表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
三章 ジャンジャックホウルの錬金術師
245/442

76 終わる世界 14

 ―― 春嵐作戦発動一分前 ――


「おい! なんだそりゃ!? 反則だろう!?」


 地面から顔を上げた地下進攻部隊指揮官アンドレアス=アルヴェーンは叫んだ。


衝撃弾(ショックバレッド)>の集中砲火を食らい、防壁から叩き落とされたのだ。<炎弾(フレイムバレット)>よりも殺傷力は低いようだが、効果範囲が広い。<炎弾>が点ならば<衝撃弾>は面だ。躱そうとしても躱しきれず、連続する衝撃波にアンドレアスも抗しきれなかった。


「ちくしょう! もう一度だ!」


 コアの爆発によって崩された防壁を駆け上がると、なぜか兵士達が声を上げていた。まさかアマデウスの奴が制圧に成功したのかと思ったが、前方では未だに戦闘音が響いている。どうしたことかと思っていると本人がやってきた。


「アンドレアス!? なぜ、こんなところにいる!?」


「ラチが開かんから前に出たら、防壁から叩き落された」


 アマデウスは頭痛を抑えるように頭を抱えた。


「指揮官が何してるんだ……」


「オーソンかリーに一騎討ちを挑もうとしたんだ。なのに名乗りを上げる前にドンだ。酷いだろう?」


「酷いのはお前の神経だ! というか、よく無事だったな!?」


「ふん。あれくらい、ちょっと強い風に煽られた程度だ」


「それはお前だけだ!」


<衝撃弾>を食らった兵士は皆、どこかしらの骨か内臓を痛めていた。もう戦闘は不可能だろう。貴重なヒールポーションは、彼らのために使えるほど多くはない。


「まあいい。それよりもアリオン様が予備兵力を投入された。お前の兵にも声をあげさせろ。増援の存在をアピールして敵の士気を挫くんだ」


「おお! 伯父貴も勝負に出たか! ……? なんだ?」


「水?」


 冷たさを感じて足元を見ると踝まで水に浸かっていた。


「どこから?」


「アンドレアス!」


 アマデウスの叫びに顔を上げると、目の前に大量の水が押し寄せていた。


 ◇


 話は数日前に遡る。


「この作戦は三段階に分けられる」


 小隊長以上が集められたブリーフィング。そこでグレアムは、まずそう切り出した。


「第一段階はタウンスライムの亜空間に収めている海水を放出する」


 タウンスライム一体が持つ亜空間の広さは個体差もあるが、おおよそ150立方メイル。日本の一般的な教室より少し狭いぐらいである。そして、その亜空間に海水を限界まで収めたタウンスライム一万体を防壁の床に空けた小さな穴の中に隠しておく。


「一万体分の水を一気に放出、防壁に上がった敵を一掃する。各自、流されないように安全帯のフックで体を固定することを忘れるな」


 グレアムの指示で防壁のあちこちに付けた手すりや深く埋めた杭はこのためかとリーは得心する。


「流された場合は?」


 そんな間抜けはいないように訓練しているが、万が一ということもある。


「すぐに水から上がれ。それが無理なら息を止めてタウンスライムの亜空間に飛び込め」


「……水に浸かっているとヤバいということか」


(まぁ当然だわな。敵を押し流しただけじゃあな)


「そうだ。これは第二段階への準備に過ぎない。目的は外堀に敵を押し流すことにある。そのため他に九万体のタウンスライムを外堀の更に外に配置する。敵を防壁から押し流すと同時に、外堀近くにいる敵も外堀へと押し流す」


 タウンスライム合計十万体で約1500億リットル。日本の黒部ダムに換算するなら750杯分の水量になる。そんな量の水を一度に放出すればクサモ周辺は大洪水だ。


「そんな大量の水どこから?」


「ブロランカ島の海だ。もとは王城からの脱出の最終手段として用意しておいたものだ」


「…………」


 王城が建っている丘から大量の水が市街地に流れ込む光景を想像するリー。津波のように押し寄せる水は建物や人、あらゆるものを押し流し、王都の城壁内は阿鼻叫喚の地獄と化したことだろう。


「いや。実際にやる気はなかったぞ。師匠からは実際にやったら破門だと釘を刺されていたし」


 だからこそ、ティーセの協力を取り付けるまでジョセフ殺害計画は実行できなかったのだ。


(素直に協力して正解だったぜ、お姫様。そうでなきゃ王都はドえらいことになってた)


