81 陰謀 2
王国は先王ジョセフを殺害したグレアムを捕縛するためグリフォンとヒポグリフに騎乗した航空部隊が派遣するが、結果は惨憺たるものとなった。この結果から部隊規模での捕縛は不可能と判断した王国は軍をもっての対処を決定する。それがベイセル=アクセルソン率いる五千の第一次グレアム討伐軍である。
「だが、その軍もほぼ壊滅という結果に終わる。余はアイク=レイナルドの奏上を受け入れ、八万の軍勢を派遣することを決めた」
レイナルドとヘイデンスタムでそれぞれ二万、国軍四万を動員し、グニーの主であるティーセがお飾りの総大将として実際の指揮はアイク=レイナルドが担当する。それが第二次グレアム討伐軍の陣容である。
「ベイセルが負けた後、そのまま国外に行かせればよかったんだ」
ケネットが舌打ち混じりに口を挟んだ。
「そうだね。ベイセルのやつ、そこは思いの他、うまくやってしまった」とクリストフも補足する。
ベイセル=アクセルソンがクサモで敗れ去り、一人逃げ出した直後、テオドールは暗部を使ってベイセルと接触し一つのこと命じた。グレアムをどうにかして国内に足止めしろと。
グレアムが王都を脱出してから当時までの行動から、国外逃亡を目的としていると推察されていた。行き先はおそらくイリアリノス連合王国。そこは地理的、政治的、軍事的、その他様々な理由で王国から軍を派遣できない土地である。八万の軍勢をイリアリノスに送るわけにはいかなかった。
テオドールはグレアムの足止めに聖国国境軍とクサモ近辺の貴族を王命で動かすつもりであった。だが、ダメ元で命じたベイセルがアムシャール村の村民を煽りグレアムのもとに導くことに成功した。足手まといを抱えることになったグレアムはクサモで冬営することになる。
これでイリアリノスへの道は雪と氷で閉ざされグレアムは袋のネズミとなった。後は予定通りレイナルドがグレアムを捕らえる――そのはずであった。
"子供の栄達を望むのは母として当然でしょう"
夫を毒殺したアイーシャが尋問を担当したアシュターに放った言葉である。
「僕たちはそれでグレアムが捨てられたアイクの息子であることを知ったんだ」とクリストフ。
テオドールはとりあえずアイーシャをグレアムへの人質として使える可能性を考慮し、レイナルドの遠縁に監禁させた。
そして、テオドールは"レイナルド"について苦慮することになる。
「残された"レイナルド"の騎士たちがグレアムを嫡男と認めれば、"レイナルド"は王国の敵となる」
王家にとって"レイナルド"とは諸刃の剣であった。
およそ七〇年前、稀代の傑物ダイク=レイナルドがレイナルド侯爵軍単独で行った帝国遠征は帝都陥落直前で終わりを告げた。ダイクが急死したのだ。その報を聞いた当時のアルジニア王国王トシュテンは狂喜乱舞したという。
強すぎる家臣は君主にとって頭痛の種となりうる。
ダイクの活躍によって肥大したレイナルドが王家にとって代わるのではないかとまことしやかに囁かれていた。現在のジルフ王朝を打倒し、レイナルド王朝をダイクが作るのではないかと。
下剋上である。それは昔も今も大して珍しいことではない。充分にありうることであったのだ。
「ダイクは七つの国を滅ぼし、神の名のもとに民から絞り上げていた神殿勢力まで王国法のもとに従わせた大英雄だ。王家の人間に手柄を譲ったことも両手の指じゃ足りない」
生涯五十四戦して無敗。まさに軍神。ダイクの名を聞けば敵の兵士は雪崩を打って逃げ出すことも多かったという。
そんなダイクが王位を簒奪しなかったのは、トシュテンがレイナルドに治外法権や聖職叙任権など様々な特権を与えることでダイクの機嫌をとっていたからだと言われている。
「でも、帝国を滅ぼして凱旋していれば、トシュテン王も禅譲するしかなかっただろうね」
ダイクが望まなくても周りがそれを望む。ダイクの急死はトシュテンにとって僥倖だったのだ。
だが、トシュテンの苦悩は続くことになる。
レイナルドに与えていた特権である。特権はダイク本人ではなくレイナルド侯爵家に与えていたものでダイクが死んだからといって無効になるものではない。
