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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
251/441

82 陰謀 3

 グレアムを罠に嵌めるため内戦を偽装したというテオドール。


「実際に血は流れているけどね」


「当然だ。テオドールの兄貴が生きていることも、内戦が茶番だということも一握りの者しか知らない」


「僕は悪くない策だと思ったよ。国軍は温存して、流血を強いているのは貴族どもの私兵だ。彼らの力を削ぐいい機会になっている」


「肝心のグレアムに策が嵌まらなければ意味がない!」


 クサモに訪れた商人や娼婦を使って、ごく自然な形で内戦の情報をグレアムに伝わるにようも工作した。だが、グレアムはどんな誘いにも乗ろうとせず、クサモに留まり続けた。ならばと蟻喰いの戦団に工作員を送り込み、内部から王国打倒の機運を盛り上げようとも画策したが、工作員はことごとく戦団に不採用となる。薬裡衆がクサモに駐留するようになってからは工作員を送り込むことさえ困難になった。


「そこで次の策がアリオン=ヘイデンスタムを目眩ましに利用するものだった」


 アリオンはレイナルドと国軍が参戦できなくても、独自にグレアムを討伐する意志を固めていた。


「大伯父上でもグレアムには勝てやしない。特に半減したヘイデンスタム軍ではな」


 アリオンはアインとツベル二人の息子に五千ずつ与え、それぞれケネットとクリストフの陣営に参加させていた。これはヘイデンスタムに限ったことではなく、親子もしくは兄弟が別れて戦う貴族も多くいた。当主の座を狙ってという動機の者もいたが、ほとんどはどちらの陣営が勝利しても家を存続させるために泣く泣く敵味方に別れたというのが実情である。


 それは兎も角、アリオンは残りの一万でグレアムの討伐に向かうことになる。途中で傭兵や内戦に参加していない諸侯の軍も取り込んで一万五千まで膨れ上がったようだが焼け石に水であろう。


「簡単に敗れ去ってもらっても困る。そこで王家からアシュターを通じて協力を申し出た」


 それが土木建築魔術師と大規模爆破魔術を封入したコアの提供である。パンゴリンと呼ばれる<重量減(デクリーズ・ウェイト)>で動かすことが可能な重さにまで軽減させた巨大なローラーを盾にして敵の防壁に接近。パンゴリンの内部にしかけたコアで防壁を破壊する戦術である。


 ちなみに土木建築魔術がかように攻撃手段となりうることを証明したのは、かのダイク=レイナルドである。そのため、王家は土木建築魔術を厳しく管理してきた。もっとも、ダイクがやったのは巨大な鉄塊を盾にするまでで、パンゴリンとコアの活用はアリオンとアシュターのアイデアである。


「パンゴリンが地雷を踏み潰し<炎弾>の雨も防ぐとなれば、グレアムはパンゴリンにかけた<重量減(デクリーズ・ウェイト)>を無効化するため、<魔術消去(マジックイレイサー)>を使う。その時に<魔術感知(センスマジック)>の魔道具でグレアムの居場所を特定し"アドリアナの天撃"を放つ」


 初撃で倒せなくても碌な航空戦力を持っていない蟻喰いの戦団ではティーセの二撃目、三撃目は防げない。必ず迎撃にグレアムが上がってくると睨んでいた。そこでティーセがグレアムを倒せればよし。倒せなければ――


「あなた方はティーセお嬢様に何をしたのです!?」


 グニーはテオドールの言葉を遮って詰問した。


「なに。ちょっとした暗示だ。躊躇いなくグレアムを殺せるようにな」


「優しい子だからね」


「……」


 クリストフは寂しそうに呟き、ケネットは腕を組んで顔を反らした。


「恥を知らないのですか! あなた方よりもずっと年下の少女を戦場に一人行かせて、あなた方はここで高みの見物ですか!」


「これ以上、王国軍が敗れるわけにはいかないのだ。王国の威信に関わる」


「何という……」


 テオドールの冷酷さにグニーは二の句が告げられなかった。この冷徹さ。まるで先王ジョセフのようではないか。ジョセフの魂がテオドールに乗り移ったのか。それとも王というのはかように冷徹でなければならないのか。