 グレアムは「脱出の()()()()」と言ったのだ。もし、ティーセが脱出の協力を拒んで他に手段がなければ、グレアムはきっと実行したことだろう。


 正直、ドン引きである。


「……話を戻そう。ここまでで他に質問は?」


 微妙な空気を振り払うかのようにグレアムは問いかける。


「なぜ川の水を堰き止めていたんだ? てっきりこの作戦に使用するものかと思っていたぞ」


「あれは……」


 オーソンの質問に、なぜか言葉を濁すグレアム。


「作戦の後始末のために、な。この作戦に使うのは海水だ。溢れ出た海水は河川に流れ込んで、下流の農地は塩害を受ける。スライムは水を浄化する能力を持っていることは以前、伝えただろう。堰き止めた川床にスライムを敷き詰めて、塩を抜くつもりだったんだ」


「……だが、王国軍が堰を切ってしまったぞ」


「そうだな」


 作戦を発動すれば下流に被害がでることは確定である。


「それでもやる。下流の村人の生活は破壊しても取り戻せるが、お前たちの命は取り戻せない。戦況によっては俺が戦場に不在ということもありえるだろう。その時にお前たちの誰かに発動コマンドを打ってもらうことになる。その時に躊躇うな」


 ブロランカの時もそうだが、グレアムは顔の知らない相手にはどこまでも冷淡になれる。塩害を防ごうとしたのも、それができるからの話で、何が何でも防ごうという気概まではない。そうでなければ堰がむざむざ切られるのを放置しなかっただろう。


 それはグレアムの師ヒューストームも懸念していた問題である。いつか手痛いしっぺ返しを喰らうだろうとも。


(まあ、土から塩を抜く方法もある。そこまで酷い結果にはならんだろう。それに――)


「塩害を気にするなら、海水ではなく川の水を使えばよいのでは?」と狼獣人のミストリア。それは、まさにリーが指摘しようとしたことだった。


 だが、グレアムは首を横に振る。


「いや、海水の必要があるんだ。なぜなら――」


 続くグレアムの説明に、リーはさらにドン引きし、絶対に水に流されないようにしようと決意したのだった。


 ◇


「ぶはっ!」


 水面から顔を出すアマデウス。


「なんだ!? 何が起きた!?」


 周りを見渡せばあたり一面、水。立ち上がれば腰まで水に浸かっていた。


 振り返って見上げれば大量の水がクサモの防壁から降り注いでいた。水に押し流される兵士達を見て、自分もまた押し流されたのだと理解する。


「アマデウス!」


「アンドレアス! 無事か!?」


「ああ。しかし、これは何だ?」


「あれを見ろ」


 アマデウスが示した先は、何もない空間から大量の水がドドドッと湧き出している光景だった。


「スライムの亜空間収納というやつだろう。俺たちは至近距離から、そいつを食らったんだ」


 スライムの亜空間収納に兵站の輸送手段の有用性は感じていたが、まさか直接的な攻撃手段に使うとは想定外だった。


「……不覚」


 スライムがすぐ近くにいた事にも気付かず、まんまと不意打ちを食らったことにヘイデンスタム軍最高の戦士と自他共に認めるアンドレアスは慙愧に堪えないようだった。


「奴らがタウンスライムと呼ぶスライムは隠れるのがうまい。悔いるよりも次のことを考えよう」


 今は敵も攻撃を止めているが、水の放出が一段落すると追撃をかけてくると予想していた。その前に次の行動を決めねばなるまい。だが、実質、選択肢は二つだけである。


 撤退か攻撃続行。


「撤退はありえん! 向こうに残してきた部下たちはどうなる!?」


 アマデウスとアンドレアスが流されたのはクサモの外である。クサモの内側に流された兵士も多いだろう。進攻してきた地下道はすぐに水没する。撤退できない彼らはクサモに取り残されることになる。


「わかっている。だが、この状況では組織的な戦闘はもう無理だ」


「ということはだ」


「ああ。久しぶりにやるか」


 アマデウスとアンドレアス、二人の先駆けである。アンドレアスに及ばないがアマデウスとて名うての戦士である。まだ騎士の身分でしかなかった頃は野盗三十人を相手に背中合わせで戦い抜いたこともある。


 先程、アンドレアスに指揮官がどうのといった口でこんな提案するのもどうかと思うが、これが勝利に最も近い戦術と思えた。敵が追撃の態勢を整える前に、二人で敵陣深くに切り込む。そうなれば敵は同士討ちを恐れて魔銃は使えなくなるだろう。その間に、無事な兵士達も駆けつけてくる。勝算は十分にあるように思えた。


「よし! …………?」


「どうした? アンドレアス?」


 戦鎚を構えて走り出そうとしたアンドレアスは怪訝な顔をして立ち止まった。


「この匂い。この水、海水か?」


「海水?」


「……まさか!?」


「アンドレアス!?」


 突如、アンドレアスがアマデウスの体を持ち上げ、空中に放り投げた。


 天地が逆さまになる。


 そこでアマデウスは、水面が稲光を発する光景を目にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