トシュテンはレイナルドから特権を奪い、さらに強大になりすぎたレイナルドの力を削ごうと画策する。
結論からいえばそれは失敗した。ダイクの死後もレイナルドは勢力を維持し続けたからだ。その要因の一つはレイナルドの軍勢が健在だったからだ。
帝国に残されたレイナルド侯爵軍は、ダイクの遺言によって"不死"の魔女ケルスティン=アッテルベリが指揮を受け継ぐ。ダイクの死を隠したケルスティンは全軍を掌握するとすぐに帝都近辺から撤退した。
ケルスティンは帝都の南に広がるガルキス平野で待ち構え、帝都から出撃してきた帝国軍を撃退する。これによって帝国は帝都から撤退したのは自分達を誘い出すためのダイクの罠だった考え、以降、帝国軍は帝都から出ることがなくなった。そうして、レイナルド侯爵軍は帝国軍に追撃されることなく敵地からほとんど無傷で帰還する。
王国に帰還したケルスティンとレイナルドの騎士団、そして薬裡衆はダイクの息子エイクを中心に一致団結して王家に対抗する。長じたエイクも孫のアイクも有能であったこともあり、今日までレイナルド侯爵領は王国にありながら半ば独立国のような立場を維持し続ける。中央集権化のために諸侯から力を削ごうとうする各種の政策もレイナルドだけは特権によって除外された。
「父はよくもまあアイク=レイナルドに元帥なんて地位を与えたものだ。簒奪されると思われなかったのかね」
「アイクに野心はないと確信していたのか、あるいは王座を守り切る自信があったのか、それとも噂通り二人の間に密約があったのかもな」
先王ジョセフは女児には無関心だったが、男児にはそれなりに教育に力を入れていた。テオドール達は父を嫌悪しつつも能力的に圧倒的な力を持つジョセフを畏怖していた。
「いずれにしろ我らから見れば二人は人の姿をしたドラゴン。そんな二人のうち一人をグレアムは殺してみせた」
「グスタブ=ソーントーンの反逆があったとはいえ、ね。アイクの殺害も動機がグレアムを助けるためというなら間接的にグレアムが殺したともいえる」
「そんな化け物に俺たちは勝てるのか?」
「無理だね。ダイク=レイナルドと同じスキルを持つグレアムはダイクの再来だ」
ダイクを無敵たらしめた一因は敵軍の把握と兵站にあると言われている。ダイクは敵軍の動向を常に把握していたフシがある。さらにどんなに長期の戦となってもレイナルドの軍は飢えることがなかったという。
今、グレアムも同じことをしている。本当にダイクが【スライム使役】を持っていたかは不明だが、グレアムがダイクと同じスキル持っていることは間違いない。
「ダイクには誰も勝てない。それは歴史が証明している」
「そうしてグレアムに滅ぼされろってか?」
「そんな運命など受け入れるわけにはいかん。余は暗部から精鋭の暗殺者たちを送った。だが、失敗する。薬裡衆の仕業だ。ダイクを支えた勢力の一角がグレアムについたのだ」
テオドールの焦燥はいよいよ大きくなる。
策が必要だ。
それも思い切った策が。
「それが内戦の演出だったというわけですか?」とグニー。
「国内外の有名な傭兵団には暗部を潜り込ませている。内戦に乗じてグレアムを利用して王国を支配する。そう団長を煽り立てるように命じた」
当時のクサモには血気に逸った傭兵団長が殺到した。グレアムが彼らとともに南下してきたとしても脅威ではない。いつでも裏切らせることが可能だ。ケネットとクリストフが戦っている戦場にグレアムがやってくれば、すぐに停戦する。そうして、傭兵団とケネット、クリストフでグレアムと決戦し、状況が許せばグレアムのスキルを【強奪】する。それがテオドールが編み出した策であった。
「ダイクのスキルを余が使えるようになれば、内戦の損害など補って余りある」
「俺は反対したんだ!」
テオドールにケネットは憤慨して叫んだ。
「だが、テオドール兄貴は死を偽装して、こともあろうにクリストフに俺の屋敷を襲撃させたんだ!」
ケネットもそこまでされればテオドールの策に乗るしかなかった。
それが下策とわかっていても。