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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
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77 終わる世界 15

 深く埋められた鉄杭に必死にしがみつきながら、リーは防壁と稜堡から王国軍が押し流されていく光景を目撃していた。そうして、赤い軍服が一人もいなくなるとリーは激しい水流に抗いながら立ち上がる。


 外に目を向けて増援の王国軍も残らず外堀に押し流されたことを確認すると、持っていたコントローラーのキャンセルボタンを三度押し込んだ。する、とすぐに亜空間から流れ出ていた水が止まる。


「全員無事か? 流された奴はいるか?」

 

 濡れた髪をかきあげながら通信器に呼びかけた。すぐに各隊長から無事の知らせが入る。


「第六小隊? どうした? 連絡しろ!」


『第六小隊全員無事です。すみません。通信器が流されて連絡が遅れました』


「よし、すぐに()にあがれ。作戦の第二段階を実施する」


 リーの言葉と同時にたくさんのスライムが現れ、より集まって台を形作る。リーはその一つに土足であがった。作戦の第二段階において、濡れた地面は味方にも危険だがこの台の上なら安全は実証されている。


 王国軍に憐憫の情が湧かないでもない。だが、蟻喰いの戦団は先程までのような魔力を大量に使うような戦い方はもはやできない。魔力がなくなれば、戦団は圧倒的多数の王国軍に蹂躙される未来しか残っていないのだ。


(悪いな。運がなかったと諦めてくれ)


 心の中で詫びつつ、リーはコントローラーの最後のボタンを押した。


 ◇


 どこからともなく現れた大量の水に兵士達が押し流されている。


 その報告に思わず天幕から飛び出したアリオン=ヘイデンスタムの瞳に絶望の色が浮かぶ。タライの水を赤蟻の群れにぶちまけたような光景が眼下に広がっていた。


「すぐに兵士たちを退避させろ!」


 崩折れそうになる膝を気力で押し留め、そう叫んだ。


「すぐに次の攻撃がくるぞ!」


 ベイセル=アクセルソンの軍をクサモの町に引き込んで一網打尽にしたグレアムである。兵士を水で押し流すだけで終わるはずがない。


 だが、そんなアリオンの予測はすぐに最悪の形で実現する。


「!?」


 王国兵士と共に堀に流れ込んだ水が稲光を発した。時間にしてわずか数秒。だが、思わず目を覆うほどの光量。


 次にアリオンが眼を開けた時、堀の中の兵士は、誰一人身動きせず水に浮かんでいた。


「「「…………」」」


 呆然とするアリオンと幕僚達。沈黙する彼らの耳に聞き覚えのある声が届けられた。


「なるほど。これが春嵐作戦ですか。大出力の電撃による感電死、もしくは気絶による溺死。これでは魔術障壁でも防ぎようがありませんな」


 そう感心したように呟いたのは首を斬ったはずのベイセル=アクセルソンだった。周りに複数の王国軍兵士を引き連れていた。


「なっ!? ベイセル!? なぜ!?」


 秘書のチャイホスが魔銃を構えた兵士からアリオンを守るように前に出る。


「それになぜ貴様が我らの兵士を連れている!? お前達!? 裏切ったのか!?」


「……いや。元から我が軍に潜り込んでいた間者だろう。首は、……偽首か」


「はは。さすがの貴方様でも、騙されましたな」


 アリオンがベイセルを斬った後、天幕に飛び込んできた兵士は敵の間者だったのだろう。外に運び出された後、すぐにヒールポーションで傷を癒やし、アリオンには用意していた偽首を見せたのだ。


「勝ったと思って、隠れていた巣穴からノコノコ出てきたか」


 護衛の兵達が剣を抜く。向こうは魔銃を持っているとはいえ、こちらの方が数は多い。戦闘態勢を見せるアリオンにベイセルは肩を竦めた。


「抵抗は止めて、さっさと降伏しなさった方がよろしいですよ。無駄な犠牲が出る前に」


 そう言うと、ベイセルはクサモに指を向けた。


 巨大な蟹の魔物デス・キャンサーが次々と防壁から降りてきていた。


 ◇


 春嵐作戦の最終段階である。


 グレアムは防壁の内側に積み上げた土砂の中にデス・キャンサーを埋めていた。大量の海水によって土砂が洗い流されデス・キャンサーが現れる。


 リーの号令によって団員達はデス・キャンサーの背中に二人ずつ取り付く。一人はデス・キャンサーの攻撃担当。もう一人は操作担当である。


 攻撃担当がデス・キャンサーの背中のアタッチメントにガトリングガンを設置すると、操作担当のコントローラーによってデス・キャンサーが長い足を伸ばして立ち上がった。


 ドォン!


 リーは防壁の一部をあらかじめ設置していた地雷で吹き飛ばした。


「第一中隊と第二中隊は敵本陣の制圧に向かえ。第三中隊はクサモの外で掃討戦を行え。第四中隊は内側だ。第五中隊は俺とここで待機」


 制圧と掃討の指示を受けた団員達はデス・キャンサーに乗って崩れた防壁から次々と降りていった。


 ◇


「……昔、知り合いの、魔術師から、聞いたことが、あったんだ」


 地下進攻部隊指揮官アンドレアス=アルヴェーンは苦しそうな声でそう語った。


「<電撃(ライトニング)>は、なぜか、空中よりも海中のほうが()()()ってな。……グレアムが王都で、特大の雷を、落としたという話を思い出して、もしやと、思った」


