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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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83 信念と理念と

 話はヘイデンスタムのクサモ襲撃より一月前に遡る。


『クサモに長期間滞在する以上、<白>対策は必須だ。発動地点から半径三〇キロを攻撃範囲とする<白>は超長距離攻撃手段となりうる』


 グレアムはクサモで冬営すると決めてすぐにクサモを中心とした三〇キロ圏内のあちこちにエスケープスライムをばら撒くようにミストリア、ジャックス、ネルの部隊に指示した。


 そして、その成果は先日現れた。


 グレアムは<白>が仕掛けられたと思われる場所に薬裡衆を派遣する。そして、彼らから発見の報を受けたグレアムはクサモから飛んできたところだった。


 木々生い茂る眼下の山の中からチカチカと光が煌めく。薬裡衆からの合図だろう。グレアムがその光るポイントに降り立つと、薬裡衆の頭領リンド老が待ち受けていた。


「ご足労いただき――」


「礼は不要だ。それよりも麓に村があったな。特に避難している様子はなかったが」


「下手に騒ぎ立てれば我らに察知される恐れがあります。王国は彼らを見殺しにするつもりなのでしょう」


「…………」


「警告しますか?」


「……いや、いい」


 オーソンならば有無をいわさずそうしただろうが、グレアムは違う。彼らが犠牲になってもグレアムが<白>を見つけたことを王国に知られたくなくなかった。


 だが、もしあの村がクサモだったり、生まれ育ったムルマンスクであったならグレアムはすぐに<白>を無効化していただろうが。


 そう、グレアムはクサモにいても<白>を無効化する手段を手に入れていた。<白>を見つけることができたのもそれを利用している。であるのに危険を冒してわざわざ遠方まで出向いたのは理由があった。


「あれか?」


「はい」


 グレアムの目の前には小さな山小屋があった。狩猟者のための休憩や悪天候時の避難のために設けられたもののようで、今は人の気配はない。


「床下に隠されておりました」


「わかった。お前たちは下がっていろ」


「いえ。お供いたします」


「……好きにしろ」


 山小屋の扉を開けると床板がこじ開けられ、その下に青白い光を放つ魔道具があった。サイズは両手の親指と人差し指を繋げて輪にしたぐらいの大きさ。これぐらいならばどこにでも隠せる。おおよその位置は特定していたとはいえ、リンド老はよく見つけられたものだ。


「よし」


 グレアムは慎重に歩を進める。ここに来る前から<魔術消去(マジックイレイサー)>はいつでも発動できる状態にしている。いつ<白>が発動するか分からないからだ。


 グレアムの緊張は目の前の魔道具に<魔道具作成(クリエイト・デバイス)>をかけた瞬間、最高潮となる。魔道具に魔術式の付与・編集・削除を行う魔術である。そして、他人が作った魔道具にもかけることが可能で、ある意味、不正アクセスとなる。これをトリガーとして<白>が発動するトラップがあっても不思議ではない。


 だが、幸いにも<白>は発動することなく、グレアムの目の前に理解できない記号の羅列が空中に表示された。


「暗号化されているようですな」


「想定の範囲内だ」


 グレアムは記号の羅列を目で追い、それを思念波としてスライムに送り込んでいく。スライムネットワークの大規模演算能力を使い暗号化された魔術式を強引に復号化していく。小一時間ほどで、膨大だが見慣れた魔術式がグレアムの目の前に現れた。


 そこからさらに一時間ほどかけて魔術式を読み解いていく。


「ふう」


 ある程度、目処がついたところでグレアムは息を吐いた。


「どうぞ」


 リンド老がそっと茶を差し出す。


「ああ、すまんな」


 腰をおろして、ずずっと茶を啜っているとリンド老が成果を訊いてきた。


「使える、と思う」


「それは重畳」


 イリアリノス連合王国への国外脱出が難しくなった今、王国と交渉できる材料が必要だった。その一つとしてグレアムは<白>を手に入れることを目論んだのだ。


「だが、<白>の発動には起動時に送られてくるキーコードが必要だ」


 トラップがなかったのはこれが理由だろう。この魔道具はいわば錠前で、錠前だけでは<白>は発動しない。


「キーコードを送るための魔道具があるはずだ」


「それらしきものは見当たりませんでしたが」


「おそらく、ここからずっと離れたところにあるんだと思う」


 いわば、リモコン型爆弾といったところか。<白>の効果範囲三〇キロ圏内に起動用魔道具があるとは思えない。安全な場所から<白>を起動するためだろう。そして、ここからさらに三〇キロ圏はグレアムの感知範囲外となる。


