掛けた<白>はすべてグレアムが無効化している。【危機感知】持ちのリーの様子から、施した安全策はうまく機能するはずだ。
懸念はティーセと共に飛び立ったグレアムが突然、クサモに現れたことに疑問を持たれないかということだ。おそらく王国は【千里眼】のような力を使って見ているのではないかと予想している。その場合、敵の視界は限定される。望遠鏡と同じだ。気づかぬうちにクサモに戻っていたと思ってくれるかもしれない。
それにあてが外れても損をすることは何もない。団員達は少し驚くかもしれないが。
「グレアム殿……」
魔術師姉妹の姉マルグレット・ゼスカが空から降りてきた。
杖を前に抱えて肩を落としている。
グレアムが"ロードランナー"を殲滅できなかったことに失望しているのかもしれない。
「少し待っててくれ。ちょっと思いついたことがあってな」
「そ、それは構わないのですが……」
マルグレットは通信用魔道具で話をしているテルセンに目を向ける。
「俺の仲間だ。……そういえばアロルドには君が<飛行>を付与したのか?」
「は、はい」
「彼に<飛行>を付与してやってくれないか。俺は苦手でな」
<飛行>や身体強化魔術を他人に付与するのに魔力量や演算速度はあまり関係なく、付与対象者に適合させる技術が必要になる。
例えるなら大工場で大量生産した既製服よりも、職人が顧客の体に合わせて作った注文服の方が適しているということだ。付与された<飛行>魔術が不完全だったため、足先まで保温機能が働かず凍傷で足の指を失ったという事例がある。
グレアムは魔術を身につけて日が浅いうえに、なまじ大魔術でどうにかなってしまうので魔術行使の技術的な修練が疎かになっていたのだ。
「もちろん無料でとは言わない。マナポーションをいくらでも提供しよう」
グレアムの足元では、タウンスライムが原形を留めていない小型ドラゴンの死骸を亜空間へと収めていく。その中でナノスライムがマナポーションを生成中だ。
「い、いくらでも? 妹や部下達の分もお願いしても?」
「ああ、かまわない」
少々、バツの悪い思いをしているグレアムは大盤振る舞いすることにした。
そこに通話を終えたテルセンがやってくる。
「私に<飛行>を?」
「ああ、君にはここから三〇キロ以上、離れてもらう」
それからしばらくして遥か西の空に四つの白い光の柱が立ち昇った。
恥ずかしい過去を思い出して「死ね!」とか言いたくなることってありますよね……