「わかった、もういい、しゃべるな!」


 地上進攻部隊指揮官であるアマデウス・ラペリは焼けただれたアンドレアスの体にヒールポーションをかけた。


 アンドレアスによって投げ飛ばされたのは防壁の直下にある土手だった。そこはまだ浸水しておらず、おかげで王国軍を襲った電撃からアマデウスは逃れられたのだ。


 電撃が止んだ後、アマデウスは必死になってアンドレアスを水から引き上げた。その時のアンドレアスは酷い火傷を負って気絶していた。アマデウスは手持ちとアンドレアスのポーションも全て使って治療を施す。途中で目を覚ましたアンドレアスが、なぜ電撃がくるのを予測できたのか切れ切れの言葉で語った。


 火傷は治ったが電撃のダメージは思いの外、大きいようで、再び意識を失うアンドレアス。もはや戦える状況ではない。見渡した限り無事なのはアマデウスだけだった。


(負けた)


 苦い感情が胸中に起きる。


 部隊全滅の報告と今後の指示を仰ぐため通信用魔道具でアリオンに連絡を取ろうとするが、その前に敵に発見されてしまった。


「生き残りがいるぞ!」


「その装備! 高位の騎士だな!」


 デス・キャンサーに乗った敵に囲まれ魔銃を突きつけられた。


 アマデウスは両手を上げる。


(アリオン様、申し訳ありません)


「撃つな! 降伏する!」


「……拘束させてもらうぞ」


「わかった」


 降りてきた敵によって手首に縄をかけられる。


「おい。こっちにも生き残りがいたぞ」


「美人の女だ。あの例の整地ローラーに上にいた」


「だが、死にかけだな」


 デス・キャンサーの爪に載せられて運ばれてきたのは上位魔術師(ハイマジシャン)のキュカ・ハルフレルだった。


「……おい、この女、黒い光の魔術で南の稜堡を破壊した奴じゃないのか?」


「なんだと!? あれで、ポプランとカルメンはやられたんだ! 二人の仇だ!」


 殺気立つ敵にアマデウスは叫んだ。


「よせ! 彼女に攻撃を命じたのは私だ! 私が指揮官だ! すべての責は私にある!」


 血走った眼と銃口がアマデウスに向けられた。


 ここまでかとアマデウスが覚悟を決めた時、のんびりした男の声がかかった。


「やめろやめろ」


 部隊長らしき男がやってきて短くそう告げる。


「しかし、ジャックス中隊長!」


「俺たちは、ほら、あれだ。チェシャ猫の盆栽措置だ」


「…………秩序ある暴力装置ですか?」


「そう、それそれ。無抵抗の相手を殺しちゃだめだろ」


「…………」


 ジャックスと呼ばれた男の間の抜けた発言とその雰囲気に毒気を抜かれたのか、激高していた男は銃口を下げた。


「……なあ、あんた、頼みがあるんだが」


 アマデウスがジャックスに交渉を試みる。


「おい! 図々しいぞ!」


「いいさ。言ってみな」


「ヒールポーションを持っていたら譲ってくれないか?」


 アンドレアスの隣に置かれたキュカの容態が酷い。このままでは命が危ういと感じた。


「金はいくらでも出す」


「……悪いが支給されたポーションを自分か仲間以外に勝手に使うことできないんだ」


「そこを何とか! 頼む!」


 アマデウスは両手を縛られたまま、膝をついて頭を地面につけた。


「あんた平民出身か?」


「ああ。もとは孤児だ。彼女は三人の子供を養っている。俺のような孤児をもう作りたくないんだ」


「…………」


 ジャックスは何かを考える素振りをした後、手袋を外して乗っていたデス・キャンサーの甲羅に手を置いた。


「いて。くそ。怪我をしちまった」


 ジャックスは陶器の瓶を取り出すと中身を自分の手の平に振りかける。


「ああ、なくなっちまった。あんた、捨てといてくれ」


 投げられた瓶を拘束された両手でキャッチする。なくなったと言いながらも中身はまだかなりの量が残っていた。


「……感謝する」


 アマデウスはキュカにポーションを振りかけた。一般に出回っているヒールポーションよりもかなり強力で、瞬く間にキュカの火傷は癒えていった。これなら傷跡も残りそうにない。


「ジャックス! 大変だ! アントンのやつがマイレンの仇だと言って降伏した敵を殺してる!」


「何だと!? あのバカ、グレアムに殺されるぞ! 止めろ! <拘束弾リストレイント・バレッド>を――」


 のんびりした雰囲気を吹き飛ばし、大慌てで去っていくジャックス。


 兵が殺されているという話が気になったが、見張りが残っていて動けない。何よりもアンドレアスとキュカを置いていくことはできなかった。あのジャックスという男を信じるしかない。


 それから、しばらくしてキュカが目を覚ました。


「……何とか生き残れたようね」


「完敗だがな。……パンゴリンの上に昇っていたそうだな」


「……ええ。あの子、雷に焼かれながら私を押し上げてくれたの。おかげで溺死せずにすんだわ」


「あの子?」


「最後に魔力補給した子よ」


 アマデウスはキュカに組み敷かれていた兵士を思い出す。まだソバカスが残る若い兵士だ。スタミナまでキュカに【ドレイン】されて足腰が立たなくなっていた。


「あの子の名前、知ってる?」


「……確かラウルとかアウルとか。すまん。後で確認してみる」


「ええ。お願い。命の恩人だから、もし子供ができていたら父親の名前をつけてあげたいの」


 ああ、ぜひ、そうしてあげてほしい。


 アマデウスは犠牲となった王国軍兵士の冥福を祈った。

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