「さきほど暗号化された魔術式を強引に解読したように、キーコードを得ることはできないのですか?」


 リンド老は錠前の鍵穴から、鍵を擬似的に生成できないかと言っているのだろう。


「……できなくはないが、暴発する危険がある。同じ理由で総当り方式もだめだな」


 キーコードが正しいかどうかは、実際に差し込んでひねるまで分からない。だが、錠前が開いた瞬間に<白>は発動する。未使用の<白>を手に入れたいグレアムにとって、それは本末転倒であった。


「……師匠なら数日で安全に解析してくれるんだろうが」


 大賢者ヒューストームの弟子とはいえ、魔術系スキルも持たず、魔術を学んで二、三年のグレアムでは半年以上かかる。もちろん、他の仕事をせず、解析だけに費やした場合でだ。


「いかが致しますか?」


「……あえて発動させる。白炎が広がらないように魔術式を一部改変した上で、ログを仕込んで送られてくるキーコードを得る」


「なるほど。その仕込みには時間がかかるので?」


「いや、エントリーポイントの一部を改変するだけだから、それほどかからない」


 早速、手を動かし始めるグレアム。魔術式の改変作業は小一時間ほどで終了した。


「発動時は白い柱が立つが、この小屋以上には広がらないはずだ。だが、念の為、<魔術消去>を発動するためのコントローラーを渡しておく。<白>が広がるようならそれで消せ」


「承知しました。……これで王国と交渉する材料は得たわけですな」


「王国が<白>を発動すればの話だがな」


「するでしょう。すでに二度、発動しているのです。躊躇う理由はありません」


「……だろうな」


「……王になるのは気が進みませぬか?」


 リンド老の突然の言葉にグレアムは驚きを見せた。


「なに、亀の甲よりというやつです。やはり、ダイク様の血を受け継ぐ方なのですな。あの方も王になることを厭っていた」


「……俺の曾祖父さんか」


「国を背負って立つ者の苦悩と責任の重さを感じ取っていたのでしょう。それゆえに残念です。それらを知るダイク様ならば、きっとよい王となってくれたことでしょうに」


「結局、曾祖父さんは王になることなく急死したんだったな。暗殺でもされたか?」


 リンド老はありえないというふうに首を横に振った。


「星の巡り合わせが悪かっただけでございます」


 つまりは運である。王になりたくない男が急死したのは運が良かったのか悪かったのか。


「……確かにリンド老の言う通り、積極的になりたいわけではない。だが、他に手がないのも事実だ」


 オーソンとその妻アリダに約束したのだ。お腹の子供を安全に育てる環境にしてみせると。


 王国との和解はありえない。王国の傘下に入ったところで、いずれは危険分子として粛清されるだろう。王を殺したという事実は決して軽くはない。


 ならばグレアムは王国から領土をぶん取り、王国と同等かそれ以上の国家を作りあげるしかない。王国がおいそれと手出しできないような。


 現在、時間は王国に味方している。時間が経てば経つほどグレアムと蟻喰いの戦団にとって状況は悪くなる。クサモに何十門とガトリングガンを並べても無限に撃てるわけではない。王国との戦闘を繰り返せば、こちらの限界を敵に知られ、限界以上の戦力でこちらを押しつぶすだろう。地力には天と地ほどの差があるのだ。


 王国との交渉は時間稼ぎでしかない。地力の差を埋める貴重な時間を得るための。


「だが、そのために俺が王になっていいのかと思ってな」


 国を作ることはイリアリノス連合王国への脱出後に、一つの施策として考えてはいた。イリアリノスは複数の国の連合国である。新興国がその一つになってもおかしくはないし、その例は既にある。だが、王になるのはオーソンを想定しており、グレアムは裏方に徹しようと考えていた。


 貴族が王になるのと、平民が王になるのとではスタート地点が違うからだ。元平民に頭を下げることを嫌う貴族や土豪は多い。平民でさえもだ。平民出身の傭兵王ジェレミー・ウルフはそれで苦労し、実は自分は亡国の王子だったと自称したと伝えられている。豊臣秀吉も実は母は若い頃、御所に仕えていて――という話を創作させている。


 だが、グレアムがレイナルドの嫡男と判明し、グレアムも王となる資格を得た。王国さえ恐れる戦団の力の要はスライムであり、それを操るグレアムこそが戦団の象徴である。外交的にも力と象徴は一致していた方がいい。


「だが、俺には信念も理念もない」


 例えば、世界を統一し恒久平和を実現する。


 例えば、民を守り民の安寧のための国家を樹立する。


 いわば、どんな国を作るかという設計思想である。


 先日、グレアムは帝国間諜ドッガーの上司にして帝国の重鎮と思われるヘリオトロープに国を作ることについて相談した。


「国を作るなら理念は絶対に必要だ」


「…………」


 前世ではプロジェクトリーダーをやっていたグレアムである。プロジェクトメンバーにビジョン、ゴール、目標を指し示す必要性は理解し実行してもいた。だが、それはあくまで自分と仲間達が生き残るためのものであり、未来の子々孫々にまで及ぶ超長期的な国家理念とは次元が異なる。