「……陛下」


 カラスの面を被った黒衣の少女がいつの間にかテオドールの側に傅いていた。


「首尾は?」


 テオドールが問うたのは<白>発動の結果であろう。グレアムと蟻喰いの戦団を滅ぼすためにテオドールは<白>を発動させたのだ。


「……失敗しました」


「……………………、なに?」


「グレアムは健在です」


「バカな!? 四方向からの白炎をすべて防いだというのか!?」


 物静かなクリストフが珍しく大声を上げた。


「<白>は、発動しませんでした」


「それこそバカなだ! 四つの<白>すべて不発だったとでもいうのか!?」


「白い光の柱は立ちました。ですが、そこから白炎が広がらなかったのです」


 クリストフは放心したように腰を椅子に落とした。


「魔術式を書き換えられた? いつ? どうやって?」


 魔術師でもあるクリストフは爪を噛んで自分の世界に入り込む。


「お嬢様は!? ティーセお嬢様は無事なの!?」


 グニーが黒衣に問うが少女が答えることはなかった。


「答えてやれ」とテオドール。


「……わかりません。最後に確認したグレアムの側にティーセ殿下はおりませんでした」


 グニーは安堵の涙を流す。それならティーセはまだ生きている可能性がある。


「……ティーセの死を確認しろ」


 そのテオドールの声にはゾッとするほどの冷たさがあった。


「兄貴?」


「生きているなら殺せ」


「な!? どういう意味だ!?」


「ティーセはグレアムに殺されたのだ。卑劣な手段によってな。ティーセの死によって臣民は一丸となることだろう」


「巫山戯るな! いくら兄貴でも――!?」


 テオドールに詰め寄ろうとしたケネットは黒衣の少女に短剣を喉元に突きつけられる。


「そのままケネットを抑えていろ。アシュター、その女を殺せ」


 その言葉にグニーは背筋が凍る。覚悟はしていても死への恐怖は拭い難いものがあった。だから、グニーは腕を前に組み、固く目を瞑った。


 ただティーセの無事のみを祈って死ぬつもりだった。


 だが、いつまでたってもグニーの首に剣が振り下ろされない。


「どうした、アシュター?」


「……どうか彼女に名誉ある死を賜りたく」


 今まで一言も喋ることなくグニーの背後に立ち尽くしていたアシュターがここで初めて口を開いた。


「なに?」


「彼女は死を賭して諫言した忠臣といえましょう。せめて貴族として名誉ある死を」


「ふん。余の耳には諫言というより罵詈雑言の類に聞こえたがな。まあ、よかろう」


 貴族の名誉ある死とは毒酒を煽るか、王の剣で死ぬかのどちらかである。テオドールは後者を選び、剣を抜いて近づいてくる。


「あの世で主を待つがよい」


 テオドールが剣を振り下ろす。


 ザシュ!


 鮮血がグニーの顔に飛び散った。


 ◇


 先王ジョセフの第三王子ケネットの世間の評価は"愚物"である。剣も学問も兄弟の中では下。それでも見栄っ張りで尊大。それが一般に信じられているケネットの人物像である。


『ゴミスキルだが使いようはある』


 ケネットが生まれた際にジョセフが放った言葉である。


【千金役者】


 演じた人物像を本物と他者に思わせる能力。それがケネットが授かったスキルだった。


 物心ついた頃よりケネットはジョセフによって"愚物"であることを演じさせられた。


 ケネットが生まれた頃のジョセフはまだ王位継承権者の一人でしかない。ジョセフは自分が玉座に就けば中央集権化のための一端として諸侯の力を削ごうと考えていた。だが、そんなジョセフに諸侯は必ず不満を持つ。その不満は王家への敵対勢力へと発展することを予測していたジョセフはケネットをその旗頭候補として育てることにしたのだ。


 敵対勢力も下手に王家に逆らえば、王国への反逆ととられ滅ぼされかねない。だが、王家の人間を立てればその限りではない。当然、神輿は軽い方がよいと考えるだろう。こちらが操れそうな王家の人間。そんな敵対勢力が望む人物として用意されたのがケネットである。いわば敵対勢力の旗頭そのものを敵対勢力の間諜とすることを目論んだのだ。


 そうして、ケネットは"愚物"を演じる。


 ジョセフの目論見通りジョセフが玉座に就き、そしてジョセフが政治への情熱を失ってもケネットは"愚物"を演じ続けた。


 それがアシュターの助けになると思っていた。アシュターが廃嫡されても続けた。助ける対象がアシュターからテオドールに変わっただけである。


 本来のケネットは知的で兄弟思いな人間である。そんなケネットの人格をテオドールはケネットの【千金役者】を【強奪】して演じている。クリストフとティーセの信じるテオドールの人物像は虚構にすぎなかった。


 だから、ケネットは今、目の前の光景に驚き悲しみはすれど、腑に落ちる思いを持っていた。



 テオドールの剣がグニーの首に届く前に


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「ぐ、あ、アシュ――」


「すまない、テオドール」


 ドサ!


