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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
249/442

80 陰謀 1

(ああ、まただ)


 昼なお暗いサンドリア王宮の北側。


 王妹ティーセ付きの侍女グニーはそこで王兄アシュターの姿を見失う。


 これで実に三度目。いつも同じ角を曲がった所でアシュターは煙のように消え失せてしまうのだ。


 ティーセがグニーを残してグレアム討伐に赴いたのは一月ほど前のことである。その時のティーセの様子は明らかに異常だった。受け答えはするのだが、一人になると死んだ魚のような目をしてブツブツと独り言を呟き続ける。そんな状態になったのは最後にアシュターと会ってからである。


 グニーはティーセのことを実の娘のように思っている。自分が子供を産めない体である分、その思いは一入(ひとしお)であった。そんな大切な自分の主にアシュターは何をしたのか?


 下級貴族夫人のグニーが王族に面と向かって問いただせるわけもなく、こうして後をつけることぐらいしかできない。


「はぁ」


 今日も尾行に失敗したグニーは軽い失望の溜息を吐く。戻ろうと踵を返したところで奇妙なものが目についた。胸像を置いている台座。その側の床に白い砂のようなものがこぼれて落ちていた。


 ピンときたグニーは胸像を調べ始める。胸像の背中に手を回すと窪みがあった。そこに指を押し込むと音もなく台座の側面が開いた。


「っ!」


 覗き込めば地下へと降りる階段がある。


 行く先は暗く見通せない。


 その闇の深さにグニーの本能は何も見なかったことにして、その場をすぐに離れるように訴える。


 この貴族社会、わずかな好奇心で破滅した例など枚挙にいとまがない。だが、ティーセを思う心がグニーの足を前に進ませた。


「…………」


 どこまでも続く階段をもう五階層分は降りただろうか。ちょうど暗闇に目が慣れたころに階段は終わった。


 そのまま狭い通路を進むと十字路に差し掛かる。左右の道はずっと奥までに続いて見通せない。


 グニーはとりあえずそのまま進むことにした。


「――っ!!!」


 しばらくして誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。


 通路の終わりに扉が一つあった。中で何者かが激しく言い争っているようだった。


 そして、この声にグニーは覚えがあった。アシュターではない。


(まさか、そんなはずは……)


 鍵穴から明かりが漏れている。グニーは音を立てないように扉に近づき、そっと穴から覗いてみた。


 一際大きな声を上げているのは赤い髪の偉丈夫。その彼が口にした言葉にグニーは息を飲んでしまう。


「――ティーセまで殺す必要があるか!」


「っ!」


「!? 誰だ!?」


 荒々しく扉が開かれる。室内のランプがグニーの姿を晒した。


「おまえはティーセの侍女の……」


「ア、アシュター殿下」


 アシュターに腕を掴まれ部屋に引き込まれる。


 部屋には四人いた。アシュターに、赤い髪の偉丈夫――ケネット。そして白い髪の優男のクリストフ。


 まさに今、この二人のうち、どちらかを王座に就けんと貴族と軍は第三王子派、第五王子派に分かれて争っている最中である。


 もしかして和平交渉を?


 もし、室内に四人目の人物がいなければ、ジニーはそう誤解したかもしれない。


「テ、テオドール陛下?」


 ありえない。


 テオドールは死んだはずだ。何者かの凶刃に倒れた。だから、ケネットとクリストフは争うことになったのだ。だが、テオドールが実は死んでいないのだとしたら――


「この内戦は、王家によって仕組まれたものだったのですか?」


 その言葉にテオドールは溜息を吐き、ケネットは苦虫を噛み潰したような顔をして、クリストフは恥じ入るように俯いた。グニーの背後に立つアシュターは何やら剣呑な空気を纏っているような気がする。


「テ、ティーセお嬢様は、このことをご存知なのですか!?」


 萎縮しそうになる心を奮い起こし、グニーは再度問う。


「いいえ! それよりも、先程ケネット殿下が仰っていたことはどういう意味ですか!? ティーセお嬢様を亡き者にしようとしたと! お嬢様はご無事なのですか!?」


「…………」


「陛下! どうかお答えください! ティーセお嬢様は血を分けた兄弟で争うことに心を痛め、どうにか回避しようと昼夜を問わず奔走しました! ええ、それはもういじらしくなるほどに! そして、今も王国を救うため、戦地へと赴いたのです! なのに! なのに、この仕打ちはあんまりではありませんか!」


 グニーの涙混じりの問いかけにテオドールはそれでも答えようとしない。手前のテーブルに置いてあるフルフェイスの黒い兜を手に取り、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。


「陛下!」


「……先程、<白>を発動した」


「クリストフ!」


「いいじゃないか、テオドール兄さん。ええと……」


「グニーと申します。あの、<白>とは?」


「戦略級広域殲滅魔術――、つまり超大型の破壊魔術で、発動地点から半径三〇キロの物体をすべて焼きつくす」


「!? お嬢様はそれに巻き込まれたと!?」


「…………」


 悲痛な顔で頷くクリストフ。


「おおっ!」


 グニーは床に這いつくばって嗚咽を漏らし始めた。


「まだ死んだと決まったわけではない」とケネットは慰めを口にするが、すかさずクリフトフは否定する。


「<白>は四箇所同時発動だよ。グレアムがどんなに魔力を持っていたとしても四方からくる白炎を一度に消せるはずがない」


 魔術を発動できるのは術者の前方に限定される。<魔術消去(マジックイレイサー)>で二方向、もしかすると三方向からの白炎は消せるかもしれないが、後方からの白炎には対処できないはずだ。


「お嬢様はグレアムと一緒にいるのですか!?」


「そうだ。ヘイデンスタムの軍が敗れたと報告を受け、余の命で<白>を発動させた」


「どうして? どうして、そんなことを!? 陛下!」


「……あれも王家の女だ。国のために犠牲になる覚悟ぐらいはあったはずだ」


「っ!」


 テオドールの思いがけない言葉に絶句するグニー。ティーセはテオドールのことを温厚で優しい人だと慕っていた。であるのに、この冷酷な言葉はどうしたことか。ティーセに見せていた顔はすべて演技だったとでもいうのか。


「王家の重責、私めにはうかがい知ることもできません! ですが、お嬢様はまだ13になったばかり! そのような少女に死を強いるなど鬼畜の所業ではありませんか! 血を分けた肉親に裏切られたお嬢様が哀れでなりません!」


「口が過ぎるぞ、グニー!」


「いいえ、黙りません! 私も貴族の端くれ! 王家の秘密を知った以上、命ないものと覚悟しております! ですから、最後に言わせていただきます! 建国王オスカーと聖女アマンダの魂を受け継いでいるはずのあなた方、彼らの誇りと慈愛をどこに置き忘れてきたのです! いずれ訪れる涅槃の導きの折、偉大なる祖先にどのように顔向けするおつもりですか!?」


「黙れ!」激高するケネットは剣を抜いてグニーに駆け寄った。


「黙らねば今すぐ首を掻ききるぞ!」


「やってごらんなさい! 卑劣漢どもができるのは、せいぜい哀れな女一人の首を掻ききるのが関の山! あなた方の末路をあの世で笑って見届けさせていただきます!」


「……アイク=レイナルドの死で、すべてが狂ったのだ」


「兄貴!?」


「よい。あの世のティーセもせめて事情ぐらいは知りたいはずだ。彼女には伝言役を頼もう」


 そうしてテオドールは重々しく語り始めた。

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