 お題目ならいくらでも並べ立てられる。だが、グレアムに信念はない。


 前世の地球の歴史を知っているグレアムは世界統一の恒久平和など不可能だと分かっているし、目的のためなら麓の村を危険に晒すことができるグレアムに民のための国家など作ることはできない。


 王の信念と異なる国家理念を掲げても、いずれ王の行動と理念に矛盾が生じるだろうことは想像に難くない。ならば、いっそのこと理念を示さないほうがよいのではないか。


 そもそも明確な理念を持って誕生した国家のほうが稀だ。古代では宗教的結束、血族的結束によって自然発生的に成立した国の方が多い。そこに政治的、生存戦略的な理由も加わるようになる。蟻喰いの戦団が作る国もそれでいいのではないか。


「いいや、必要だね。国を作った人間は絶大な権力を得る。そして、その周辺にいる人間もまた権力を握る。でもね、権力を持った人間というのは腐るんだ。これは人間の本質であって放置した生肉のように腐るのは仕方がない面もある。


 それを防ぐ仕組みの一つが理念だ。


 例えばノブレスオブリージュ(高貴なるものの努め)なんて言葉があるだろう。権力を持つものが義務を果たすなんて、本来、当たり前のことなんだ。だが、その当たり前を忘れてしまうのが人間だ。だから、ノブレスオブリージュなんて言葉を作り出して忘れないようにする。理念とはいわば防腐剤なのさ」


「…………」


「どうした?」


「ああ、いや。確かに。権力を笠に着て好き放題すれば国は滅ぶ。理念を示すことで、それを防ごうということか。……理解できるよ」


 グレアムはこの時、ヘリオトロープの正体について、ある疑念を持った。似たようなやり取りを前世でした覚えがある。


『電気や水道と同じように警察も社会を維持するためのインフラの一つに過ぎない。なのに警察にだけ正義感や倫理感を過剰に押し付け過ぎないか?』


『バカ言うない。彼らは犯罪者を捕まえるために力を与えられているんだ。正義感やら倫理感を忘れた警察なんて、ただのヤクザと変わりない』


 グレアムは首を振って回想を振り払う。


「どういう国を作ればいいのか、俺にはまるで見えていない」


 奇しくもリンド老が返した言葉はヘリオトロープと一緒だった。


「国家の樹立など一朝一夕にできるものではありません。まだ時間はあります。その間にゆっくりと考えればよろしいかと」


 実際、課題は山積みだった。特に宗教問題は解決の目処すら立っていない。領土を奪えば領民もついてくる。彼らの冠婚葬祭をどうするか。王家が人事権を握る神殿の協力が得られるわけがない。いっそのこと新しい宗教を立ち上げるか、それとも帝国のように宗教を禁止するか。


 結局のところ宗教も国家理念に密接に関わる問題で、切り離して解決はできないような気もする。どうにか、すっぱりと解決する手段はないものか。


 悩むグレアムをよそに黒ずくめがやってきてリンド老に耳打ちした。


「……。アイーシャ様の救出に無事、成功したとのこと。これより迎えに行ってまいります」


 アイーシャ・レイナルド。グレアムの産みの母である。


「わざわざリンド老が出迎えにいくのか?」


「グレアム様がレイナルドの嫡男だと証明する貴重な証人ゆえ」


 リンド老が口笛を吹くと壮年の男と少年が目の前に現れ、グレアムの前に跪いた。


「ちょうどよい機会ですので紹介しておきます。ノンドとシャル。私のひ孫と玄孫にあたります。私が不在の間は彼らが代理を」


「そうか。よろしく頼む。…………」


 ノンドは物静かだが有能な男という印象を持った。シャルは……


「……シャルといったか? 何の冗談だ?」


 シャルという少年はグレアムに瓜二つだった。双子といわれても信じてしまいそうだ。


「影武者です。シャル」


 シャルは自分の顔にすっと手を翳す。手を退けた後、そこには可愛らしい少女の顔があった。


「スキルか?」


「いえ。長年培った技術です」


「すごいな」


「こういう者も必要かと。後のことはノンドに。

 ……ああ、それと()()()老婆心から忠告を。

 レイナルドの騎士にはお気をつけください」


「……それはどういう――」


 意味を聞こうとしても、既にリンド老の姿は影も形もなかった。


「レイナルドの騎士」よりも「最後」という言葉が気になった。だが、不覚にもグレアムはそれを忘れてしまう。<白>が新たに三つ見つかったからだ。


 予定外の出張作業によって遅れたスケジュールを取り戻すべく、一日一時間睡眠を余儀なくされたグレアムは、頭の中からリンド老の言葉がいつの間にか消え失せていた。

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