 テオドールが膝をつき、そのまま仰向けに倒れた。


「!? テオドール兄さん! アシュター!」


 激高したクリストフがアシュターに向けて魔術を放つ、


 その前にアシュターは動いた。


 ザシュッ!


 クリストフの額に、アシュターの短剣が突き立った。


「――、ヒッ!」


 短い悲鳴を上げて意識を失うグニー。


 アシュターはその背中を支え、そっと床に横たえた。


 二つの死体と意識を失った女性が一人。ケネットの喉元に短剣を突きつけていた暗部の少女はテオドールが倒れた瞬間に姿を消していた。彼らは主が倒されたからといって自発的に仇を討つような行動はしない。次の王の命令をただ待つだけである。


 そうして、この場に残されたケネットは、この惨劇を作り出した当人に訊いた。


「グニーにわざと後をつけさせたな。テオドール兄貴の隙をつくるために」


「テオドールは僕の【運命の女】を【強奪】している。こうでもしないと倒せなかった」


 淡々と語るアシュター。その瞳から涙が溢れていた。


 ◇


「それでこれからどうする? 俺も殺して自分が玉座につくか」


 ただで殺される気はない。そう言わんばかりにケネットは剣を構えた。


「次の王は君だよ、ケネット。僕は自分の器を思い知った。あの夜にね」


 愛する女性を奪われまいと、その愛する女性の背中に思わず剣を突き立てた。


 自分のとった行動を自覚したアシュターは自分に絶望した。


 それでも、毒酒を煽らなかったのはテオドールがいたからである。


 テオドールが壊れていることに気づいて、罪の意識に苛まれた。


 王太子と突然の即位。いずれも本来は長兄のアシュターの役割である。その重責にテオドールの精神は耐えられなかった。


 アシュターが屋敷で寝込んでいる七年の間にテオドールは壊れていったのだろう。もしかするとジョセフが戯れにあえて壊したのかもしれない。あの男ならそれぐらいやりかねない。


 壊れたテオドールは自分の死を偽装し内戦を起こすという常軌を逸した行動に出る。こんなことが明るみに出れば王家は威信を完全に失う。肉親同士で血を流し合っている貴族は明確に反王家へと転じることだろう。


 それでもアシュターはテオドールを信じていた。いつか正気に戻ることを。だから、真実に気づきかけたティーセを洗脳した。だが、テオドールはティーセの命を使い捨てようとし、それに抗ったアシュターから【運命の女】を【強奪】する。しかも、ティーセが失敗すれば極秘裏に暗部に仕掛けさせていた<白>を発動するつもりだという。


 数多の村と町を――臣民を巻き込んで。


 テオドールを信じることは、単に自分が犯した罪の大きさに目を背けたかっただけだと悟ったアシュターはテオドールを殺すことを決意した。


「筋書きはこうだ。暗殺者に襲われたテオドールは一命を取り留めたが、ずっと意識を失って匿われていた。意識を取り戻したテオドールは君とクリストフに真相を打ち明けるために秘密裏に二人を自分のもとに呼び寄せる。だが、そこに暗殺者――つまり僕が乱入しテオドールとクリストフの二人を殺害する」


「……無茶が過ぎるぞ。グニーはどうする気だ」


「彼女は忠臣だ。ティーセの、王家の不利になる証言はしないさ」


「それでもこんな無茶な筋書きを信じるやつがいるとは思えん」


「できるさ、君なら信じさせることができる。そして、王になった君の最初の仕事は、僕の死刑執行書にサインすることだ」


「最悪だ」


「本当に。なぜ、こんなことになってしまったんだろうな」


「さあな。とりあえず、俺の二番目の仕事は子供を捨てた親が極刑になるように法を変えることだ。レイナルドには意味ないけどな」


「それはいい」


 ケネットのジョークに笑おうとしても、笑顔を作れた自信がないアシュターであった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] アシュターが外道堕ちしてやらかしたかと思ったけど、まだそこまで堕ちてなかったか……。 人のものに執着しなかったら名君として名を馳せたろうに……。
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